柄でもない、気障な計画

歩夢

犯人はもちろん……

俺の素敵帽子が消えた。


正確に云うと、盗まれた。


徹夜続きの疲れで寝落ちしてしまったその間に、置いてあったはずの場所から連れ去られたらしい。


『人質預かる。返して欲しくば、以下指定する場所へ来られたし』


そのように手書きで書かれた文章と、その下に雑な地図が記された一枚のメモ用紙が代わりに自分の机に置かれていた。


帽子が盗まれたからといって、普通なら新品のものを再度調達すれば済むことだ。

しかしあれを“人質”と呼ぶことが適切だと思ってしまうくらい、俺にとっては特別な思い入れがある。そして其のことを知るのは、首領かアイツくらいだ。


首領は当然、そんなことするはずがない。となると、候補は一人に絞られる。


筆跡だけでも一目瞭然に分かってしまうのがムカつくが、そもそもマフィアの幹部相手にこんな嫌がらせをするのは、この世でたった一人……これなら名探偵の力を借りなくとも、容易く犯人が特定できる。


握りつぶしたメモ用紙をポケットの中に押し込み、舌打ちをする。

「クソ太宰、ぶっ殺す」


* * * *


親切に描かれたとは到底いえない地図を頼りに、なんとか辿り着いたのは市内にある古びた酒屋だった。

「なんでこんな処……」

「ああ、あんたかい、待っとったよ」

身を小さく屈めた、梅干しのような婆さんがそう云いながら出てきた。

ほれ、はよ。と初対面にも関わらず、婆さんは訳が分からず戸惑う俺を店内に引っ張る。見かけによらず、力強い。

「婆さんが俺の帽子、預かってるのかよ」

「奉仕?ああそうじゃ。お前さんが私に奉仕してくれるんじゃろ?はよ」しわが寄ってほぼ直線になった目で、肩を揉むよう促す。

「はぁ?」


話を聞いてみると、どうやらあのクソ太宰はこの店の常連らしく、積もりにつもったこれまでの酒のツケ代を、俺が身体で払わされることになっているらしい。

それを訊いて危うくこの店を文字通り、潰してしまうところだった。だが何の悪気もなく俺を見上げる婆さんの顔をみて、なんとかこみ上げる感情と重力操作を抑える。


取り敢えずこの場をやり過ごすために、やむを得ず俺がツケを現金で支払った。

すると婆さんは少しほっとした表情を浮かべるとともに、少し残念そうに肩をすぼめた。

「……婆さん、疲れてんのか」

この街の暗黒そのもののマフィアと云えど、ひたむきに勤労する年寄りを労わる心がないわけではない。それに、この婆さんは身勝手なあいつの被害者といっても過言ではないだろう。心の底から同情する。

