第12話


「はぁ、はぁ、はぁ」


森の中を駆ける人影、人影の正体はユレンであった。ユレンは足がもつれそうになりながら必死に走り、木々の間を蛇行しながら、一心不乱に追いかけてくる大きな影から一定の距離をあけながら走っていた。


大きな音を出し、土をえぐり、地面を揺らしながら追いかける獣。その姿は人ほど大きな猪で、目は赤く爛々と輝き、追い詰め、ユレンを喰らおうとしていた。その勢いは木々を突き破るほどで、勢いは止まることなく、一直線に向かってくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……うわぁぁぁぁぁ!!」


「ブモオオオオオオ!!!!」


そして、少し開けた場所に出るとそこにはウーゴたちが待機し、こちらに向かって駆け出してきた。


「ユレン、横に飛べ!!!」


「はいっ!」


ユレンが横へ大きく飛ぶ。その瞬間いくつもの氷塊が猪にぶつかる。


「ブモオォォ!」


氷塊がぶつかり、痛みで叫ぶ猪。体はへこみ、血だらけになる。その目は怒りの炎に燃えており、氷塊が飛んできた方向を睨む。


オーロは大きな盾を前に構え、猪の前に立つ。

そして、ウーゴたちは猪を囲むように広がり、攻撃を始める。


「ユレンとアーシャは魔法で援護!俺たちは攻撃し続けるぞ!」


「「おおおお!!」」


剣を、槍を、魔法を、何度もぶつけるユレンたち。

しかし猪は倒れず、闘志を隠すことなく叫んでいた。


「ち、しぶとい……オーロ!惹き付けといてくれ!一撃で決める!」


ウーゴはそう言うと片手で持っていた剣を両手に持ち、大きく振りかぶり肩にかついだ。


オーロは盾を正面にし、突撃。猪とぶつかりあった。猪はぶつかった勢いでその場でたたらを踏む。その瞬間ウーゴは勢いよく猪へ飛びかかり、刃を振るう。


「おおおおお!斬撃スラッシュ!」


魔力の輝きを薄く纏った剣は猪の体を大きく一閃し、鮮血を撒き散らす。


「ブ、ブモォォォ……!!」


その一撃が致命傷となったのか猪は数歩後ずさり、その場へ倒れた。


「はぁ…はぁ…やっと、倒せたか……」


ユレンはその場へ腰をつくと大きく息を吐き、勝利を噛み締める。


「よし、オーロは血抜きをしてくれ、イルは周りの索敵を頼む。アーシャはユレンの傷を回復しといて」


エイドックはウーゴの代わりに指示をだすとオーロの手伝いを始めた。ユレンは森を走っているうちにできた切り傷をアーシャに治してもらうと、ウーゴに近づきその場に座る。


「ウーゴさん、今の技ってなんですか?ウーゴさん魔法は使えないはずじゃ……?」


「ん?あぁ、技能スキルのことか?」


ウーゴはそういってユレンを見る。


「魔法が使えなくても魔力はある。だからその魔力を使って斬撃を強化したのが今の技斬撃スラッシュさ。魔法と相対して技能スキルは才能によらず鍛錬で身につけられるんだ。まぁその分覚えるのには個人差があったりするし、覚えるのは大変だけどな」


