第13話


森での討伐を終えた次の日の昼に、ユレンたちは村へついた。村の入口でユレンを見かけた村の少年たちはユレンの帰りを喜び、老人たちは無事でよかったと安堵の息を吐いた。


途中でウーゴたちは村長の家に向かうため別れた。ユレンの家には後程お礼をしに寄ると笑顔で話していた。ユレンは一人自宅への帰路についていた。今回の冒険、なんて話そうかと悩んでいると、見えてきた家の近くで何らかの作業をしている両親の姿に気がついた。


「母さーん、父さーん、ただいまー!」


どこからか聞こえた声に顔をあげる二人。そして、遠くに見えたユレンの姿に二人は驚き、すぐにその場から向かってくる。


「――――ぉぉぉおおおお!!ユレーン!!!」


ユレンはレントに抱きしめられる。レントは力強く抱いたユレンの体が心無しか少し大きくなったように感じた。


「ただいま、今帰ったよ」


「怪我ないか、ユレン!いやぁほんと、心配した!なんか少しでかくなった気がするぞ!?」


「三日でそんなに成長しないって」


ユレンは笑ってそう答えた。レントは幻でないことを確かめるかのように背中をバシバシ叩く。少し痛いと思っていると、その横で走ってきたユーリが、腰に手を当て息を大きく吐きながら笑っていた。


「ユレン、おかえり……ふぅ、無事で何よりだわ。さすが私たちの息子ね」


「ただいま母さん。あ、お土産があるんだ、これで今日はごちそうを作ってほしいな」


そういって大きな葉に包まれたボア肉の塊を見せる。


「ボアって魔物の肉なんだ。食べてみたけどほんとにおいしいんだよ!」


「まぁ、こんなに大きな……ありがとう、楽しみにしてて。腕によりをかけて料理するわ」


「おぉ!こりゃすげぇ!よくやったなぁ、ユレン!」


二人に喜ばれ、嬉しい気持ちになる。二人に囲まれていると、そこへもうひとつ小さな影が近づいてくる。


「―――ゆれーん!おかーり!」


トタトタとかわいらしい様子で走ってくるナツ。満面の笑みのままユレンの足へ抱きついた。


「ただいま、ナツ。いい子にしてた?」


「うん、してた!お手伝いもした!」


「それは偉いな。なら今日はごちそうだね」


「ごちそう?なにそれ!」


「うーん……とってもおいしいものだよ」


「おいしいもの!なつ、おいしいものすき!」


ナツは満面の笑みを浮かべ、喜びを表現するように何度もジャンプする。喜んでもらえて嬉しいのか、ユレンもナツにそっくりな笑顔を浮かべた。


「ナツ、お兄ちゃんは帰ってきたばかりで疲れてるからゆっくり休ませてあげよ?ユレンもゆっくり休みなさい」


「ありがとう、そうするよ。……あ、後からウーゴさんたちが来るから、夕食の準備多めにお願いできるかな」


「わかったわ、お世話になったからにはご奉仕しなきゃ!」


ユーリが張り切ったように胸を張るのをみて、ユレンは笑う。

家族に囲まれ、いつもの日常に帰ってきたとユレンは改めて実感した。たった三日、されど寂しい思いをした三日だった。家族を考えないことはなく、自分のなかで一番大きな存在はやはり家族なのだと改めてユレンは思った。


日が沈み、夜が訪れ、また日が上る。どんなに時間が経とうと、どんなに離れようとしてもそれは変わらないだろうと、ユレンは心の底から思った。いや、それは四人全員が考えていたかもしれない。


ここにひとつの幸せが灯った。



―――――――



日が落ち、闇が世界を包み始めた頃にウーゴたちは家にやってきた。大人数で全員が家に入れないため、外での夕食となった。いつもよりも豪華な食事は賑やかだった。


ナツは初めて見たウーゴたちに緊張していたが、エイドックやイルのフレンドリーな様子に心を許したのか時間が進むにつれて笑顔を見せていった。レントとユーリもウーゴやアーシャと三日間のユレンの様子の話をしたりなど世間話に花を咲かせていた。


