第3話

 3:


「一騎、どこ行くんだ?」

「コンビニ。なんか新しく出た炭酸のおまけが面白いんだってさ」


 手に持ったスマートフォンを見せて玄関へ。


「じゃあ俺のも頼むわ」

「ういよ」

「歩きながらメールするなよ」

「わかってるよ」


 靴を履いて、自宅兼事務所として借りているビルから出る。


 夜風がやや湿っぽい。梅雨はもうすぐか。


 近くにあったコンビニエンスストアには、目当てのペットボトルのジュースはなかった。


 先ほどメールが来た同級生から新たな情報を聞いて、今度はそいつが行ったコンビニへ向かうことにする。歩いてもそんなに時間はかからない。戻って自転車を取りに行くのが面倒だし、このまま歩いて向かおう。


 まだ同じ学校の同じクラスになって間もない、そんな同級生とのメールを交換しつつ、歩きながら、ふと思いついた。


(少し、海岸でも見ていくかな)


 そう思って、目標のコンビニエンスストアへの道のりから少し外れて、海岸線へ出る。


 街灯と一直線に伸びるコンクリートの堤防を境目に、砂浜と海辺が――今歩いている道を挟んで反対側には、白いガードレールと車道。


 丁度一台の車が、眩しいライトを照らして正面から脇を通り過ぎていった。


 ふと、指先の絆創膏を見る。


 純朴そうなあの誌原さんが咥えた、俺の指……その時の誌原さんの顔と仕草と粘膜が絡んだ音が、頭の中で再生される。


 思い出して頬が熱くなってきた。


 歩きながら両手で自分の頬を叩く。今思い出したことを忘れなければ。


「あたっ」

 両手で頬を叩いたついでに、足がよろけて尻餅をついた。


 ちょうど車道側では、大型のバイクが激しいエンジン音を出して通り過ぎて行く。


「ああ、くそう」


 毒づいて足元を見れば、靴紐が解けていた。

 我ながら間抜けだな。兄の穴だらけ探偵の血を引いているだけのことはある。

 尻餅をついたまま、立ち上がる前に紐を結び直そう。


 と――


 ガシャイン!


 背後で固いものが弾けたような、激しい音がした。

 驚いて座ったまま振り返る。


「……は?」


 すぐ後ろにあった街灯が倒れていた。


 車道と歩道の流れに沿って、自分から奥へ向けて街灯がぽっきりと。


「なんだ、これ?」


 倒れた街灯の根元の方を見ると、老朽化で倒れたわけじゃない。そうじゃなかった。


 なぜなら、倒れた街灯の『切り口』は、ほんのわずかに熱を持ち、湯気を立たせて、斜め横に切れていた。


(今、何があったんだ?)


 辺りを見回すが、誰もいない。


(っていうか、こんな状況誰かに見られて、聞かれても何も分からないし……警察なんてやってきたら、それこそ俺のせいにでも)


 そう思ってから、すぐに靴紐を大雑把に結び、俺はこの場を走って後にした。

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