第三片 向日葵

「私が死んだらどうするかね?」

「そうですね·····マスターの花は美しいので首を切り落として庭に植えてみましょうか?」

紅茶を煎れながらマスターの悪趣味な問いかけに猟奇的な回答をする。色々ツッコミを入れたそうだったがどこから突っ込んだらいいのかしばし迷っていたので「紅茶が冷めますよ?」と助け舟を出す。マスターは一瞬キョトンとするが、すぐ私の意図に気付いたようで悔しげに咳払いをすると「そうだな。それはいかん。」と呟き紅茶を飲み始めた。

向日葵頭のマスターのメイド兼秘書として屋敷に勤めてはや5年。やや芝居めいたやり取りはマスターの趣味らしく、日常会話は大体常にこんな感じだ。

「ところで先日医者に行ってきたんだがね。」というマスターの言葉にそういえばそんなスケジュールが入っていたかと記憶を巡らせる。最近体調が微妙に優れないと言っていた。どうせ普段の不摂生が原因では?

「余命数ヶ月らしい。」

「はい?」

思わず素っ頓狂な声が出た。その様子があまりにもツボに入ったのか「すまん事実なんだが·····」と肩を震わせ笑いを堪えながら愉快そうに自分が割と珍しい病であと数ヶ月で没するであろうことを告げた。

「君が私の首と庭を所望なら退職金代わりにくれてやってもいいが·····」

「いや要りませんよ。そもそも首切り落とすとかシンプルに犯罪じゃないですか。」

「なんだ要らんのか。」

私をなんだと思っているんだと肩を竦め溜息をつくとマスターは残念そうに椅子を回し窓の外を見た。

「見たまえ我が庭を。」

言われて目を向けるとそこには広大な芝生。花はどこにも見当たらず、ただただ芝生が青々と茂っている。

「隣の芝生より青いですね。」

「せめて花の一つでも植えて欲しいもんだ。」

窓に頬杖をつき溜息をつくマスター。

「とはいえマスターも私も花の世話が壊滅的に下手だったじゃないですか。向日葵頭の癖に。」

「君だって花の世話も出来ないじゃないか。人間の癖に。」

だからその芝居がかった動きと言動は何なのか。もはやだんだんコントでも演じているような気になってくる。こめかみを押さえ溜息をついたらふと一つの疑問が浮かんだ。

「·····マスターが死んだらその頭の向日葵はどうなるんですかね?」

「さてね?生憎私には親も同種の友人も居ない。一体どうなるか皆目検討もつかん。」

「もし枯れて種ができるのならば·····」

「うん?」

「庭に撒いてみましょうか。マスターが復活するかもしれません。」

その回答は予想外だったのか、マスターは数刻固まると心底面白そうにクックックと喉の奥で笑いながら「じゃぁそれで頼むよ。」と答えた。


果たして数ヶ月後、医者の見立て通りマスターは死んだ。意外と律儀なマスターは自分の種を庭へ撒くよう遺言書に書き加えていた。私は若干面倒とは思ったが結局撒いた。ちなみに遺言書により私はこの館の主人の座を譲られた。とはいえ単に遺産相続で、特にこれといった地位は無い。家が大きくなっただけである。


季節は巡り夏。庭に撒いた種は順調に育ち、庭は小さいながらも立派な向日葵畑となった。マスターの座っていた椅子に座り茹だるような暑さと蝉の大合唱に辟易しながら頬杖をつき庭を眺める。


向日葵が全てこちらを向いているような気するのは些か考え過ぎか。

「どれがマスターなんですかね?」

私の問いを笑うように向日葵達は何も答えず、吹いた風にただゆらゆらと揺れていた。

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短編集 無題 歯車壱式 @Haguruma_Hitoshiki

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