第弍部 第二十二話 光と影の結末

「……殺してやるか。その気持ちを、5年前に持ててたらな。……なあ、影虎」


地にうずくまった影虎の頭部を踏みつけながら、輝虎は言う。


怒りに我を忘れた影虎と迎え討つ輝虎、因縁あるこの二人の一騎打ちは。


まさに、瞬き一つで勝負が決することとなった。


影虎の記憶では、輝虎の操る抜刀術は7つ。

そのうち、もっとも接近戦に向く技である「陽炎」で来るであろうと予測を立て、それに合わせて影虎は渾身の月光を繰り出そうとした。


が、しかし。


「……ッッ!…そんな、バカな………ッ!!」


切断された左腕を押さえ、バランスを崩して倒れ込む影虎。

血に濡れた袖口からは絶えず鮮血が溢れ出し、激痛に歪んだ顔には脂汗がびっしりと浮かぶ。


間違いはなかったはずだ。

あの瞬間の俺の判断に、何一つ間違いは。


しかし、刀を抜いた瞬間に本能で悟った。


敗北を。


咄嗟に刀を返して防御の構えを取ろうとしたその刹那、輝虎の腰の鞘から飛び出した山鳥毛一文字が、影虎目掛けてまるで生き物のような軌道を描いて躍動した。


5年前までの輝虎が使っていた、鋳型にはまったような剣技とは何もかもが違う、彼の執念が具現化したかのような鬼気迫るその技に。


気がついた時には、肘から先を跳ね飛ばされていた。


痛みや焦燥が膝元から這い上がり、そしてそれ以上に、纏わり付いてくる強烈な感情が影虎を支配する。


幾年振りに感じただろうか。これほどの、死への恐怖を。


「……これで終わりかよ。テメエ、この5年間何やってたんだ?」


噴き出した冷や汗を拭い、言うことを聞かず震え続ける両の足に鞭打って立ち上がる。

たちまち左腕の断面からはボタボタと血が流れ出し、畳張りの大広間が黒々とした朱に染まっていく。


それでも、彼の中を灼き続ける燃えるような憎悪が影虎を突き動かした。


「…まだ、だ……お前は、殺さなければ……ッ!」


片腕で果敢にも斬りかかった影虎だったが。


「……気合いと勢いだけで勝てたら苦労しねえんだよ、カスが」


同じく片手でそれを受け止めた輝虎は、影虎のガラ空きになった腹部に向けて全力の蹴りを見舞った。


鳩尾に食い込んだその一撃を、受け止める余裕すら今の彼には無く。


そのまま後方へと吹き飛ばされた影虎は、四肢を投げ出しながら力無く地面を転がった。


もはや、余力は尽き掛けている。

そこに左腕からの多量の出血も重なり、意識を保つことすらままならない。


完全に、甘く見過ぎていた。


双子の兄である輝虎の、弟を恨み続けたこの5年間を。


さきほどの輝虎の抜刀術は、明らかに「日輪系」の本分からはズレたものだ。

戦場にあって、より広範囲を一撃で屠るために生み出されたのが日輪。

たとえそこからどれだけ派生していったとしても、その根幹が揺らぐことは決してない。


むしろその、対象とするものの違いが唯一、影虎の月光が彼に勝っている部分とすら言えるほどに。


しかし、あの技。


体全体の回転など、基本となる日輪の動作はある程度そのままに。


大きく跳躍するや否や、大振りの振り下ろしをチラつかせてこちらの踏み込みを誘った。


その隙だらけの体勢は、相手の懐に踏み込んで直線的な斬り上げを喰らわせるという、影虎の月光を使うのに格好の的。


しかしその構えの真意とは、自分の身体をブラインドとし、抜刀のタイミングや出所を悟らせないことにあった。


それに加え、あえて不安定な姿勢を取ることで敵に「今が好機」という思考を与え、攻撃の主導権ごと術者が握ることができるのだ。


そう。全ては、5年前に自身を破った影虎の「月光」を攻略するため。


ギリギリでその狙いに気づいた影虎は瞬間的に防御姿勢に切り替えたが、そんな彼の天才的戦闘センスをもってしても、左腕を持っていかれてしまった。


しかしまだ、利き腕は残っている。

このまま死ぬか、それとも最期まで戦うか。


答えは決まっている。


「……死んでないぞ、俺は……まだ!…来い、輝虎あ!」


「…黙れよ、雑魚が。……頼みの綱の月光が破られた時点で、テメエは何もできねえだろうが。……ま、死にてえなら殺してやる。さっさと来いよ」 


この時輝虎は、勝ちを半ば確信していた。


ついに、日輪の天敵のような月光を攻略したのだ。

それに加えて、抜刀術を使うのに不可欠な左腕を失った影虎にはもう、彼の刃に抗う術などない。


この5年間、その全てをこの技の習得に費やしてきた。


ああ。

ついに、今日終わる。


しかしまだ、完全に警戒を解くことはできない。

この弟なら、たとえ腕を無くしても何かしら動いてくることも考えられる。


決してこの好機を逸することのないよう、彼は再び飛び上がった。


目の前の弟を殺すためだけに編み出した、この8つ目の抜刀術でトドメを刺すために。



「……抜刀術。『八ノ天・炎天の崩月』ッッ!!」



間違いなく、ここで勝敗は決するはずだった。

しかしこの瞬間、輝虎はたった一つだけ見誤っていたのだ。


それは、今まさに息の根を止めようとしている双子の弟の持つ。


天性の戦闘能力である。


片腕を欠き、もはや立っていることすらギリギリの、死に体の彼は。


今この一瞬のうちに、勝利の為に何をすべきか。

その全てを直感的に理解し、実践した。


激しい回転や広範囲の移動攻撃など、身体全体の動きを基礎に置く「日輪」に対し、影虎の「月光」は主に足、刀を抜く瞬間の踏み締めや腰の抜き方を特徴とするもの。


その瞬間、たしかに影虎は足場を強く踏み締めていた。


ただしそれは、畳張りの床ではなく。


影虎に対して覆い被さるように飛び上がった輝虎の、さらに上。


板張りの、に。


「………ッ、てめえ……この……クソがあ…!!」


「抜刀術。『ニノ刃・白夜の天』」


重力など物ともせず、文字通り天井に立った影虎の刃が。



空中に飛び上がった輝虎の、無防備な背骨を両断した。




























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