「なら、皆さん使えるんですか?」


「んー……こうゆうのは俺たちの戦力情報だからあんまり言いたくないんだけど、まぁ皆何かしら使えるよ」


ウーゴは困ったように笑ってユレンを見た。


「色んな技能スキルがあってよ、例えば体を鉄みたく固くしたり、速く移動できたり、斬撃を飛ばせたりするやつもいたな」


「それって魔法でも同じことできるじゃないですか。速く移動するのは加速アクセルだし、斬撃を飛ばすのも風魔法でありますよね?」


「確かにできるな。説明が難しいが、技能スキルは己の身体能力や自分の技を強化するイメージだ。だから魔法とは違い属性がない。まぁ強いていうなら無属性かな?」


ユレンは首をかしげ、ウーゴを見つめた。


「ならどうしてそれをもっと使わないんですか?さっきも使ったらもっと楽に倒せたんじゃ」


「強化系技能スキルに比べて攻撃系技能スキルは魔力の消費が多いのさ。俺みたいな魔力の少ないやつからしたら出せて五回だな。だから取って置きの切り札ってわけ」


ウーゴはそう言うと立ち上がり土をほろう。そしてユレンに手を差し出す。引っ張られて立ち上がるとウーゴは歩き出す。


技能スキルも魔法も自分次第さ。独学で覚えたり自分で創ってるやつは山ほどいる。有名な道場なんかもあるけど、俺は先輩の冒険者に教えられたぜ。ユレンにも教えてやってもいいけど、掴みだけであとは自分で身に付けてみるといい」


技能スキル……。はい、ありがとうございます」


「おう、それよりお前も勇気あるよな。自ら囮役引き受けるなんて簡単に出来ることじゃない。しかもボアと追いかけっこなんてとてもできたもんじゃないよ」


「いえ、俺は何か役に立ちたくて――――」



―――――――――



森での狩りを始めて、三日が経った夕方。ユレンたちは魔物を討伐し終え、森の外へ帰る途中だった。三日も討伐を続けていると必然的に魔物に会う機会も減っていった。たくさんの魔物を狩ったが、今日の獲物はゴブリン数匹に、コボルトと呼ばれる犬の魔物数匹、先ほど仕留めたボアと呼ばれる大きな猪の魔物。血抜きが終わったボアをオーロは背中に担いでいた。


「今日はラッキーだったな。ボアは魔物の中でもうまい方なんだ。油が滴ってうまいんだぞぉ~」


エイドックは嬉しそうに笑い、ユレンに話しかけた。この世界では魔物も立派な食料となる。魔物が蔓延るこの世界では規模の大きな畜産は難しいため、魔物を食べる文化が発達していた。頻繁に狩られ食されていた魔物は、おもに低級のボアなどの獣の魔物であったが、ドラゴンなどの強力な魔物も珍味として有名だった。


「そうね、新鮮なお肉なんて久しぶり!ユレン、楽しみしていいわよ」


「はい、こんなに大きな肉なんて始めて見ました。いつもは干し肉をちぎったものだけだったので……楽しみです!」


「ははは、アーシャの料理はうまいからなぁ…。この三年世話になったよ」


「ふふふ、腕がなるよっ」


アーシャが細い腕を捲るように見せる。ユレンは口からよだれが溢れるのを飲み込み、静かに空腹を訴えるお腹を押さえた。食べたくなる気持ちをユレンは我慢する。そのとき、ぐぅーと大きな音を出す。


「……今のユレンか!そうだろ!」


エイドックが、からかうようにユレンを見て笑った。


「ち、違いますよ!」


「……すまん、俺だ」


オーロは少し恥ずかしそうに手をあげた。いつもは無表情のオーロがどこか恥ずかしげに顔をしかめていた。


「ははははは、よーし、さっさと森を抜けて夕食にしよう!」


そういってユレンたちは少し早歩きになって出口を急いだ。



――――――――――



日も落ちた頃、柔らかな炎の明かりに包まれ、ユレンたちはいた。大きな塊肉は火に焼かれ、その表面をこんがりと焦がし、油を滴らせていた。油が炎に落ちると、まるで炎が喜ぶように燃え盛り、踊った。


