第5話

 5:


 間違いない。間違えるはずが無い。


 体温を感じられない冷たい、やわらかい感触。首に、背中に――


「とうとう、倒したね。お姉ちゃん」

「……希美」


 耳元で聞こえる息遣い。声音――ささやき。


「お姉ちゃんが倒したあれはね、偽者なの。私の……」


 すぐ後ろで深い深呼吸が聞こえてきて、絡まっていた希美の腕に優しい力が入った。


「私が命令を出せる、顔を変えられるグールを用意して、私だという催眠をかけた『身代わり』だったの。ここに戻ってきたら、エリザベートに何されるか分からなかったから」


 背中に当たってくる感触。間近にある希美の横頭。


「ありがとう。これで私は、エリザベートから解き放たれたよ……ごめんね、お姉ちゃん。利用しちゃって」


 希美の言葉に返ってきたのは、珠枝のすすり泣く声だった。


「……お姉ちゃん?」



「私……安心、しちゃった……あなたが生きててくれて、死んでなんかなくて、嬉しかった……ハンターになったのに、あなたを倒さなきゃならなかったのに」



「…………」


「このために、この時のために、辛い訓練も、苦しい気持ちも押し込んで……ここまで来たのに。私……あなたが生きていてくれて、今すごく嬉しかった」


「……お姉ちゃん」


「お願い、希美。私を……私をヴァンパイアにして」


 ぼろぼろと泣き崩れ、背後からまわしている希美の手を掴んで、珠枝が。


「人間だとか、ヴァンパイアだとか、もういいの、どうでもいいの……お父さんもお母さんもいなくなって、私はもうあなたしかいないの。あなたのそばにいてあげる……一緒にいるから、そばにいるから、だから私をヴァンパイアにして」


 涙を止められず嗚咽を漏らす珠枝に、希美が口を開いた。希美のあけた口が、牙が珠枝の首元に近づいて


 ――止めた。


「だめだよ、お姉ちゃん。それはできない」

「どうして……」

「お姉ちゃんを、こんな暗くて冷たい世界になんて……連れて行けない」

「あなたがいれば、いてくれるなら、どこだってかまわない」

「それでもだめ」


 希美が、珠枝から離れて立ち上がる。

 背を向けて窓へ向かって行く希美へ、珠枝が呼び止めた。


「希美!」


 その場にへたり込んだまま、珠枝。


「私を、一人にしないで……希美!」


 窓を開けて、希美が珠枝へ向いた。


「お姉ちゃん、私は大丈夫。だからお姉ちゃんも負けないで。ちゃんと生きていくから」


「希美……」



「そしていつか、私を殺しに来て――じゃあね」



 希美は窓から空へと飛び去っていった。

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