第10話
「ユレンくんが来るとは驚いたなぁ」
森へと移動する最中、冒険者の男、ウーゴは笑いながらユレンに話しかけた。
「え、そうですか?」
「あぁ。レントさんが町から今住んでいる村に移住してきた話を聞いた時は、レントさんに頼みたいと思ってたさ」
ユレンはレントの出身が住んでる村ではないことは初耳だったため驚いたが、だから家に余裕がなかったのだと理解した。
「でも実際、家にいったら昼に会った面白い子がいたもんだ。この子に冒険者の姿を見てほしいと思ってたら、君の方から依頼を受けたから正直驚いたよ」
「……昼に冒険者について聞いて、家のためになるなら一度挑戦しようと思ったんです」
ユレンにとってこの依頼は、今後魔物を倒し家の支えにすることができるかを確かめるものだった。だからユレンはこの数日で、一匹でも魔物を仕留めようと考えていた。
「しかしまぁよく親を説得したよねぇ」
弓を背負った髪の短い女性が話しかける。
「まぁ五人も冒険者がいるんだ。今回の討伐対象もそこまで危険があるわけでもない。大丈夫だろうと思ったんだろうよ」
茶髪で長身の男がどうでもよさそうに答えた。
魔物の討伐にはユレンを含めた六人で来ていた。
リーダーと思われるウーゴ。
弓を背負った女性のイル。
白いローブを着たアーシャ。
長身で槍を使うエイドック。
大きな盾を持っている寡黙で大きなオーロ。
五人のメンバーにユレンを足した六人は、魔物の討伐場所となる村より離れた大きな森に向かっていた。
「でもこの子すごく賢いわ。おまけに十歳なのに魔法も使えるなんて……。私よりも上手だったらどうしよう……」
ローブを着ているアーシャは少し不安そうにする。
「アーシャさんは回復魔法を使えるんですよね?回復魔法を使える人、初めて見ました。見るのがすごく楽しみです」
ユレンは着飾る事無くアーシャをフォローした。回復魔法は属性魔法に比べても使える人が少ない。そんな回復魔法が使えるアーシャを、ユレンは心から尊敬していた。
誉められたアーシャは、嬉しそうに笑顔を見せる。
「そういえばユレン。お前なんか武器とか持ってるのか?」
エイドックは顔を覗くように腰を曲げて尋ねた。
「いえ……実は持ってません。最初は両親がナイフの一つでも持たせようとしてたんですけど、そのナイフ実は、いつも父が護身用に使っているんですけど、父の働く場所も魔物がたまに現れるので俺が持っていくわけにはと思って」
「やっぱり持ってなかったか。ナイフの一つは持った方がいいかもな」
「すみません。俺は魔法も使えるし、前に出ないと思ってたので……」
ユレンは少し落ち込む。こんなことなら何かしら持ってきたらよかったと後悔した。少し落ち込むユレン、そんな中、会話に混ざっていなかったオーロは自分よりはるかに小さなユレンを見下ろし、懐から一つのナイフを取り出す。
「ユレン、これ」
オーロはユレンに少し刃が長いナイフを渡した。ユレンは慌てて受けとりオーロに驚きの視線を向ける。ナイフは頑丈そうな作りをしており、刃は分厚くそこらのナイフよりも重量を感じる。
「あの、これ……」
オーロはユレンの顔を見ることなく、森の奥の方へ視線を向けたまま答えた。
「やる。俺には必要ない」
「やるって……。え、くれるんですか!?わ、悪いですよ!」
田舎の村のなんの面識もない少年にポンと武器を渡したオーロにユレンは驚きを隠せない。ナイフを返そうとするもオーロが受けとることはなく、ユレンは諦めて受け取った。
「ありがとうございます。こんな立派なナイフをタダでいただくなんて……」
「いいから貰っときなよ。オーロがナイフ使ってるのなんて見たことないし、だったらユレンくんが使った方がいいに決まってるわ。いらなかったんだよきっと」
「それならいいですけど……」
イルにそう言われ、自分を納得させる。ユレンはナイフを鞘から抜き、その金属の光沢に目を輝かせる。無骨なその刃はユレンの顔を写し、その顔は晴れやかな笑みを浮かべていた。
そんなユレンをみて五人も静かに笑う。ユレンのその笑顔が小さな頃、冒険者に憧れていた自分と重なるのだ。願わくばこの子も、自由を愛する冒険者を好きになってくれればと皆が思うのだった。
―――――――
夕日が見えた頃に目的の森に六人はついた。しかし、もうすぐ夜が来るため森に入るのは明日にした。そのため、ユレンたちは森より少し離れたところで夜営の準備を始めていた。
「よし、イルとエイドックは森から枝を拾ってきて。ついでに食べれる野草や木の実があったらそれも頼む。ただし、森の奥には入っていかないようにね」