その時ユレンはオーロに今回もらった報酬の話をしてもらっていた。


「カレッジ?それが単価なんですか?」


ユレンはそう訪ねるとオーロは少し驚いたのか目をいつもより少し開き、ユレンを見た。


「……驚いた。お前、単価がわかるのか」


「あ、いえ、なんか、耳に挟んだ程度です、多分?」


「……そうか、お前が思うとおり、カレッジという単価だ」


オーロはそう言うと小枝を持ち、地面に丸と数字を書き始める。


「……お前、字は読めるのか?」


「少しだけ……。村では使いませんし」


この世界での識字率は低い。農民は何かを書くということもしないし、ほとんどが農作業をしている。使える人は、村長家の人たちが役人と税を確認するために覚えているくらいだ。町でも商人以外はほとんどが職人や肉体労働者のため、字を読めるのは少数だった。


レントたちは字を書けなかったが読むことは出来た。ユレンは字を習いたくても習うことができなかった。しかし、今となっては困ることもなかったため字という存在を忘れていた。


「……そうか、なら数字は?」


「それはわかります」


この世界の数字は前世と同じため、計算や記録には困らなかった。どこで覚えたのかレントたちに聞かれたこともあったが、行商人に教えてもらったと嘘をつき、誤魔化していた。


「……ならいい、これを見ろ」


そういってオーロは地面に描いた絵と数字を見せる。


「まずこの世界ではカレッジという単価の金が存在している。これは全ての国で統一されていて、これ以外の金といったら迷宮などからでる古代の金貨や銀貨があるが見ることは無いだろう」


「……ほとんどは銅貨からやり取りされる」


『10』と『100』とかかれた丸を指差す。


「まず銅貨だ。……銅貨は二つあって大きいのを大銅貨という。銅貨を十カレッジ、大銅貨を百カレッジと数える。……銅貨三枚で一食分のパンが買えるくらいだと思え」


オーロはそう言うと次は『1000』と『5000』と書かれた丸を指差した。


「……ここから銀貨だ。……銀貨も二つ種類があって大きいのを大銀貨という。銀貨が千、大銀貨が五千と数える。……農民が一ヶ月暮らすのに、およそ大銀貨を一枚使うくらいだ」


オーロはそう言うとユレンの方へ目をやった。


「……今回お前に渡した報酬は千三百カレッジ。……銀貨一枚に大銅貨三枚だ、大切に使えよ」


この三日で農民一ヶ月分の稼ぎを稼いだユレン。金があっても、村で使う機会はあまりない。あるとしても偶にやってくる行商人に使うくらいだが、ほとんどが物々交換でのやりとりで貨幣を使うことはなかった。商品もおもに食料品のため必要性を感じなかったというのもあるかもしれない。


「……銀貨の上には金貨、大金貨があり、そこから白金貨、虹銀貨、虹金貨まである。……白金貨からは貴族や金持ちがおもに使う金だ、一生に一度見れればいいほうだな」


そう言うとオーロは懐をまさぐり、いくつか貨幣を出した。


「……実際に見た方が早いな。……金貨から上はないが見てみろ」


「ありがとうございます」


ユレンは無造作に出された貨幣を手にとり、見つめる。鉄屑のようなもので、形も統一されていないのが銭貨。ほぼ同じ大きさになり、銭貨より一回り大きくなった銅貨。それよりも大きな大銅貨。銅貨と同じくらいの大きさだが、金属の輝きを放つ銀貨。そして、それより少し大きな大銀貨があった。


ユレンはそれを一目見て比べたら、種類を分けて、重ねてオーロに返した。オーロはそれを受けとるとユレンをじっと見つめ、ゆったりと話しかけてきた。


「……ユレンは不思議なやつだな」


「え?そうですか?」


急にオーロに話しかけられ、目を瞬かせる。


「……お前くらいのとき、俺はそんなに頭がよくなかったし、家のために働くなんてしなかった。……お前が本当に子どもか少し疑うくらいだ」


ユレンはドキリとし、下を見る。その顔はひどく歪んでいて、正面からオーロの顔を見ることが、ユレンはできなかった。


事実ユレンは、子どもとは言えない行動、考え方をしている。しかし、疑われることは今までなかったため驚いてしまった。気づかれてしまったかもしれないと思い、ユレンは静かに目を伏せる。


