第3話 悪魔の子は悪魔へ

「なんか家の前に子供捨てられてたわ」

ゾイとネーニアが出会ってから一年が経った。二人は良い友人として仲良くやっていたし、村では二人とも仲良く迫害されていた。

方や村に住む恐ろしい魔女。方や魔獣殺しの森の悪魔。そんな悪魔の住む家に突然届けられたプレゼントが謎の赤ん坊だった。

「えっ、なに?どういうこと?」

扉を開けてすぐに見えたのがおくるみに包まれた赤ん坊を抱えるゾイの姿。その上、第一声でそんなことを言われたので、ネーニアは混乱するしかなかった。

ゾイも説明に窮した。家の前から泣き声がするなと様子を見たら赤ん坊が捨てられていたのだ。

一体どういうことだろう?悪魔と魔女は顔を見合わせた。

「あんたの子供じゃないわよね?」

「俺がこの村の娘とイチャついてる瞬間が一瞬足りともあったと思うか?この森から一歩も出てないのに?」

「あ、忘れて。じゃあ、一体何処から来たのよ。この子は」

「知らないよ。あんたこそなんか知らないのか。村の噂だとか…」

「あんたにはあたしが村人と噂話に興じれるくらい仲良くやれてるように見えるわけ?」

「あ、忘れて…ん?」

軽口を叩き合い、赤ん坊を見聞しているとおくるみの中に一枚、紙が入っていることにゾイは気がついた。取り出して開くと中にはたった一文こう書かれていた。

『悪魔の子は悪魔へ』

「なんだこりゃ」

二人はまたもや顔を見合わせたが、それで言葉の意味が分かるはずもなかった。

そして、二人の悩みは強制的に中断されることになる。赤ん坊が泣き出したのだ。

「ふにゃあ、ふやぁ」

「あ、ちょっと!泣いてるわよ!」

「分かってるよ、でも俺記憶喪失だから赤ん坊のあやし方なんてわかんねーよ」

「あたしだってわかんないわよ!あーもう!ちょっと家で調べてくるから何とかしといて!」

「本気でか!うわー、蘇れ俺の記憶!特に親にどう育てられたかの部分!」

ネーニアが慌ただしく家を出て行き、ゾイは何とか赤ん坊を泣き止ませようと試行錯誤を始める。いつも静かな森の悪魔の住処は赤ん坊一人の世話で大騒ぎだった。


ネーニアがゾイの家に戻ったのは二時間後になった。本を探すのに二時間かかったわけではない。村で興味深い噂を聞き、それを調べた結果だ。ただ、時間をかけた甲斐あって有益な情報を手に入れることが出来た。

「ただいま!遅くなってごめんね、だけどその子に関して良い情報が…って、何よこの部屋!」

「あ、おかえり」

ネーニアを迎えたのは出ていく前と一変し、ボロボロになった室内だった。ひび割れた窓、吹き飛んだ家具、カーテンとカーペットはズタズタ。そんな惨状の中を眠った赤ん坊を抱えたゾイだけが平然としている。

「部屋のことは後で話すよ。それより、良い情報って?」

「あ、そうね…えっと、村で聞いたんだけど昨日、悪魔の子が生まれたらしいのよ」

「悪魔の子?」

「産声で母親と立ち会わせた産婆の鼓膜を破いた魔法の声を持った赤ん坊…父親は死産だって周りに言ったらしいんだけど、そんな子供が生まれたって噂になってたのよ。なんでもその子、髪が燃える様に真っ赤でエメラルドみたいな緑色の目で両親に全然似てなかったんですって」

「こいつのことだな」

ゾイは溜息混じりに腕の中の赤ん坊を見る。見事な赤毛。今は閉じられているが、先程まで涙を零していた瞳は緑色だった。

「何より…声。あんたが出ていった後、こいつ泣き声で部屋をボロボロにしちまった。魔法の声っていうのは間違っていないらしい」

「なるほどね。見たところ、その子は魔力が高い子供ね。たまにいるのよ。生まれつき体内の魔力量が多くて親に似てない外見になったり、とんでもない現象を引き起こす子供が」

「じゃあ、こいつも魔女…いや、魔法使いになるのか?」

「魔女や魔法使いになるにはもっと魔力量が必要よ。その子は足りないわ」

「これでもか。やっぱり魔女っていうのは凄いんだな」

「あら、ありがと…ねえ、さっきの紙のことなんだけど」

「悪魔の子は悪魔へ、か。お前、森の悪魔のところに捨てられちまったのか」

「ええ、そうだと思う。この子を育てられないって思った親が捨てたのね。きっと」

それはあの村では当たり前のことかもしれなかった。魔力量の多い、両親と全く違う外見を持った子供が歓迎されるはずはない。

しかし、ゾイがそんなことを気にするはずもなかった。

「うん、決めた。俺、こいつの父親になるよ」

「…本気?あんた、子育ての知識なんてないでしょう?それに魔力を持った子供なのよ。並大抵の苦労じゃすまないわよ」

「仕方ないだろ。大事にしてくれないことが分かってる親元になんて返せないし。知識はないけど、何とかするしかないだろ…あんたが持ってきてくれた本もあるしな」

「まったくもう…もちろん、あたしも手伝うからね!」

ネーニアは呆れながらもゾイが赤ん坊を育てると言ったことがとても嬉しかった。それは、あの村では絶対にされない選択だったから。


「ああ、そうだ」

ゆらゆらと腕の中で赤ん坊を揺らしながら、ゾイは何事かを思い出し、ネーニアに近付いた。

「こいつの名前、ネーニアがつけてくれよ」

「はあ!?」

「いいだろ、俺にはセンスがないし」

「あんた…魔女に子供の名前をつけさせるなんて正気?幸せになれないかもしれないわよ」

「俺にはつけてくれたじゃないか」

「あんたは十分育ってたから今更幸せを願う必要がなかったじゃない!昨日生まれたばかりの子なんて、責任重大すぎて…」

オロオロとネーニアは狼狽える。魔女であり、村人との交流を長らく絶っていた彼女が子供の名付けを頼まれる機会などなかった。

「俺はネーニアがつけてくれた名前でこの子を呼びたい。なあ、頼むよ」

「うー、わかったわよ!」

安らかに眠る赤ん坊をネーニアは暫く見つめて、長い時間の後、宣言した。

「ユノ。この子の名前はユノよ」

ユノ。それが赤ん坊の名前になった。


こうして、ゾイはユノという赤ん坊の父親になったのだった。

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いつか終わりはやって来る 292ki @292ki

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