ふたりでお茶を。

 共通で取っている授業が終わったあと。俊は沙耶と学外の喫茶店へコーヒーを飲みにいくことにした。

 店は大学のすぐ近く。メインの客層はもちろん俊たちの大学の学生たちだ。

 もちろん、少し考えた。この店には以前沙耶とよく訪ねていた。その後は綾と。喫茶店のマスターはその様子をみているし、他の学生の目もある。

 綾には沙耶とのことは依然話していない。そういった状況で、沙耶と共にいくことが躊躇ためらわれたのだ。

 無論、沙耶には俊のそういった事情は知ったことではないだろう。全ては俊の立ち回りから生まれたこの状況。

 故に、大学から少し遠い店を提案することはできなかった。


 ふたりで店にはいる。

「よぅ!」

 40代手前ほどのマスターが挨拶をし、その後ふたりを見て一瞬不思議そうな顔をした。しかしそこは流石に客商売。すぐになにも気づいていない顔に整える。

 大学近くの喫茶店のマスターというその立場は、学生たちの恋愛模様に精通しているといえるのではないだろうか。

 彼は15年ほど前にここに店を構えたという。これまで、何通りの人間関係をみてきたのだろう。そんな彼にとって、俊と沙耶が今、ここにふたりでいることは「よくある話」なのかもしれない。


 ふたりは出されたコーヒーを飲みながら他愛もない話をした。いや、あえて他愛もない会話を選んだというべきだろうか。

 ふと気づくと、ふわっとカレーの香りが漂ってきた。

 この店にはランチタイムになると他の時間帯とは違った、お得なセットメニューがある。時折カレーが出るのだが、今日はその日のようだ。

「今日はカレー?」

 答えの分かりきった質問を俊はマスターに投げた。間をもたせるため、とでも言えばいいのかもしれない。

「そ。 今日のカレーはちょっと特別でね」

 とマスター。

 なんのことかと考えていると、横からマスターの奥さんであり、喫茶店経営のパートナーでもある由香里さんがにっこり笑っていった。

「ちょっとね。 スパイスを少しいつもと変えてみたの」

「へぇ、それだけで随分変わるんだってね」

「そうよ、ちょっとしたことでね」

 そう話していると、沙耶も会話に加わった。

 沙耶は由香里さんと趣味があい(それがなにかは教えてくれないのだが)、メール友達でもある。

「そんな話、春休みの旅行でしてたわ。 カレーを作ったのよ」

「あら、そうなの? どう、食べてみる? 当店の名物になるかもしれないカレー」

「もしかして、第一号が俺たち?」

「そう! 特別に半額で!」

「それって……実験台とか言わないっすよね?」

 笑いながら俊は言った。

「あは、そんなわけないわよ。 ちゃんと試食しているし」

 午前の授業が終わったあとだったので、腹はある程度すいている。 

 喜んでその申し出を受け入れた。


「スパイスをもうひとつ、か……」


 沙耶がつぶやいた。





 

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