「あっち向いてろ」

背中を向けた婆さんの両肩にほんの少し重力をかけてやる。すると随分と楽になったらしく、しわくちゃの顔に一層しわが寄った笑顔を向けた。

「おお、若返ったようじゃ!」

「そりゃ良かったな。じゃ俺はいくぜ」

と立ち去ろうとするが、婆さんが俺の袖をつかんで引き留める。

「ああそう云えば、太宰からこれを預かっておる」

そう云って渡されたのは、見慣れた材質の一枚のメモ用紙だった。


『ご苦労様。さあ次こそ、人質の救出だ!』


今度は随分とくだけた文章と、先ほどと同様に歪な地図が描かれていた。無意識にその紙を握る手に力が入り、わなわなと震える。


「ふざけやがって……」

「酒?ああそうじゃな。お礼にこれをやろう」


要らないというのにしつこく押し付けられた日本酒を手に抱え、俺は店をあとにした。



* * * *


ようやく辿り着いたのは、見覚えのある丘だった。


双黒時代、太宰とゲームセンターに行った帰りに少し立ち寄ろうとあいつに誘われ、仕方なく付いていって行き着いた場所だ。


懐かしいというほどでもないが、誰もいないせいかどこか情緒的な雰囲気が漂っていた。

そしてそこに、風が吹く先にヒラヒラと揺れる俺の“人質”を見つけた。無様な姿で木の枝に掛かっているが、幸い傷一つなく、無事みたいだ。


そいつを救出しようと近づくと、やけに眩しい光が目に入った。思わず顔をしかめる。

だがうっすら目を開けると、あまりの美しさに目を見開き、その景色から目が離せなくなった。


そこにあったのは、紅く染まった港湾都市――横浜。


幾つもの住宅やビルが熱を帯びて輝き、その奥に広がる巨大な海は、小粒のダイヤを散りばめたかのように光を放っている。

マフィアの高層ビルから見下ろす景色とはまた違うものだった。


太宰の瞳みたいだな、と直ぐにそう思った。


いつもはおどけた口調でふざけてやがるが、あいつの瞳には危険な鋭さと、脆く崩れてしまいそうな儚さが常に宿っている。


そしてこの紅く染まる横浜も、一瞬にしてまた闇夜に包まれてしまう儚いものだ。


世の中に絶望しているわけでもないが、何か特別に期待しているわけでもない。

あいつのそんな人生をなめ腐った態度が大嫌いだった。

まるでたった一人で、永遠に闇の中を彷徨っているかのような――。


そんな漆黒よりも黒く染まっていたあの頃のあいつに、夕空を拝める心を持ち合わせていたとは意外だ。


青鯖のくせに。


それにしても、この街は美しい。

多忙で忘れかけていた当たり前の事実と、少しばかりの心の揺さぶりのようなものを、久々に感じた気がする。


だが、未だにここまで連れてきた太宰の意図がまるで分からないままだ。


この光景を見せたかったのだろうか。あいつのことだから、俺が此処にたどり着くまでの時間を計算するくらい、なんてことないだろう。


そういえば、何もかもお見通しでつまらなそうにしているあいつの瞳に、珍しく驚きの色がみえた気がしたのも、確かあのゲームセンター帰りの、こんな夕空の日だったなと思い出す。


しかし夕焼けの景色を見せるために呼び寄せるなんて、まるで……。

「チッ」

頭に浮かんだ余裕の笑みをみせる太宰の顔を手で払いのける。

一瞬でも、柄でもなくあいつの気障な計画かもしれない、と思い立ったことに腹が立つ。

「青鯖がそんなことするはずがねぇ」と声に出してまで自分に言い聞かせる。


だが……今頃はあいつもこの街を美しく彩る夕空を、以前よりも少しマシな瞳で見上げているんだろうな。


そうだ。あいつは俺が側にいた頃よりも、ずっとまともな目をしてやがる。

勿論、マフィアを突然抜けたことを許すつもりはない。でもあいつの決めた選択が、あいつ自身にもたらした結果については認めざるを得ない。

それなら光の下で生きる者らしく、もう少し日々の行いもまともになりゃいいのにと思うが。



日が沈む前にマフィアの拠点に戻るか、と木に寄りかけた腰をあげる。この街が闇に落ちてからが、俺たちの仕事だ。あまり感傷に浸る時間はねぇ。


そして木の枝にかかった帽子を回収しようと腕を伸ばす―――が。



……微妙に届かない。



っ……



背伸びしてみるが、やはり届かない。



……



……クソ太宰!!!!


* * * *


「ふふっ、今頃中也は愛する人質を救うために、神聖なる生命が宿る大木を犠牲にしているところだろうねぇ」

楽しそうに鼻歌を歌いながら、太宰は武装探偵社の屋上から中也のいる方向を遠目で眺める。


すると後ろから足音がした。


「中也さん……」

「え?」

その声に太宰はぎくりとするが、いやそんなはずはないと平静を取り戻し、敦の方を振り向く。

「あ、いや、すみません。なんだか今日の夕空がやけに鮮やかで、中也さんの髪色に似ているな~なんて思ってつい……あはは」少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、少年は苦笑いする。

太宰も笑い飛ばすか、あるいは心底厭そうな顔をするかと期待したが、意外にも驚いた表情をしている。そして柔らかく目を細め、再び空の方へ眼を向けた。


「私もそう思うよ」


太宰は揺らめく炎のように染まった景色が、やがて闇に吸収されていく様子を見つめて笑った。

そして自分にしか聞こえない声で呟いた。


「誕生日おめでとう、中也」



番外編~ポートマフィアにて、中也が御休みの間~


太宰『あ、もしもし芥川くん?頼みがあるんだけど~。今から中也の帽子を、』

芥川「太宰さんが僕に頼み事……これは夢か?」

太宰『あれ、もしもし芥川くんー。聞いてるー?』

中也「くかー」

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