「了解、リーダー。いってくるよ」
イルとエイドックは森へと向かっていった。服装から見て、おそらくイルはスカウトの役割を担っている。植物や果物にも詳しいのかもしれない。エイドックは荷物持ちだろう。
「アーシャとオーロは夕食の準備をしておいて。ついでにアーシャはみんなの分の水筒に水を入れておいてね」
「うん、わかった」
リーダーらしくウーゴは指示を出していた。そんなウーゴの姿を見ていたユレンは、自分も何かすることはないかと話しかける。
「ウーゴさん、俺も水出せるけどてつだっていいですか?」
「お、本当?ならアーシャの手伝いをしてくれ。それが終わったらナイフの使い方や戦い方を簡単に教えるから俺のとこにきてほしい」
「わかりました、ありがとうございます」
ユレンはアーシャと一緒に水筒とシチューに使う鍋に水をいれたら、シチューに入れる具材を切るのを少し手伝い、ウーゴの元へ戻った。
「よし、来たね。んじゃまずナイフを出して」
ユレンはナイフを鞘から抜き、刃を下に向ける。大人が片手で使うサイズではあるが、十歳のユレンにとっては、両手で持つくらいがちょうど良かった。ユレンを見て、ウーゴは笑いながら話し始める。
「まずはナイフの使い方だけど、ナイフは手に持って切りつけたりもできるし、投擲してすることもできる。まぁユレンは一本しかないから投擲は基本しないほうがいいよ。ナイフの投擲は練習しないと威力が出ないし、そこら辺にある石でも投げたら凶器になるからね」
そんなことを言い、ウーゴもナイフを抜く。食事の準備が終わったアーシャとオーロも少し離れたところから二人の様子を眺めていた。
「んじゃまずそのナイフで少し指を切って」
「……え、切るんですか?」
なんてことのないようにウーゴは言った。ユレンは驚いたように目を大きく開き、ウーゴを見る。
「そうだよ。まずは自分の持ってる武器がどれほど危険なのかを自分の身をもって知るんだ」
ウーゴにそう言われ自分の指とナイフを見るユレン。静かに深呼吸をして覚悟を決める。自傷行為をするという覚悟。刃の先端を指に当てる。静かにユレンの指から赤い血が出てくる。
痛い
そう思うと持っているナイフが少し重くなったようにユレンは感じた。ユレンは少しずつ溢れて、大きくなる赤い血を見ながらその痛みで顔をしかめる。
「それは命を奪えるものなんだ。だからこそ傷つけるという痛みを知ってほしかったんだ」
「………はい、よく、わかりました」
ウーゴはそんなユレンを満足そうに見て、アーシャに止血と簡単な回復魔法を使うことを頼んだ。
「
血がにじんでいたユレンの指の切り傷が、きれいになくなる。ユレンは初めての回復魔法に驚き、手に痛みがないかを確かめる驚く。
「ありがとうございます。初めて回復魔法を見ましたけどすごいですね。痛みまでなくなるなんて」
「ふふっ、ありがと。回復魔法は得意なの。だから怪我しても安心してね。あっ、でも怪我はあまりしないようにね」
アーシャはそういって胸を張る。
「よし、治ったところだし、実際にナイフを使って組手してみよう。ユレンくん、いつでもいいよ」
「はい、では遠慮無くいきます!」
ユレンはナイフを前に構える。ウーゴもナイフを持ち同じように構え、ユレンが来るのを待っていた。
「やぁぁ!」
ユレンは自分を奮い立たせるように声をあげ、ナイフを突き刺すように腕を前へ出した。
ウーゴはそれを避けることもせず、ユレンの腕を払い、ナイフを飛ばす。そのまま肉薄し、ユレンの首に腕を回し、体を地面に倒す。
「うわぁぁ!」
そして、倒れたユレンの顔のそばの地面にナイフを刺す。ユレンは間近にあるナイフの光に目を奪われると共に、実際だったら刺されていた事にゾッとする。そして今、自分が負けたことに気がついた。
「何も考えずに向かってきたら反撃されてしまうよ。相手も死にたくはないんだ、よく考えて攻撃する。あとナイフはしっかり握るんだ」
「は、はい」
ユレンは立ち上がり土をほろう。初めて戦い、負けた。子供たちとの喧嘩とは違う緊迫感と恐怖。ジンジンと痛む土のついた手を眺める。魔物と戦うにはまだまだ弱い、家族を守るのにも、弱すぎる。だからこそ、少しでも実力を、勇気を、自信をつけたいとユレンは強く思った。
「よし、ナイフを取ってきて。もう一度やるよ」
「はい、わかりました!お願いします!」
ユレンの返事にウーゴは笑みを浮かべ頷く。そうして二人は、森からイルとエイドックが帰ってくるまで組手を続けた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます