栗原のおばさん

霜月穂

栗原のおばさん(赤の他人)一族に間違って私の番号登録されてた件

 ※関西弁ネイティブではないため、エセ関西弁表記をお許しください。

 

 二〇〇五年、ある日の真昼間、電話のベルが鳴りました。

 いや、正確にはベルではない、当時流行っていた「着メロ」というやつです。

 とにかく着信があったわけですが、番号をみるも心当たりのない番号でした。市街局番からするに、県内からでは、ない。当時、夜行性動物であったと同時に療養中の身であったため、陽が高いうちにかかってきた電話は問答無用でスルーするという体たらく、まして知らない番号からの電話に出るわけもなく、携帯電話を布団に埋めて再び夢の世界に帰っていったのでした。

 

 着信履歴に恐怖を覚えたのはその日の夕方のこと。

 なに、この着信量……しかも留守電なんで入れないの……。

 

 全て昼間の番号から発信されており、え、何事? と混乱する頭に追い打ちをかけるように、再び着信が。

 これは流石に余程のことがあるのであろうと、意を決して出ることにしました。

「…はい、どなt「おばちゃん? 栗原のおばちゃんやろ!? 何で電話でないん!?」」

 当然私は栗原でもなけりゃおばちゃんでもありません。当然その旨をお伝えします。

「あの、私は栗原のおばさんではな「おばちゃん!? おばちゃんどうしてたん!?」」

 全く聞いてくれません。オレオレ詐欺が成り立つことがよくわかりました、明らかに声が違うにも関わらず、「栗原のおばちゃん」と信じ込んでいる相手には、私の声は「栗原のおばちゃん」以外の何者でもないのです。こちらも声を張り上げて応戦するしかありませんでした。

「栗原の! おばちゃんでは! ありません!!」

「いや、また~おばちゃんやろ、冗談きついわ」

「ですから! わたしは栗原でも! おばさんでも! ないんです!!」

「え、ほんとに違うん? じゃあ、おばちゃんに代わって」

「いや、ですから、番号がまちがってるんです、何番におかけですか」

「〇九〇の…・」

「いや、ですから、栗原のおばさんという方の電話番号を間違って記録してるんです」

「意味わからん、またかけるわ」

 またかけると宣言し、一方的に電話は切れました。まあ、すぐに栗原のおばちゃんの正しい番号にたどりつくでしょう。そう思い再び夢の中に戻っていったのでした。

 

 甘かったです。次の日、再び知らない番号から着信がありました。

「おばちゃん? 栗原のおばちゃん?」

「人違いです」

「いや、だってこの番号栗原のおばちゃんやろ」

「昨日かけてきた方のお知り合いですか」

「栗原のおばちゃんがボケたかもしれん聞いて、かけてみたんや」

「ですから、番号違いです、どこから栗原さんの番号をお聞きになったんですか?」

「親戚中の電話番号のリストや。あんた、ほんとに栗原のおばちゃんやないの」

「全く違いますし、関係者でもないです、真っ赤な他人です。そのリストに載っている番号が違うのです、訂正をお願いします」

「なんや、違うんか」

 また一方的に電話が切れました。なるほど、連絡網のリストが間違えて配られていたのか、それが分かってよかったと胸をなでおろしました。

 

 甘かったです。数日後、発端となった番号から再び着信がありました。

「栗原のおばちゃんやないんやて?」

「はい、ですから昨日の方にもお伝えしたとおり、リストが間違っているのです」

「ほなら栗原のおばちゃん、どこ行ったん」

「それは存じ上げません。正確な電話番号を調べてみてはいかかでしょうか」

「何番よ?」

「ですから、私は全くの赤の他人で、そちらのリストの番号が間違っていることしかわからないのです」

「意味わからん」

 またも一方的に電話は切れました。私の頭の中で、豹の顔がプリントされたパンチパーマの「栗原のおばちゃん」が生成されはじめました。栗原のおばさん、早く出てきてあげて……。

 

 願いが届いたのか、その日を境に「栗原のおばさん」宛ての電話は途切れ、再び惰眠をむさぼる日々に戻りました。

 良かった、リストを書き換えてもらえて……。

 

 甘かった。

 約半年後、栗原のおばさんをすっかり忘れた頃合いに、再び知らない番号から怒涛の着信がやってきます。怒涛の着信にデジャブを感じ、「あ、これ栗原のおばさんか」と察した私、マジすげえ。

