第3話優は会長室に入る

枝村美紀は、その後は黙ったまま。

優も何を言っていいのか、聞いていいのかわからないまま、黒ベンツは首都高を降り、都心に入った。

少し走ると、日本を代表する、いや世界でも有数の巨大企業のビルが見えて来た。


枝村美紀は、スマホで連絡を取っている。

「お待たせいたしました」

「ただいま、本社ビル地下駐車場に入ります」


優は、やはり気が重い。

何の目的があって、会長に呼び出されたのか、全く想像がつかない。

しかし、優の内心など、お構いなく黒ベンツは本社地下駐車場の奥、エレベーター近くで停まった。


優は、枝村美紀に促され、黒ベンツを降り、エレベーターに向かう。

枝村美紀は。ようやく優に声をかけた。

「一番奥のエレベーターが役員室専用のエレベーターになります」

確かに数基並んでいるエレベーターの中で、一つだけ塗装が豪華なものがある。


ここでも優は、何と言ったらいいのか、わからない。

枝村美紀に続いて豪華なエレベーターに乗った。


何十秒か、一分かかったのか、全くわからない。

内装まで豪華なエレベーターが停まった。

優は、再び枝村美紀に続いてエレベーターを降りる。


広めで豪華な赤いカーペットの廊下を一緒に少し歩くと、恐ろしいほど立派なドアが見えて来た。


枝村美紀は、少し緊張顔。

「優様、会長室となります」

「お入りください」

優は「はい」と返すのみ、ここでも枝村美紀に続いて、会長室に入った。


その会長室は、本当に広い。

何平米かわからないけれど、優の勤める子会社のワンフロアくらいは、ある。

大きな窓があり、その前にどっしりとした机がある。

座っているのは、「会長」だろうか。

しかし、顔を見るのも、あまりにも身分違いで恐ろしいので、すぐに下を向く。


そして会長の机の前に、ソファのセットがある。

これも、相当豪華なセットと思う。


枝村美紀が、その会長らしき人に、深くお辞儀。

「優様にお越し願いました」


優は、あまりの丁寧な対応に戸惑うけれど、「自分も名乗るべき」と、やはり思う。

「佐々木優です」

「お招きを受けまして」

と、頭を下げる。


「会長」が椅子から立ちあがり、歩いて来た。

聞き覚えのある、高めの声だった。

「優君、久しぶりだ」

「急に呼び出して、驚いたかな」

「まずは、ソファに座ってくれ」


優は、ここで腰が抜けるほどの驚き。

目の前で見る「会長」は、両親の葬式の時にお世話になった、親戚の年輩の人だったのだから。


それでも優は必死に身体を動かし、ソファに座った。

ソファは相当に上質でやわらかい、まるで身体全体を包み込まれるような感じ。


しかし、まだ信じられない。

あの葬式の時に手伝ってくれた親切な人と、優からすれば、親会社の会長が同じ人物とは、本当に何をどう対応していいのか、全くわからない。


会長もソファに座ったので、まずは両親の葬式のお礼。

「葬式の時には、本当にありがとうございました」

「何もわからなくて、何から何まで、面倒を見ていただきまして」

ただ、まだ、「会長」とは言いづらい。

それと、どうしても緊張するので、声が震えてしまう。


会長は、そんな優を、やさしく見つめている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る