第10話 帰ってみて

 超高速航行中は操舵室を離れられないので、珍客の世話や相談はCAたちに任せ、目的地に特に希望はないとの事なので、結局コンフリまで戻ってきた。

 不運な事に、コンフリ宇宙港は砂嵐に見舞われており、周回軌道での待機を余儀なくされていた。

「船長、今回は三日の見込みだそうです」

 副操縦士のビスコッティが、小さく笑った。

「うむ、待つのは得意だ。猫だからな」

 俺は笑った。

 客席には例の珍客がいたが、通常航行で待機中とはいえ、なにかあれば困るので全員操舵室を離れられない状況が続いていたが、CAからの報告では落ち着いていて、大脱走の理由は城が嫌になったとの事だった。

「それにしても、暇だな。スコーン、なにかあるか?」

「なにもないけど、着陸したら重力制御システムは整備した方がいいよ。無理が祟って、かなり痛んでるよ」

 コンソールのキーを叩きながら、スコーンがいった。

 退屈なのか、パステルはログを書いては欠伸をし、隣のラパトは居眠りしていた。

「では、呼んでみるか。アイリーン、ポルコの船を呼べ」

「はいよ。でも、なにも出来ないと思うけどな」

 アイリーンがポルコの船を呼ぶと、すぐにやってきた。

『今度はなんだ?』

 無線越しにポルコが問いかけてきた。

「重力制御システムだ。だいぶ痛んだようでな、修理ではなく容量アップの付け替えを頼む」

『分かった。周回軌道なら問題ないだろ。三十分で終わらせる』

 ポルコの船が俺の船のドッキングポートに接続した。

「スコーン、重力制御システムの電源を落とせ。ビスコッティ、しばらくはスラスタと補助エンジンだけが頼りだ。速度を誤るなよ」

「分かっています。また、無茶を」

 ビスコッティが笑った。

「無茶を言い出したのは向こうだ。スコーン、準備はいいか?」

「うん、重力制御システムを切ったよ。サブエンジンとスラスタは正常動作中」

 スコーンが報告してきた。

「よし、これで作業が終わればいいな。三十分なら早い方だ」

 昔は重力制御システムの交換となると、船の機関部を開いての大作業だったが、今は船底に付いているカタツムリのような形をした機械を変えるだけだ。

 ちなみに、この船には八発付いていて、内二発が予備としてなにかあった場合は切り替えるようになっている。

「さて、一応姿勢制御はオートにしておくぞ」

 俺はパネルを触って、オートで現在の姿勢を保つように設定した。

「あとは作業待ちだな。ポルコの腕ならすぐだろう」

 俺はシートの背もたれに身を預けた。


 重力制御システムの交換は少し時間をオーバーして、四十五分で終わった。

 どうせ、すぐに砂が入ってダメになること請け合いだったのだが、その時は変えればいい。

 これが、砂の惑星に拠点を構える船の、共通する認識だった。

 ドッキングポートのエアロックを通ってやってきたポルコに料金を払い、船がどこぞへ消えて行くと、俺たちの船はまた一人ぼっちになった。

「スコーン、重力制御システムは?」

 もう何度目か分からない確認を、スコーンに要求した。

 なにせ、これがないと降下出来ないため、念には念を入れる必要があった。

「全機正常に作動しているよ。負荷試験も問題なくパスしたし、大丈夫だよ」

 スコーンが笑った。

「ならいい。それにしても三日か。長いな……」

 ここに到着して一日目。待つのは好きだが、待ち時間は短いとはいえなかった。

 管制からの最新データが俺とビスコッティ、アイリーンの元に届けられ、アイリーンが何度も計算しているが、やはり砂嵐は最低でも三日はかかる見込みということだった。

「いやー、ツイてないねぇ」

 アイリーンがホット青汁を飲みながら笑った。

「あの、お酒飲んだらダメですか?」

 ビスコッティが欠伸しながらいった。

「ダメだよ、私も我慢してるんだから!!」

 俺より先にスコーンがツッコミを入れた。

「二人とも大酒飲みだからな。まあ、少しならいいぞ」

 二人の目が輝いた。

 ビスコッティが船内電話の受話器を取り、さっそくCAに酒の注文をはじめた。

「高い酒でも構わないが、本来は客用だ。金は払えよ」

「はい、もういくらでも!!」

 ビスコッティが笑った。

「私はお金ない。給料日前!!」

 スコーンが笑った。

「ビスコッティに奢ってもらえ。俺は給料を出す金がない」

 俺は笑った。


 周回軌道上で待つ事三日。

 まだ強風という条件ながら、ようやく着陸許可が出た。

 新調した重力制御システムの調子は良好だったが、風で大揺れしながらの緊張感溢れる着陸となった。

 自動展開される補助翼頼みで、なんとか港の着陸パッドに収まると、俺は一息吐いた。

「さて、なんとか無事に着いたな。CAチームが歓待に当たっているだろうから、俺たちはチェックリストを済ませよう」

 俺は隣のビスコッティと協力して着陸後チェックリストを済ませ、全員が問題ない事を確認してからメイン動力を落とした。

 地上電源だけで稼働している船内は暗く、俺たちは先に下りていた珍客と初めて対面した。

 強風吹き荒れる中、スカートの裾を持ち上げるいかにも王族という挨拶をしてきた相手に、俺は手を上げて応えた。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。ここには砂しかないぞ。もっとマシな星に運ぶ事は可能だが、どうするのだ」

「先に名乗っておきます。私はサリーと申します。あとは、親しい侍女が二名。砂しかなくても構いません。お城は堅苦しすぎて性に合いません」

 サリーと名乗った少女は、なにかすがるような目で俺をみた。

「よし、いいだろう。根性はありそうだな。仕事はキツいが金になる農家を知っている。そこで働いてみるか?」

「はい、お願いします」

 俺は頷いて、腕時計型の通信機で知り合いを呼び出した。

 しばらく待つと、ボロいピックアップトラックに乗った、ゴツい男がやってきた。

「話は聞いた。この娘か?」

「ああ、そうだ。王族だ、丁重に扱え」

 俺は笑った。

「俺には王族もなにも関係ねぇ。覚悟が出来たら荷台に乗れ。この星での農業を教えてやるぜ」

 ゴツい男が笑みを浮かべた。

「はい、お願いします」

 サリーは苦労してトラックの荷台に乗り、侍女二人も乗った。

「それじゃな。また、なにかったら連絡をくれ」

 サリーと侍女二人を乗せて、ピックアップトラックは去っていった。

「船長、いいのですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「なに、三日も経たずに最初の涙を流すだろう。それでも、根性があれば立ち直るだろう。人使いは荒いが、悪い農場ではない」

 俺は笑った。

「さて、風も強いしお前たちは帰って休むといい。俺の家はこの船だからな」

 俺は笑って、第一エアロックから中に戻った。

 実のところ、この船が家だという連中は多い。

 機関部の全員がそうだし、CAの中にも部屋の空きがなく借りられない者が多少残っていた。

 俺は操舵室に入り、非常灯だけの薄暗い中を歩き、操縦席のシートに横になった。

「やはり、ここが落ち着くな。さて、明日はなにが待つか。これが、楽しくてやめられないのだ」

 俺は小さく笑ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の宇宙 NEO @NEO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