「はい、栗原さんにおかけですか」

「え、栗原のおばちゃんじゃないの!?」

「はい、電話番号リストからおかけになってますか」

「え、なんでわかんの」

「半年ほど前に、同様の着信があったので、リストに間違ってこちらの番号が記載されている旨お伝えしたのですが。すみませんが、その番号は間違っているので、栗原さんの正確な電話番号に直してください」

「あー、そうですかぁ、栗原のおばちゃんはいないんですね?」

「ですから、完全なる番号違いで、私は赤の他人です」

「あー、そうですかー、おばちゃんどこですかねえ? 大阪でしょ?」

「申し訳ありませんが、こちらはまったく大阪ではありませんので」

「おばちゃんどこやろ」

 一方的に電話が切られました。半年も番号放置かよ……。これ、またかかってくるやつだ。

 ここまでくるともうむしろかけてきてくれよネタになるから状態で準備していたのですが、かかってくることはありませんでした。さらに半年経つまでは。

 

 半年後、季節も一巡する頃。そう、最初の着信から一年がたったころ、また見知らぬ番号から鬼のように着信があったのです。もう栗原のおばさんしかないだろ。

「はい、栗原のおばさんへのお電話ですか」

「えっ、違うんですか」

「全く違います」

「え、○○のおじさんが亡くなってお葬式あるんですけど」

「それは大変ですね、お悔やみ申し上げます、が、リストの番号は栗原のおばさんのものではないと一年ほど前にすでにお伝えしてあるので、他の方をあたってください」

「いや、困るんですよ、お葬式があるんですよ、おばさんの番号知りません?」

「申し訳ありませんが、本当に他人なので」

「まいったなー」

 一方的に電話は切られました。

 なぜこの一族はリストを直さないのか、栗原のおばさんに一年間誰も接触してないのか。葬式でられないじゃん。あと、なんで毎回一方的に切るのよ?

 

 友人に話をするも「またまた話盛ってるでしょー、一年間誰も電話番号訂正しないとかありえないからw」と相手にしてもらえません。小説のプロットなら秒で却下するような話でも、現実ではあっさり起きてしまうのです。これ、また半年後にくるのかな……。

 

 しかし、半年経っても一年経っても、「栗原のおばちゃん」にコンタクトを試みる者は訪れませんでした。少し寂しい気もしますが、きっとリストが修正され、栗原のおばちゃんの正しい電話番号が掲載されたのでしょう、会ったこともない栗原のおばちゃんが、親戚と茶をすすっている姿が浮かびました。良かった。

 

 

 …一年後。一本の着信が来ました。

「はい」

「栗原のおばさんですか」

「ひぇッ?!」

 変な声もでます、すっかり忘れていた栗原のおばちゃん事案です。

「ひえ、わたひ栗原のおばさんではおりまひぇん!」

 元々私に電話をかけてくる人間なんぞ限られています、どうせ何かのセールス電話だろうとタカを括って出たため、不意打ちを食らって嚙みまくりました。

「え、この番号ですよね?」

 と、相手が電話番号を言うも確かに私の番号です。あの忌まわしいリストはまだ残存していたのでした。

「もしかして、電話番号のリストをお持ちではないですか?」

「え、そうですけれど、どうしてわかるんですか?」

 以前と同じような展開になり、必死で説明してなんとか納得はしてもらえました。

「あー、そうでしたか。栗原のおばさんの番号はわからないですよね?」

「申し訳ありませんが、本当に関係者ではないので…」

「あの、僕今度結婚することになりまして、それで栗原のおばさんに報告の電話をしようと思ったんです」

「そうですか、おめでとうございます、それは栗原さんにお伝えしたいですね」

「はい、番号を調べてみます。失礼します」

 初めてガチャ切りしない人が現れました。結婚おめでとう、よくわかんない人。

 

 一〇年以上経ちましたが、栗原のおばちゃん案件はそれを最後にかかってくることはありませんでした。全く知らない、大阪在住の栗原のおばちゃん。冠婚葬祭の「婚」と「葬」をクリアしてしまったので、「冠」「祭」に巻き込まれないことを祈るばかりです。

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栗原のおばさん 霜月穂 @infrareder

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