#3『真夜中の葬列』

 先日、とある方の葬儀に行き、図らずも住職の方と話す機会があった。私は昔から、僧侶の方に聞いてみたいと思っていたことがあり、不謹慎だとは承知の上、恐る恐る尋ねてみた。


「幽霊とかって見た事あります?」

 住職は笑って「ない」と答えたが、続けて

「お化けはないけれど………不思議なことなら何度かあるで」

と言い、その一つを聞かせてくれた。




 この住職、仮にA氏とする。10年ほど前のある日、A氏の元に一本の電話があった。時間は夜中の1時。もうそろそろ床に就こうかとしている時だった。


 電話の主は女性だ。老人とまでは行かないが、それなりに歳の行った声だった。名前を聞いてもすぐには出てこない。檀家でも、近所でもない。片っ端から電話をかけ、初めて出てくれたのがA氏だったということだそうだ。


 女性は「今から葬式をするので、急で申し訳ないが来てくれないか」という。夜中の1時だ。何かの間違いではないかと、問いただすが様々な事情があって今からするのだという。

 不審に思いながらも、どこか使命感に駆られてA氏はいそいそと出かけて行った。夏場だったが、小雨の降りしきる肌寒い夜だったらしい。

 

 式場になっているという女性の自宅へ行くと、なるほど葬儀の様相を呈している。幾つもの灯篭で暗闇が照らされた庭を進むと、故人の家族だけではなく、ちゃんと参列者もいる。

 幾人かの子供が走り回っている姿に少々面食らいながらも、電話の主、喪主だという女性に挨拶し、中へ入れてもらった。

 時間のことさえ除けば、どこにでもある普通の葬式。にも関わらず、名状できない居心地の悪さがあったらしい。



 祭壇の前にはお櫃が横たわっていた。その蓋が完全に閉じられているのを見て、住職はああなるほど、と思ったそうだ。葬儀の際、顔を見せないご遺体。それはつまり、激しく損傷したか、もしくは顔すら残っていない状態であったことを意味している。それで、この時間に葬儀をやってしまおうというのか。何となく意味が汲み取れると、途端に気が楽になった。


 閉じられた棺桶を前に、焼香を上げ、経を読む。一通りの式を終え、帰ろうとすると喪主の女性がA氏の両手を握った。


「顔、見てやってください」


 息が詰まったそうだ。どういう意図でそんな事を言うのか分からない。返答に困っていると、姉妹らしき人物も「お願いします」と言ってきた。

 戸惑っている内に、幾人かが故人の顔を一度でいいから見てやってくれ、と懇願してくる。

 無論、激しく損傷した遺体を見たことが無いではない。だが、ここまで懇願されると何か底知れぬ気味の悪さを感じたという。


 深呼吸をして、「では、少しだけ」と断って、棺桶の小窓に手をかける。少しだけ、見た後すぐに退散しようと決めた。そうして、スッと小窓を開いた。





「何があったんですか?」


「それがねぇ………」


 最初に言ってしまうと、遺体は全く損傷してはいないし、酷い傷があるわけでもなかったそうだ。


「うつ伏せ、やったんよ」


 つまり、蓋を開けた時、そこには故人の後頭部がむき出しになっていたということだ。


「喪主の女性も親族も、別段悲しむわけでもなく、ただただ見とったんや。意味が分からんくてねぇ………」



 今もその家はあるし、喪主の女性も存命だ。しかし、あの奇妙な夜のことは未だにたまに思い出すことがあるという。




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