第9話

ユレンはその日もいつものように畑を耕していた。しかし、その胸の内では、税が上がっても変わらずに生活できる方法はないかと思い悩んでいた。一人のしかも子供には解決が難しい問題だからこそ答えは出ずにいた。


そんなとき、村より少し離れたところに数人の人影が見える。ユレンは盗賊か魔物の類いか、と考えると共に周りにいた者たちに声をかける。少しずつ近づいてくる人たちは、声を張り、手を降りながら、ユレンたちに自らの存在を必死に伝えていた。


「僕たちは冒険者です!どなたか話を聞いてくれませんか」


安心させるように声をかける男性。冒険者と名乗る彼らは男性を含めて五人いて、全員が二十代ぐらいに見えた。そのうち二人は女性で、一人は背中に弓と矢筒を背負っていた。


「どうする、ユレン?」


「……まだ冒険者と決まったわけじゃない。誰か村人を呼んできてくれ、できれば村長を。それまで俺があの男と話してくる」


そういうとユレンは男に近づいていき、少し距離をとった位置で立ち止まる。男は爽やかな笑みを浮かべており親しみすら感じる様だった。


「はじめまして。どうしてこんな辺境に?」


「僕たちはここの近くの森に住む亜人系魔物の討伐をするために来ました。地理が疎く迷ってしまい……あははは」


そういって恥ずかしそうに笑う男性。ユレンは男性に合わせるように笑うが、ユレンの注意は男性の後ろに並んだ四人の方にも向けられていた。


なぜこんなにもユレンが警戒をしているのか。それは農村を襲う盗賊が多いためだ。ここから遠くない農村が盗賊に襲われ、壊滅したという話を生まれてから何度も聞いていた。ユレンが住む小さな農村は戦える人間は少なかったため、常に警戒をしているのが現状だ。


「へぇ、そうなんですか。それにしてもみなさん強そうですね、冒険者って初めて見ました」


ユレンは少しでも情報を引き出そうと会話を続ける。


「はは、そりゃ君らから見たら強そうに見えるだろうけど、冒険者の中じゃまだまだだよ。僕らは冒険者になって三年くらいだしね」


その後も続く男の話はユレンにとって初めてのものばかりだった。村の周辺部しか知らないため、男の話はとても興味深いものばかり。


「山よりも大きな魔物、海の中に眠る大迷宮、空に浮かぶ古代の国。実際にあるかはわかってないけどこの世界には未知がたくさんある」


男は未知に憧れて冒険者になったらしい。そんな男の話を聞いているうちに、敵意はないことはすぐにわかった。ユレンは村の者じゃない人から話が聞きたいと思い、生活について相談した。


「んー、生活を安定させたいねぇ……。農民の人たちにとっては税は農作物だもんな。これから税が増えるらしいし生活に不安を感じるのも仕方ないね」


「はい、何かありませんか?」


「冒険者としてアドバイスするなら、魔物を倒すことかな。魔物はお金になるから倒すことができたならその素材を売ってお金を稼げるね。他には薬草とか魔物の生息地の採取依頼を受けたりして稼いでる子もいる。これが一番安全だね」


「冒険者……」


「まぁ、それでも厳しい世界だよ。冒険者は自由がモットーだけど、命がいくつあっても足りないから」


ユレンは考え込むように下を向く。自分の力を活かして冒険者になったら家族は楽になるだろうか。ユレンは悩む。


冒険者。未知やロマンを求める者として世界を冒険する者というのがこの世界の語源だが、実際は魔物を倒したり傭兵として戦争に参加したりなど様々な分野に属する集団というのが今の冒険者だ。何より自由をモットーとしており国などに束縛されず高レベルの冒険者は国家間の自由渡航や危険領域への単独探索が許される。若者は一度は冒険者に憧れるが、命の危機や実力主義のため遅かれ早かれ弾かれることが多い。


ユレンが男性と話してしばらくすると、待機していた少年が村の方から村人が近づくのに気づく。


「ユレン、村長たちが来たぞ!」


ユレンもその方向に視線を向け村長たちがいるのを確認する。


「わかった!……今、村の人が来ます。詳しいお話はそちらで。……話を聞いていただきありがとうございました」


「あぁ、こちらこそありがとう。僕たちも警戒させてすまなかった」


男性の爽やかな笑みにユレンは気づかれてたか、と苦笑しながらその場を村長たちに引き継ぐ。冒険者たちはユレンの方へ手を振り村長たちに連れられその場を後にした。その場に残された少年と老人たちは、冒険者たちの背中を見つめるユレンを囲むと興奮したように話し出した。


