桜前線保持委員会

 満開に咲き誇る桜が好きです。春の訪れを告げ、そして散っていく薄桃色の儚さまでもを愛しています。そんな日本人にとって当たり前のように花開かせている桜は、誰か人の支えがあってこそ、それが当たり前になっているということを御存知でしょうか。

 桜だって生きていて、病気にだって罹るのです。強い雨風に晒されれば傷むことだってあるのです。美しさを保つためには、それ相応の努力が必要なのは人と同じなのです。

 そんな桜を守るための保全活動を担っているのが、私の所属する桜前線保持委員会でした。名前のせいか「春にしか活動しないんだろ」と思われがちですが、年がら年中活動している委員会で、それ相応の活動費も支給されています。

 この学園の正門から伸びる桜並木は、この学校の特徴の一つであり、長い間新入生達を歓迎し続けた由緒正しい歴史ある木々です。それらを守ることは学生の本分といっても過言ではないでしょう。

 そんな委員会に所属し活動できることに、私は誇りを持っていました。しかし、それも引退の時が来ます。

 私は先代が守り続けた桜並木を通って本学に入学し、そして来年の春には桜並木を抜けて卒業する高校三年生になったのです。満開に咲く桜を見上げていると思い出します。これまでの学校での生活が、楽しかった日々が。

 と長い長い思い出を語りたいところではありますが、そう悠長に構えられない忙しい時期に差し掛かりつつあるのです。

 私は将来について考えなければいけないのでした。大学に進むのか、はたまた就職か。大学に進むにしても、どこのどの学部に進むのか。考えることは山積みです。普通はこういった時、好きなものをするための道を模索するのかもしれません。しかし、私が胸を張って好きだと言える桜と関わる職業に就く自分が、どうにも想像できずにいました。だからといって他に将来の夢があるかと聞かれれば疑問が残ります。

 私は来年の今ごろ、何をしているのでしょう。

 教師との面談や家族とも相談し、とりあえず大学に進むことに決めました。幸いなことに私は学業成績だけはいいのです。自慢ではありませんが、あのリア充爆破委員会会長である高村慶介と競える成績を修めているのです。

 小学から中学まで学年一位であり続けた私にとって、高校で初めて出会って学業成績一位をかっさらって行った彼のことは、嫌が負うにも意識せざるを得ない相手でした。最初は心の奥底から煮えたぎる悔しさをバネに勉強に励んだものですが、いつしか彼に負けるということが当たり前になっていました。今となっては悔しさも滲んでこない第二位の称号は、誰の目にも止まらない影の薄さなのです。

 ですが腐っても進学校の第二位。私にとって、行けない大学を探す方が難しいくらいです。勉強は選択肢を広げると言いますが、選択肢は広げすぎても迷ってしまいます。これは贅沢な悩みでしょうが、切実な悩みでありました。

 そんな悩みをかき消したいがために、私は図書室に毎日のように通って勉強しました。それでも成績が良くなっていくばかりで、ちっとも悩みは解決されません。

 ある時、教師は言いました。

「やりたいことを見つけるために大学に行ってもいいのでは?」と。

 少し先だとしても、未来のことは分からない。小学生の頃の夢を抱き続けて叶えた者など極少数。夢は少しずつ変容していくものだと。大学に入って、全く別の夢ができるかもしれない、と。

 それも悪くないかもしれない。そんな逃げのような言葉を心に抱き、私は今日も図書室で勉強をします。

 今の私には、もうこれしか残っていないのですから。


   〇


 この学校はただでさえ爆発音の絶えない静かとは程遠い場所です。理由はリア充爆破委員会による粛正が絶えず行われているから。よく境界線の分からない恋愛関係に繋がると思われてしまった行動の数々を、徹底的に潰しにかかる彼らの所業は、目を見張るものがあるのです。

 どこから仕入れているのか謎に満ちている正確無比な情報を駆使して、どんなに警戒していようとも行使される爆破という名の罰則から、誰も逃れることができないというのですから恐ろしい話です。噂では学内中に監視カメラや盗聴器があるとか、ないとか。この学校にはプライバシーというものはないのかもしれません。個人的な意見と致しましては、爆破されているにも関わらず、死人はおろか重傷者が一人もでないという徹底したリスク管理も特筆すべき事項だと思ったり、思わなかったり。

 しかし、そんな委員会の魔の手が届かない場所だってあります。その内の一箇所がここ、図書室です。

 図書室は不可侵領域として絶対に爆破してはいけない場所ということになっている……ようです。正直なところ、あの委員長がそんなルールを守るとは思えませんが、現状は守られているようでした。現在に至るまで、この図書室が爆破されたことは一度もなかったはずです。

 その理由は色々あるでしょうが、一番は図書室の管理や保持を担っている図書室護衛管理委員会がリア充爆破委員会と同じように男女異性交遊を禁じていることがあげられます。もしも図書室で男女でのアレコレをしようものなら、委員会総出で潰されるとの噂です。ある意味、リア充爆破委員会よりも危険かもしれません。

 だからこそ、最近は減りつつある爆音に耳を傾けつつではありましたが、集中して学業に専念できたのです。すぐ隣で爆破されることはないという安心感がそこにはあるのです。

 それに異性があまり得意とは言い難い私にとって、図書室に絶えずいることとなる図書室護衛管理委員会の面々が女性ばかりというのも有り難いことでした。本の貸し出しの管理も担う彼ら――いえ、彼女らというべきでしょうか――が女性ばかりというのも少し助かる面が多かったりします。それほど苦手な癖に、男女の恋愛を描いた小説を借りたりするのだから不思議なものです。自分のことは自分が一番良く分かっているつもりでも、実際はそんなことないのでしょう。他の人から見た自分が、本当の姿かもしれません。

 とにもかくにも図書室が放課後に私がいる居場所となりつつあった五月のある日、事件は起こるのでした。

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