第弍部 第十話 死角からの乱入者

輝虎と影虎、その因縁の兄弟対決が行われようとしていた二日目。


上杉軍中央と武田軍による戦場では、とある異変が起きていた。

二日目になっても依然として灼熱のような攻めを見せていた武田軍騎馬隊だったが、一日目は各所に散らばって戦っていたはずの騎馬小隊たちが一向に姿を見せないのだ。

 

一つあたりが百人単位の小隊だったそれらは、一騎一騎の異常な強さ故に存在感を放っており、初日から上杉軍の防衛線を苦しめていただけにその静けさが不気味ですらあった。


そして、そんな敵強部隊の消失は、横に広がった第一防衛線の数十箇所で同時に起こっていたのである。


防衛線を指揮していた各軍の将たちは、その動きをギリギリまで察知することができなかった。

真田幸村が率いる騎馬大隊一万による、第一防衛線の心臓部を脅かすような猛攻を凌ぐのに意識が削がれ、その他各所の敵騎馬隊の動向を追う余裕が無かったためである。


その様子に薄ら笑いを浮かべながら。

武田信玄はその私兵団五千とともに、東に横たわる信濃の山中へと消えていった。



そして、早くも炎に包まれた中央、左翼とは対照的にこの戦場は意外にも膠着していた。


上杉軍右翼。


越後からの援軍である合同部隊と、北上してきた織田軍との戦いである。


こちらは早々に合同軍のうちの一隊、黒狼の隊長を務める直江兼続が信長に敗れて重傷を負ったものの。

その後は残る二隊、兼続を後方に送り届けて再び戻った赤龍隊と暴雷によって戦線が維持されていた。


数で勝るが故に勢いで押し潰そうとした織田軍ではあったが、義道がそれをさせなかった。


「……オッサン、気持ち悪い格好しやがって…!ハアッ、くっそ抜けねえこいつ…!」

「…ッッ!!」


いつもなら先頭を走って集団を引っ張る信長を、鬼神化を使用しての一騎討ちによって留めているからである。


信長の強さは、人の枠を超えたようなそのパワーとスピードにこそある。

兼続や義銘のような、剣技で、つまり”技術”で戦う者にとってはまさに天敵。

しかしその二つに限って言えば、鬼神化によって単純な身体能力が飛躍的に向上している義道も引けを取らない。


そもそも、朝倉五将であり剛将として知られた飛騨宗正を一刀で葬った義道の鬼神化に対して、生身の状態で互角に渡り合える信長がおかしいとも言える。


そんな怪物二人の斬り合いはすでに数時間にも及び、その間も義道は限界を超えて鬼神化を持続させ、全身から血を噴きながら喰らいついていた。


当然そうなれば信長直属の部隊である「雷鬼」が義道に向けて襲いかかるわけだが、これを義銘率いる赤龍隊が食い止めることで防ぎ。

そして残った暴雷が、後方に続く織田軍に対して旋回からの突撃を繰り返すことで足止めし続ける戦い方。


これが良い形でハマったことで、倍の戦力差のある織田軍に対しても上杉軍右翼は均衡を保っていた。

しかしこの戦い方には大きな問題がある。ただでさえ戦力差が大きいなか、義道が信長に敗れないことを前提に組まれた作戦であるが故の弱点。


その前提が破られた場合、この戦場そのものが瓦解するのである。


ただその前提が崩れるか否か、それは全て義道一人に掛かっているが故に、彼以外の越後兵たちはとにかく邪魔が入らないように援護に徹することしか出来なかった。


ただ越後側にとっては幸いなことに、先に限界が来たのは。


「クッソ…な、んだ…こいつッ……!」


次第に合わせきれなくなり、小さな負傷が増えてくる信長。

肉体の限界を超えて動き続けているのに加えて、失血も重なればさらに動きも鈍くなる悪循環。


「まずいぞ、信長様が…!」

「…殿、お退がり下さい!あとは我らに!」


信長の家臣たちが後退を促すも、それに従う気も、それに従えるだけの余裕も今の彼には無い。



そして、二日目最大の衝撃が訪れる。



義道の振り下ろしに対して、迎撃に打ち上げを行った信長の愛刀が根本から打ち砕かれた。


咄嗟に脇差へと手を伸ばす信長の目の前で、全身を朱に染めた義道が刀を振り上げる。


その瞬間明らかに、勝敗は決していた。


信長はここで死に、そして右翼の決着も付くはずだった。

そう、この男がいなければ。


周囲の敵を近づかせないように立ち回る赤龍隊の隙間を縫うようにして、義道の背後に迫るのは十騎ほどの小隊。


そして皮肉なことに、乱戦の最中にその出来事の一部始終を目撃していたのは、彼の次男である義銘だった。


警告に発した声は、父には届かず。


ドンッと胸に強い衝撃を受けて、義道は思わず刀を取り落とした。

途端に、身体から力が抜けてしまう。


何が起こったのか分かっていない義道の左胸から、血を滴らせて妖艶に光る刀身がゆっくりと引き抜かれていく。


「……父上ッッ!!!」


彼の悲痛な叫びを聞き入れる者は誰もいない。


そのまま大量の血を吐いて、義道は馬の背に倒れ伏した。


暗黙の了解として、大将どうしの一騎討ちに横槍を入れることは、その場で叩き斬られても文句は言えないほどの禁忌である。


しかし。


「な、何を……てめえ、ぶっ殺すぞ光秀ッ!!」


戦国一の合理主義者、勝利至上主義者であるこの男の前には、”暗黙の了解”などそんなもの。


「武将としての矜持とかそういうの、私はどうでもいいので。……明智隊、周りにたかってるハエどもを一掃しろ」












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