「よし、いいかな。完成したよ!」


「よっしゃー!女神オリヴィア様!感謝します!」


ユレンたちはボアを囲むように座り、オリヴィアに簡単に祈りを捧げ、いつもよりも豪華な食事に目を奪われる。


「いただきます!……っ!?!?」


ユレンは前世ぶりに食べた新鮮な肉の味に涙が出そうになるのを押さえる。そして、口の中に広がる味の暴力に驚き、手を止め噛み締める。


「うめぇぇぇ!!!くそぉ、酒!酒がほしい!」


「おいしい!久しぶりの味の濃い料理は最高!あ、ちょっと!それは私が食べようとしたの!」


「早い者勝ちだよ!……あちちち、うん、うまい!」


「もう、まだまだあるからゆっくり食べてっ」


「……うまい」


笑い、喜びの声をあげ、食事を楽しむ。ユレンはそんな姿を見て微笑む。


「どうだユレン、楽しいか?冒険者は自由でいいだろう?」


「はい。楽しいです!」


ウーゴは嬉しそうに笑い、ユレンを引き寄せる。


「どうかな?お前が成長したら俺たちと組んで一緒に冒険者やるっていうのは。なぁ、みんなどうだ!?」


「いいぜ!」「賛成!」「喜んで!」「……うむ」


「一緒に迷宮や遺跡探検したり、うまい飯食ったりしようじゃないか!」


ウーゴたちはユレンを冒険者に誘う。ユレンもそんなウーゴたちの姿を三日間見て、この新しい世界で、冒険者として自由に生きる楽しさに憧れた。


しかし、頭の中に浮かぶのは家族の姿。この世界で生まれ、この世界で生きるならばユレンは……。


「ありがとうございます……すごくうれしいです。…でも、すみません……今は家族が大切なんです。なるとしても、俺は家族を守る冒険者に、なると思います」


ユレンは顔を俯かせ、申し訳なさそう答えた。


「そうか……いやなに、俺も家族が大切さ。ここにいるやつらはみんな同じとこ出身で家族を、仲間を魔物から守るために冒険者になったやつもいる。俺やオーロなんかはそうだよ」


そう言うとオーロは深く頷いた。


「家族を守るには力がいるってことは覚えておいてほしい。武力はこの先必ずお前の役に立つ。必ずな」


そんなウーゴの言葉に周りも頷いていた。


「ま、今回のことでお前が少しでも冒険者のことを知ってくれたなら俺はそれで満足だよ。まだまだ若いんだ、ゆっくり考えろ」


ウーゴはユレンの頭を強く撫で、立ち上がった。


「よし、この三日で魔物も随分討伐し、数を減らしてきた!依頼は亜人系魔物三十匹以上の討伐だったな。アーシャ、今日まで討伐した魔物の数は?」


「えーと……ゴブリンが二十匹、ホブが3匹、コボルトが十三匹、そしてボア一匹、です」


「よし、数は十分だね。……明日ユレンの住む村へ帰還しよう。明日は早くなるからゆっくり休もう!」


今日で狩りが終わる。ユレンはこの数日を思い出しながら、ウーゴたちと笑い、楽しみながら食事を続けた。



――――――――



「はぁ~、ユレンともお別れかー寂しくなるなぁ」


夜も更け、焚き火の炎も小さくなった頃、エイドックは呟くように声を出した。


「ユレンがいて楽しかったわよ。ありがとね」


「こちらこそ勉強になりました。みなさんのおかげです」


「……礼を言うのはまだ早い。村に帰るまでが冒険だ。……報酬も期待しとけ」


「はい。なら期待しておきます」


そういって笑う二人。小さな炎もやがて消え、夜はどんどん更けていく。


訪れる静寂。ユレンはもうほとんど灰になった薪を見ていた。風が頬を撫で、優しさに包まれた夜。ユレンはこの三日間を振り返り、明るい五人の冒険者のこと、魔物を倒したことを思い出したりしていた。


(この世界、ほんとに不思議だ)


ユレンは体の中の魔力を動かし、操作していた。魔物を殺したことによる魔力の成長をユレンは感じていた。倒した魔物は少なかったが今まで以上の魔力を操作できるようになっていた。初めての魔物討伐はユレンに様々な恩恵、知識、そして出会いを与えた。


(帰ったらたくさんみんなに話をしよう)


ユレンは、そう心に決めるとその場に寝転がった。目の前に広がるきれいな夜空。をした星たちが明るく光る。そして輝く


この世界では珍しくもない夜の空を眺め、しばらくしたら目を閉じる。そして意識は少しずつフェイドアウトし、やがて寝息が聞こえてきた。




※後書き

この世界は一年を十二に分けている。

それは月の色が一年で十二色変わるからである。


四月 黄

五月 黄緑

六月 緑

七月 青

八月 紺

九月 紫

十月 赤

十一月 桃

十二月 白

一月 白銀(プラチナ

二月 銀

三月 金


おもに十二色だが、他にも変わったりする。

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