「……すまん、泣かせるつもりはなかったんだ。……大丈夫か?」


「……いえ、泣いてるわけでは。すみません、ただ、驚いた、だけです」


「……ならいいんだ。……誉めたつもりだったんだが、やはり俺は口下手だからか、こうゆうのは似合わんな」


「いえ、そんな!……嬉しいです、オーロさんにはナイフも貰いましたし、感謝してます。言葉以外でしっかりと伝わってますよ!」


なんとかフォローしようとユレンは言葉を並べる。


「……ふっ、そうか」


オーロは慌てたユレンの様子がおもしろかったのか笑みを浮かべる。ふと、周りを見ると片付けを始めていて、食事の終わりを告げていた。


「すみません、片付け手伝ってきます。ゆっくりしててください」


「……俺も手伝おう」


そういってゆっくりと立ち上がるオーロ。


「そんな、悪いですよ」


「……好きでやるんだ、気にするな」


オーロはそう言うとユーリに近づき、話しかけた。口下手だけどとても優しく、頼もしいオーロのような人に将来はなりたいと思いながら、ユレンは片付けを始めるのであった。



―――――――――



靄がかかり、まだ薄暗い早朝。いつもの日常の景色とは少しちがった村の入り口にはいくつか人影があった。それはウーゴたちであり、その姿はすっかり村に来る前と同じ格好で、村を出発するのが見てわかった。ユレンは一人、ウーゴたちを見送りに来ていた。レントたちとは昨日の食事の際に別れを済ませており見送りをユレンに任せた。


「お気をつけて、ウーゴさんたちから教わったことは忘れません」


「ははっ、そんなに教えたことないけどな」


「エイドックは、でしょ。……ユレン、はいこれ」


そういってイルから渡されたのはユレンの背丈にあった毛皮のマントだった。


「私のお下がりでごめんだけど、防寒には役立つから」


「うわぁぁ、ありがとうございます!大切に使います」


ユレンはマントを広げ、首元で結びつける。しっかりとした作りでその生地の温かさにユレンは微笑む。


「とても素敵よ。……また、会おうね」


「はい、アーシャさん。たくさん魔法練習します」


ユレンとアーシャは握手する。その柔らかでしかし、とても頼りがいのある手を忘れまいと、強く握る。アーシャはユレンの頭を撫で笑顔を見せる。


「……風邪引くなよ」


「オーロさんもお元気で」


ユレンの小さな手は、オーロの大きな手に包まれる。ゴツゴツとした無骨なその手を忘れないように強く握る。


「じゃーな、世話になった」


「元気でねっ」


「さよなら、ありがとうございました」


エイドック、イルとも固く握手をし、笑顔を見せる。


技能スキルを覚えるまで見てみたかったが……まぁユレンなら一人でも大丈夫だろう。もしまた依頼があればユレンに会いにまたくるよ」


「ウーゴさん、お元気で。いつでも訪れてください。それまで技能スキル習得してみせます。みなさんお元気で!またいつか!」


最後にウーゴと強く握手し、五人に別れを告げる。背を向け、村をでていくウーゴたち。離れていく彼らにユレンは、大きく手を振り、見えなくなるまで声を張り続けた。


「さようなら!」


手を振り返しながらやがて見えなくなったウーゴたち。その場には静寂が訪れ、先程までの賑やかさはどこにも無く、どこかしんみりとした空気が流れていた。


「……よしっ!」


顔を叩き、その場から走り出すユレン。いずれまた会う日まで頑張ろうと心の中で誓う。


朝日が登り少しずつ光が地面を照らす。世界は止まることなく今日へ、明日へ動く。どんなに良いことがあっても、どんなに悪いことがあってもそれは変わらない。止まらない。立ち止まって、感傷に浸っている時間など、ない。


ユレンは知る。力の使い方を。それは命を奪うための力か、そるとも何かを守るための力か。


こうして異世界での初めての冒険は幕を閉じるのだった。



※後書き

この世界のお金


基本単位 カレッジ


銅貨(十カレッジ)

↓×10

大銅貨(百カレッジ)

↓×10

銀貨(千カレッジ)

↓×5

大銀貨(五千カレッジ)

↓×2

金貨(一万カレッジ)

↓×10

大金貨(十万カレッジ)

↓×10

白金貨(百万カレッジ)

↓×10

虹銀貨(一千万カレッジ)

↓×10

虹金貨(一億カレッジ)

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