「ユレン、大丈夫だったか!?」


「あぁ、本物の冒険者だろう。後は村長たちに任せればいいさ」


「お前勇気あるなぁ……俺なら怖くて無理だぜ」


賞賛の視線を送る少年にユレンは笑いながら答える。


「俺だって怖かったさ、でもこの村が襲われる方が俺は怖いよ」


「頼りになるねぇ。ユレンくんがいれば安泰だ」


その後もユレンを称える言葉に照れくささを感じるも、ユレンはこの場から逃げ出さなかった村人の存在が自身の支えとなっていたと心から思うのだった。


「よし、それじゃあそろそろ仕事に戻るぞ!」


「「「おぉ!!」」」


そういってユレンたちは今日も日が暮れるまで仕事を続けるのだった。



――――――――



「ユレン、聞いたぞ。お前冒険者の対応をしたんだってな。なかなかできることじゃない、俺は鼻が高いぞ」


夕食の際、レントは村で聞いた冒険者の話をする。自分の息子が話題となっているためかいつもよりも声のトーンが高かった。


「ありがとう父さん。でももし、あの場で襲われたら生き残れるのは誰もいなかった。だから魔法が使えてある程度時間稼ぎができる俺が話した、それだけだよ」


もし、あの五人が襲ってきてもユレンは魔法が使えるため逃げるだけならなんとかなる。しかし、あの場にいた少年と老人たちを守るには、ユレンが囮として逃げる時間を稼ぐため、正面から対応するしか方法がなかった。


「ユレン。あなたはみんなの命を守ろうとしたのよ。だから胸を張りなさい」


「ゆれん、すごいっ!」


「ありがとう、少し照れるな」


家族に称えられ、微笑むユレン。ユレンはあの人たちが盗賊じゃなくてよかったと改めて思うのだった。


そんな家族の団欒が続く中、家の戸が叩かれる。


「ん?もう日が暮れてるのにいったい誰だ?」


レントがそういって腰を上げ、玄関へ向かう。ゆっくりと戸を開けるとそこには昼に会った冒険者の男がいた。


「こんばんわ。すみません、お邪魔しちゃって。もしかして、夕食の最中でしたか?」


「まぁ、そうだが……お前さん村に来たっていう冒険者か?」


「はい、そうです。いやぁ、にしてもいい匂いですね」


どこか人懐っこい笑顔を浮かべ、男はチラッと家の中を覗く。そしてそこにいたユレンに気づくと、驚いた表情を浮かべながら手を振ってきた。


「やぁやぁ!また会ったね。あぁ、なんだか見てるとお腹がすくなぁ」


「こんばんわ、残念ですがあなたの分はありませんよ。うちは貧乏ですから」


ユーリの言葉を聞くと冒険者の男は笑いながらお腹を抑える。


「はは、そりゃ残念です。……おっとお嬢ちゃん、僕の顔に何かついてるかな?」


冒険者の男の顔を見つめるナツに気づいたのか、男は爽やかにナツに話しかける。


「おじちゃんだれー?」


「お、おじちゃん……。まだ二十代なのに……」


幼子の言葉に男は落ち込んだように涙をうかべる。そんな男の様子はあまりに溶け込んでいて、まるで今日会った気がしなかった。


「……あー、それで、何か用でも?日も暮れてるのに家に来たってことは急ぎのことで?」


レントはそんな微妙な空気を変えようと話を切り出した。


「あぁ、そうでした。……実は私たち、魔物の討伐依頼を受けてここまで来たんですが、息子さんもご存知の通りここらの地理に弱くて……なので案内役を雇おうと考えたんです」


そういうと男は、レントの方に顔を向ける。


「村長に誰かいないかと聞いたら、レントさんという方がいいとおっしゃるもんでして、ここまで来たというわけです」


「案内役ねぇ……。そうは言っても、仕事があるしなぁ…」


案内役という言葉に、苦虫を噛み潰したような苦しい顔になるレント。そんなレントを見て、焦ったように手を振りながら男は言葉を重ねる。


「タダでとは言いません。引き受けてくださったならしっかりとした報酬をお支払します。どうでしょうか」


「う、うーん、どうするかなぁ……」


レントは手を顎に当て悩む。冒険者の手伝いとなると数日家を開ける可能性もある。仕事の兼ね合いもあるため、レント一人の判断が難しかった。

そんなレントの姿をみたユレンは、ある一つの考えが思い浮かぶのだった。


「父さん」


「ん?なんだユレン?」


不思議そうな顔をしてユレンに顔を向けるレント。冒険者の男もユレンの顔を見る。


ユレンは覚悟をもって話を切り出す。


「その仕事、俺が受けたい」

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