第2話優は戸惑うばかり

黒ベンツに乗り込んでも、優は戸惑いが消えない。

迎えに来た枝村美紀は、翼の隣に座っている。

しかし翼にとっては格上の社員、とてもこれ以上、言葉を交わす勇気はない。


黒ベンツがゆるやかに走り、首都高に入った時だった。

枝村美紀が、突然、優に話しかけて来た。

「ところで、優様は、どうして本社ではなくて子会社に入られたのですか?」


優は、また驚き、戸惑う。

「えっと・・・」

「そう言われても・・・」

格上社員の枝村美紀に「優様」と声をかけられるのが、まず相当な違和感。

子会社の社員ごときに、「様」をつけるなど、丁寧過ぎるのではないかと思う。

それでも、黙っているわけにはいかない。


「本社なんて、とんでもありません」

「そこまでの超一流大学でもなく」

「縁故もなく」

「それなのに、本社を受験するなど、おこがましいにも程があると思うのです」


優の言葉をじっと聞いていた枝村美紀は、首を横に振った。

「うーん・・・」

「そのお答えは・・・」

「まず、優様と同じ大学の人、本社にたくさん、おられます」

「皆さん、バリバリと働いておられて」


翼は、枝村美紀に、また押された。

とても言い返すことはできない。

「ああ・・・そうですか・・・」

「あまり、考えていなくて」

と、つぶやくのが、精一杯。


「それから」

枝村美紀の口調が、また変わった。

少し悲しそうな顔と声になった。


「優様」

「縁故がないなどとは・・・どうしてそのような?」


優は枝村美紀の反応を理解できない。

「いや・・・そう言われても」

「まさか本社に縁故があるとか、考えもしなくて、ありえない」

「両親とも、大学一年の時に同時に事故で亡くなっています」

「親戚付き合いとか子供の頃からなくて、兄弟も無くて、天涯孤独です」

と、答えられる範囲のことを言う。


枝村美紀の口調が変わった。

今度は、湿っている。

「ご両親のお葬式は、優様お一人で?」


優は素直に答える。

「母方の親戚と言う年輩の人が来てくれて、その人に手伝ってもらいました」

「小さな頃に、何回か見かけただけの人でした」

「いろいろ、詳しい人で、一切を手配してくれて」

「葬儀、法事、死亡保険と、役所の手続き、相続一切まで弁護士さんと税理士さんまで紹介してくれて」

「紹介してくれた弁護士さんとか税理士さんにも付き合ってもらって順番通りにこなしていくだけでした」


枝村美紀は、また悲しそうな顔。

「それは・・・本当にお辛いことで」

少し間があった。

「全ては、会長からお聞きになられてください」


「え?」

「それは・・・」

優は、またしても、戸惑っている。

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