第28話 北海道土産

「魔人がもう帰った?」


 シザースグレーがデビちゃんに尋ねると、デビちゃんは「クハハッ」と笑った。


「帰ったぜ。だからもう、そんなに怯えるのはやめていいぞ」


 デビちゃんのからかいに対し、ロックブラックが口を尖らせる。


「別に怯えてないし……」


 それは怯えてたと認めてらようなもんだよ……。とシザースグレーは思ったが、さすがに口にはしなかった。


「どうしてデビちゃんに魔人が帰ったと分かるの?」


 シザースグレーの問いに対しデビちゃんが答える。


「それは俺が丁寧に頼み込んでお帰りいただいたからに決まってんだろ。案外話のわかる奴だったぜ? まあ、育った環境は悪かったみたいだがな。悪魔に変な偏見を持っていやがった。悪魔は悪者だって言うんだぜ? 悪魔が悪者なら魔法少女も悪者だな」


 デビちゃんはそう言って笑う。


「いや、そんなことはどうでもいいよ。魔人って丁寧にお願いすれば帰ってくれるものなの?」

「帰ってくれたからそういうことなんだろ」

「……」


 シザースグレーは納得いかない様子だったが、周りの環境が変化していくのを見て、デビちゃんの言葉が本当なのだと把握した。

 先程まで視界を覆っていた真っ白な霧が、いつの間にか綺麗に霧消していたのだ。

 シザースグレーが変身を解く。それを見たロックブラックとペーパーホワイトも変身を解いた。


「どうやって帰ってもらったの」


 シザースグレーがデビちゃんに近づく。


「さっき言ったじゃねぇか。丁寧にお願いしてお帰りいただいたんだよ」


 シザースグレーはデビちゃんの尻尾を掴んだ。


「そんなわけない! 私たちの敵がそうなふうにすぐ従ってくれるわけないもん!」


 声を荒げるシザースグレーに加勢するように、ロックブラックが「そうだそうだ!」と拳を上げた。

 デビちゃんはシザースグレーとロックブラックの剣幕に気圧され、冷や汗を垂らしながら手を振った。


「いや! マジで嘘ついてないんだって! 本当にお帰りいただいただけだよ。あのレインって魔人が本当に素直な奴だったってだけで!」


 レイン。その名前がデビちゃんの口から出た時、シザースグレーが目を見開いた。


「レインさんが来てたの!?」


 ロックブラックとペーパーホワイトが、突然様子が変わったシザースグレーを見る。


「え?」

「え?」


 デビちゃんは目を細めながら言った。


「あぁん?」

「……あ、いや、なんでもない」


 何でもないわけがなかった。見たことがないほどに不機嫌な顔をしているデビちゃんを差し置いてシザースグレーに質問をしたのはロックブラックだった。


「ねえねえ、シザースグレー。レイン”さん”って何?」

「え、いや。なんでもないよ」

「何でもないわけないでしょ。というか、前からうっすら思ってたんだよね。どうしてシザースグレーは敵である魔人のことを”さん”づけで呼ぶのかなって」


 シザースグレーは狼狽えた。


「べ、別に深い意味はないよ。レインさんは私より年上だし、それに……」

「それに?」

「ッ……本当に何でもないよ!」

「あ!」


 シザースグレーが駆けだした。彼女は自分の家の方向に走っていく。


「逃げるな! っていうか逃げたって帰るところは同じなんだぞ!」


 ●


 私とレインは会議室に帰ってきた。レインが突然帰るというから仕方なく帰ってきたのだが、正直私は不完全燃焼である。

 前に魔法少女モノクロームとレインが戦闘をしてレインがそれなりに傷を負ったという話を聞いていた。だから私は魔法少女モノクロームがそれなりに強いと思っていたのだが、とんだ見当違いだった。運動にもならない。

 せっかく重い腰を上げて運動をしようと思っていたのに、これでは私の便秘も……

 ……とにかく、私が想像していたよりも魔法少女モノクロームが弱かったのだ。


「あ、おかえり」


 会議室に帰ると、人間界の食べ物をこれでもかとテーブルに並べているクラウドがいた。

 こいつ。私達がモノクロームと戦っている間に何してたんだ?


「それなに?」


 私が問うと、クラウドは蟹の足をもぎりながら言った。


「人間界の北海道というところに行ってきたんだ。そこは海の幸が有名でね。見てよ、この立派な蟹。おいしそうだよね」


 そう言って張り付けられた笑顔で幸せそうに笑った。


「私たちが戦っている間に、クラウドは観光してたんだ」

「うん。そうだよ?」

「そうだよじゃないよ」


 私がクラウドの隣に座って蟹を奪い取る。


「みんなの分のかにもちゃんと取ってきたよ?」

「どこにそんなお金があったのよ」

「そんなの密漁に決まってるじゃないか」

「……犯罪なんですけど」

「それは人間基準の話だろ?」


 確かに。

 私がクラウドと話している間、レインが何やらホワイトボードに絵を描いていた。


「聞いてくれ」


 レインが私たちに話しかける。


「悪魔は、洗脳の犯人ではなかった」


 そう言ったレインが書いていた絵は可愛らしい悪魔の絵だった。ゆるふわな可愛らしい絵である。


「俺は魔法少女モノクロームの近くに常時浮遊している悪魔が、我々を洗脳しているものだと睨んでいた。しかし、そうではなかった」


 レインが残念そうに肩を落とす。


「どうしてわかったの?」

「直接聞いた」


 クラウドが蟹の殻を器用に剥きながら言った。


「それは残念だね。悪魔が洗脳の犯人だったのならば、これからの動きも単純明快で分かり易いものになったのだろうけど、違ったなら行き止まりだ」


 そう、私達は魔法少女を殺すことができない。魔法少女をいたぶることはできるのだが、いざ殺そうとすると冷や汗が噴き出て恐怖に襲われ、何故か動けなくなってしまうのだ。

 レインもクラウドもサンダーもウインドも、全員洗脳されていた。おそらくサンと私も洗脳されているのだろう。私は自分が洗脳されていると実感するのが怖くて、今回の戦闘でも、魔法少女にダメージを与えるつもりがなかった。

 魔法少女を殺すことができないという事実は、魔法少女を殺すことを目標としている私たちにって一番厄介な問題だった。


「洗脳がある限り、俺たちは一向に前へと進めない」


 レインが無表情でそう言った。


「まずは洗脳を解かないと何もできない……」


 私達が行うべき最優先事項は、洗脳している人物を捜索することになりそうだ。こんな面倒くさいことになるなら、サン達のチームに入った方が良かったかもな……




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