9――天守

 城内に雪崩れ込んだ島津兵は異様な光景を目撃する。

 天守は酒精の匂いと、女の化粧の匂いに満ちていた。

 肌も露わな側女が、焦点の合わぬ目で何人も転がっている。

 意識があるものもいたが、大抵は訳の分からぬ言葉を吠えているか、あるいは焦点の定まらぬ眼で天井を見上げる者ばかりだった。

 武尚は「女に手出しは一切無用、手向かいせぬものは捨て置け」と部下に命じる。

 もっとも、いくら戦の興奮に支配されている男どもといえど、明らかに正気を失っている女ども相手に「その気」になるものはいなかった。

 むしろ、薬物か酒か、あるいはその両方とで女どもをこのような有様にしている豊臣の者どもに対する嫌悪感をあらわにしているものが多い。

 太刀を抜いた武尚の前を、側仕えの武者たちが進む。

 放っておけば先頭に立ちかねない主人の前を、あえて塞いでいる。

 最後の部屋、金箔の塗られた茶室に突き当たった武者たちは勢いよく障子を左右へ開け放つ。

「豊臣秀親殿とお見受け致す。豊臣討伐の御綸旨に従い、貴君を捕縛致す。武門の習いである。御腹ば召されよ」

武尚は当然と言う顔で、元の主君へそう言い放った。

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