幸せになるための109の方法
さきはひ
第1話 プロローグ
『幸せってなんだろう?』
ずっとそれが、わからないでいた。
この世界には、いろんな形の幸せがあるらしい。
例えば、自分の夢を叶えること。大金持ちになって豊かな生活を送る。好きな仕事をして働く。友達と楽しく遊ぶ。健康と平和、不老長寿、愛する人と結ばれる……。
誰だって、生きているからには幸せになりたいものだ。
だから、どうにも張り合いのない毎日で、自ら想い描く幸福をめざして頑張ってみたりする。
なら、おれの幸せってなんだろう?
たぶん、こんなの真面目に考えることじゃないんだよな。解らないままだって、与えられた日々をただ過ごしていけばいい。大抵の人間がそうしてると思うし。
それは判ってるんだけど、立ち止まった拍子にふと考えてしまうことがあるんだ。で、そうしていると、なぜかいつも思い出すことがある。
あれは小学生の頃だっけ。その時間が始まると、先生は黒板に0がたくさん付いた、ものすごく大きな数字を書き始めた。いったい何が始まるんだろうと、みんな興味津々に黒板を見つめた。
先生はその数字の上に横線を引き、さらにその上に「1」と書いた。すごく大きな数が、とんでもなく小さな分数へ早変わりする。
そして、
「これが、皆さんの生まれた確率です」
と言った。
なんでも、一生のうちに存在する精子と卵子の数から導き出した数なんだそうで。そこに〝父母となる2人が出逢った〟確率や、〝その2人が生まれた〟確率まで考慮していくと、どんどん可能性は低くなっていき、それはもう本当に天文学的な(量子力学的な?)数字になるという。
億や兆も超え、京や垓、那由多や無量大数以上の……その中の、たったひとつの可能性。
おれたちが生まれたのは、それだけで奇跡ということになるらしい。
いま思えばそれは単なる性教育の時間だったのだが、髭モジャで濁声でいつも理科室に出入りしてた先生の、大事なことを伝えようとする意志は本物っぽく感じられた。子供だったおれも素直に驚いて、
『なんかスゴイぞ。そんなにめずらしい命ってものを、そんちょうしないといけないんだな』
という気も、なんとなくしたように思う。
けどまあ、生きていればいろんなことが起こってくるわけで。楽しかったことは一瞬のうちに過ぎ去っていくし、綺麗なものはすぐ消えていく。
たまには嬉しいことがあったって、悲しいことや苦しいこともある。いや明らかに、そっちの方が多いような気がしてくる。
幸せをいくら願ったところで、努力したところで、必ずしも叶うわけではない。
それだけでは飽き足らず、やがては老いさらばえ、病気になったりして、最後には死が待っている。その過酷さたるや、幸せどころか、まるで苦しむために生まれてきたみたいだよ。
ついつい気が緩んで、この手の文句を口にした時に返ってくる反論は、だいたい次のようなものだ。
「そんなことを言ったら、産んでくれた親が――生きていようが天国にいようが――悲しむだろう? 命の価値は平等で、みんな尊いんだ。この世に生を享けたことを、喜ばなくちゃいけないよ」
そうかもしれない。
しかし、何とも痒いところに手の届かないような感じだった。
だって、もし本当に「命の価値は平等」なんだとしたら――。
生まれてきたのは、べつにおれでなくてもいい。おれの代わりに生まれた誰かが、この人生を送ってくれても良かったはずだ。
かつて小学校の先生が言っていた、命の選択。その時に産まれていたのは、おれじゃなくて、別な誰かであっても良かったんじゃないか?
無限にも等しい可能性の中で、自分が選ばれる必要はなかった。最初っから生まれてなければ、悲しいことや辛いこともなくて、その方が幸せだったってもんじゃないかな?
――と。こんな話をしてるからって、なにも辞世の句を残そうとしてるわけじゃないんだ。ただちょっと、感じてたことを言い表してみただけでさ。
だいたい生きている以上は、わざわざ自分から終わらせようって気にもならないわけで。なんだかんだ言っても死ぬのはイヤだし、どっちかというと長生きしたかったりもして。
だからこういう、『生きるのも死ぬのも、なんだか嫌』みたいなどうしようもない、みんな心の底にもってるような気持ちは表に出さず、さりとて無くしてしまうこともできずに、漠然と毎日を生きてたんだ。
その日が、来るまでは。
その日、たったひとつの出逢いをきっかけに、全てが変わった。
それから妙なことがひっきりなしに起こるようになって、さまざまな偶然が(と見えるだけの、たぶん必然が)積み重なった結果、
おれは幸せの意味を、やっと理解できるようになった。
それはべつに、運命の人に出逢えたからじゃなかった。わかりやすい奇跡が起こったからじゃなかった。本当に価値あるものを知ったからでも、望んでいた幸せを手に入れたからでもなかった。
いや、あるいは。
気がつかないだけで、そのすべてが起こっていて―――。
生まれたのが、おれでなければ、いけなかったことを知ったから。
少し、長い話になるかもしれない。
こんなの変な話だと思われるだろうし、みんなには信じてくれとも、付き合ってくれとも言えない。語ることに何か意味があるとも、自信をもって言えないんだ。
けど、きっと君には、聞いてもらう意味があるんだと思う。もしかしたら似たような体験を――それとも、まったく同じ体験を――これから先、するかもしれないから。
君がいつ、どこにいるのか、はっきりとは解らないからね。だから宛先は、こうしておこう。
Dear My Gods!!
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