第9話 忘れられた部屋

 浅間澪那に導かれ、やって来たのは、まさかのだった。

 ここへ来るには一度屋外へ出て、木で出来た簀の子の上を渡っていくことになる。

 付近には芸術選択の陶芸で使われる工房などもあるが、浅間に案内されたこの部屋は、なんの為に存在しているのか判らなかった。


「この学校、こんな場所があるんだ…。いろいろ置いてあって、なんだかワクワクしてきますねっ」


 たしかに、そこはちょっと不思議な場所だった。


 小さな会議室のようにも見えるが、造花の花瓶や、星座を点じた天球儀などが安置され部屋を飾ろうとした努力が認められる。壁際の段ボールには古びた機械類など、様々なガラクタが放りこまれていた。

 目的は不明だが、デスクトップパソコンも設置されている。いつ頃のモデルなのか、本体がディスプレイと別になっている古いタイプのものだ。インターネットならスマートフォンからでもアクセスできるし、あっても有り難みは薄いけれど。


「なあ浅間。ここって、何の部屋なんだ?」


「ここは、〝幸い部〟」


「さきわいぶ?」


 彼女の視線を追って見上げると、壁に取り付けられた木の板に達筆で、「さきわい部」と書いてあった。(ご丁寧にふりがな付きだ。後から書き足したものらしい)


「ふうん。幸い部って、何をする場所なの?」


「わからない」


 浅間が答えた。おれは困惑する。


「わからないって……『幸せを探す』クラブに、案内してくれるんじゃなかったのか?」


「うん。だから、ここだと思ったの。幸いって、幸せのことでしょう?」


「それはそうだけど……」


 さすがに呆れて浅間の顔を見たものの、動じる様子はなかった。本当におれたちにこの場所を示す以外の意図はなかったらしい。


「幸い部――。この学校には、そういうクラブがあるんですか?」


「いや、なかったと思うな」


 即答した。正確なことは言えないが、たしか入学時に配られた部活動一覧には載っていなかったはず。《幸い部》なんて変な名前の部活、一度見たら忘れないだろうし。


「それに………そう、それにな。何を隠そう、魔法使いであるあたしには、時が満ちるまでこの部屋を護っておく役目があったのだ。だから昼休みも、自主的にここで昼食を摂るようにしていた」


 言葉を探していた浅間が、例のきりっとした口調で得意げに言った。


「えっ? 魔法使い……ですか?」

 浅間の奇妙な言動に、ミホカが耳をそばだてる。


 不味いな、このまま放っておくと浅間澪那が痛い子と思われそうだ。実際そのふしもないではないが……おれはその場を取り繕う。


「そ…それがさ、浅間はそういう言い方に凝ってるんだよ。普段から映画やアニメの、真似をしたりして」


「へぇ~そうだったんですか! じゃあ澪那さんは、コスプレとかする方なんですか? わたしそういうの、ネットでしか見たことないんです」


「こす……ぷれ?」


 ミホカも少々ズレたところがあるのか、勝手に拡大解釈して興味を深めてくれたらしい。話が噛み合っていない気がするが、それは後だ。


「そういえば浅間って、昼休み見かけないことあったけど、ここに来てたのか。誰か人が来たりはしなかったの?」


「うん、一度もなかった」


「じゃあ本当に放置されてる教室なのかな…。ここを使ってたクラブが、廃部になったとか?」


 多少尻上がりに言ったが、2人が知っているはずもない。幸い「部」と付いていることからすると何かのクラブだったのだろうが、名称から活動内容を推察することはできない。

 けれどもその謎が、かえってミホカの好奇心に火を点けたようだ。


「なんだか、わたしたちが来るのをずっと待っててくれたみたいですね? もし本当に廃部で使われてないのなら、この《幸い部》の部屋、私たちが引き継ぎませんか?」


 そう言いながら振り返る、ミホカの爽らかなポニーテールが揺れた。その瞳には、満天の星が浮かんでいたっけな。


「そう言ってもなあ。本当に使われてないのか、まず確かめないと。こういうのって勝手に使ってたら、問題になるだろうし」

 と、ちょっと先輩っぽいことを口にしてみるも、


「あたしは、何も言われなかったよ?」


「浅間はなんというか………うん」


 彼女がここで何をしていても、見過ごされてしまう予感があった。近隣の化粧室にトイレの花子さん高校生Verの噂が流れなかったか心配だが。


「それもそうですね……」


 いささか眉を顰めてうなり、最後にもう一回、室内に視線を泳がせてから、


「わかりました。じゃあわたし、この部屋のこと先生に聞いてみます。この後、職員室に行く用事があるので」


「そんな、1人で大丈夫か? ミホカここ来たばっかりだし、なんだったらおれも行くけど」


「大丈夫です。来たばっかりだからこそ、いろいろ質問しやすいんですよ?」


 彼女は秘密の抜け道を知っている、抜け目ない栗鼠みたいにウィンクして見せた。(栗鼠が本当にウィンクできるかは知らない。)


「シントさんも澪那先輩も、今日はありがとうございました。明日からも、よろしくお願いします」


 ぺこっと頭を下げて別れを告げると、ミホカは早足に簀の子の上を去っていった。

 予想以上の行動力と幸運(?)を発揮する後輩が転入してきて、おれは内心うなり声を漏らしたことだ。我が友が予告したように、これは本当に何か始まったのかもしれない。




 伊勢川ミホカがいなくなり、おれと浅間は空き教室に残された。


「幸い部、ね」


 改めて部屋の中を見渡す。

 彼女はさっき「わたしたちが来るのをずっと待っててくれたみたい」と言っていたけど、その表現はピッタリというか、言い得て妙だった。机などは埃を被っているものの、部屋全体には生活感が居残っており、少し片付ければすぐにでも使えそうだ。


 窓辺へ歩み寄って、カーテンを開けた。積もっていた埃が宙を舞う。

 外を見た。少し離れたところに、ゴツゴツした岩があり、その上に木で出来た、小さな建物みたいなものが載っていた。


『なんだあれ………祠?』

 

 そういえばこの学校、敷地の隅に祠が建っているんだった。ここからだと木に隠れて見づらいが、歩道側からだと赤い鳥居も立っている。

 古い学校にはよく、エライ人の銅像とか、二宮金次郎像とかが立ってたりするが、これもその亜流だろうか? 何か由緒のあるものなのかもしれないが、わざわざ調べようという気にはならなかった。


 窓外の景色を十分に堪能し、カーテンを閉めた。振り返ると、浅間澪那が、じっとおれの方を見つめていた。

 彼女が無言になるのはよくあることだ。おれはそこにあったテーブルに手を突き、なんの気なしに話しかける。


「でも意外だったよ、浅間が人の話に興味をもつなんて。ここ教えてもらって良かったのか? 1人でリラックスできる、秘密の場所だったんだろ?」


 しかし、浅間澪那の関心はそこにはなかったらしい。彼女は心ここにあらずといった様子で目を細め、


「………やっぱり、そうだ。麻賀多くん」


 何か迷っていたようだったが、やがて頭を上げ、目を合わせた。


「ん?」


「いまから話すのは、とても大事なことなの。だから、よく聞いてくれる?」


 真剣な表情だった。剣呑な、とは言うまい。でもそう言ってもいいくらい――はらの底から真面目そうな眼差しを、こちらに向けた。


「いいけど、何?」


 浅間澪那はおれの目を見つめ、こう言った。



「いま、麻賀多くんの中に、すごく珍しい色のタマシイが入ってる。こんな綺麗な色で、光が強い魂は見たことない。もしかして伊勢川さんから、タマフリを受けたの?」




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