第21話 住み着いた妹的魔法少女
それは、魔法少女モノクロームの三人にとって不安に変わり始めていた。
『それ』とは、今まで毎日のように現れていた怪人が、いつのまにかパッタリと現れなくなったことだ。
それに気づいたのはシザースグレーだった。
怪人が現れる様子がなかったため、修行はお休みにして、久しぶりに友人と遊んでいたときのことである。
シザースグレーは幸せを感じていた。
しかし、彼女は幸せを感じるほどに、その裏にある不幸について考えてしまうと言う可哀想な性格の持ち主である。
二人の友人に囲まれ、クレープを口に突っ込まれながら笑っていたシザースグレーは、ふと我に帰った。
「怪人」
口から漏らすようにその単語を発してしまった。
「グヘヘ」
シザースグレーの友人が手をわきわきさせながら、シザースグレーに迫った。
「そうだぞぉ! 私はクレープ怪人だ! シザースグレーが胸焼けして苦しくなるまで延々とクレープを食べさせ続けてやる!」
そう言って、友人は自分のクレープをシザースグレーの口に突っ込んだ。
「いや、二人のことを怪人って言ったわけじゃなくて……わぶッ!」
クレープを口に突っ込まれたシザースグレーは、その勢いを受け止めきれずにひっくり返る。友人たちは顔を生クリームだらけにしながら倒れたシザースグレーを心配して声をかけた。
「ごめん! シザースグレー大丈夫?」
シザースグレーは笑いかける。
「アハハ、大丈夫大丈夫」
それからシザースグレーは、態度には出さないものの、内心では怪人が出てこない不安に取り憑かれ、なかなか本心から楽しむことができなかった。
シザースグレーには、怪人が出てこなくなるようなきっかけなど,思い当たる節はない。
「どうしよう」
小声で呟いた。
シザースグレーが帰宅すると、彼女の家ではロックブラックとペーパーホワイトが当たり前のようにくつろいでいた。
ロックブラックは携帯をいじりながら寝転がっていた。ペーパーホワイトは自分の家から持ってきた小説をテーブルの上に積んで読み耽っていた。
二人はシザースグレーの帰宅に気づくと、揃って「おかえりー」と彼女を出迎えた。
「……二人とも、なんでいるの?」
シザースグレーが聞くと、ロックブラックが「だって」と言いながら携帯をベッドに投げた。
「私たち、チームだから」
目を輝かせるロックブラックを見てしまうと、シザースグレーには何も言えなくなる。
「そうだね」
それだけ言って、シザースグレーはキッチンに向かった。
シザースグレーは冷蔵庫を開けて、帰りに買ってきた食材を詰める。そこにひょこひょこと寄ってきたペーパーホワイトが、冷蔵庫の中身を見て言った。
「今日はカレーですか?」
シザースグレーは苦笑いで返す。
「食べて行くの?」
シザースグレーのその言葉に、ペーパーホワイトはニヤリと笑った。
「そんなことを言って。食材の量を見直したらどうですか?」
ペーパーホワイトにそう言われて、シザースグレーは冷蔵庫の中に入っている食材の量を見る。
「あれ?」
どう考えてもシザースグレーが一人で食べる量ではない。
「フフ。シザースグレー。無意識のうちに私たちの分まで買ってきてくれたのですね」
視界の端でペーパーホワイトが嬉しそうに笑っている。シザースグレーは途端に恥ずかしくなり、頬を赤く染めた。
「そんな意地悪をするペーパーホワイトは、晩御飯抜きです」
「そ、そんな……」
いつま冷静な表情をしているペーパーホワイトの顔が絶望に染まる。シザースグレーはそんなペーパーホワイトを見て可笑しくなってしまい、ついペーパーホワイトの頭を撫でた。
「あ! ずるいぞ! 私も撫でて!」
ロックブラックが嫉妬して、シザースグレーに飛びついてくる。シザースグレーは「カレー作るからどいて〜」と言いながらも二人の頭を撫でた。
その時だった。
ほわほわ空間で気を抜いていた三人が、同時に動きを止めた。
三人が同時に感じたのは、最近はあまり感じなかった怪人の気配だった。
「怪人!」
ロックブラックが叫ぶ。
「なんだか、久しぶりですね」
ペーパーホワイトも、冷静な表情でシザースグレーから離れた。
二人が真剣な面持ちで怪人討伐の準備をしている中、シザースグレーはその状況に少し安心していた。
(良かった。来てくれた)
本来であれば喜ぶべきことではない。しかし、あまりにも平和な日々が続くことに不安を覚え始めたシザースグレーは、怪人が現れてくれたことに安堵した。
彼女たちはテーブルで寝ていたデビちゃんのことを抱えて窓から飛び降り、地面に降り立った。
シザースグレーがデビちゃんの尻尾を掴んで振り回す。
「デビちゃん! 起きて!」
デビちゃんは「がぁぁぁ!」と叫んで飛び起きた。
「親しき仲にも礼儀ありだろうが! もっと優しく起こせよ馬鹿!」
「デビちゃん! 怪人だよ!」
デビちゃんはシザースグレーを見て、表情を引き攣らせる。
「……なんでお前、嬉しそうなの?」
「え?」
デビちゃんに表情を指摘されて、シザースグレーは顔を抑える。
ロックブラックが、シザースグレーの顔を覗き込みながら言った。
「確かに。前にUFOキャッチャーでキモいぬいぐるみ取った時と同じ顔してる」
「そ、そんなことないよー?」
ペーパーホワイトもシザースグレーの顔を覗き込む。
「そうですね。あの狂気的な気持ち悪いぬいぐるみを飾って喜んでるときの顔と同じです」
「そんなことないってば!」
シザースグレーは顔を赤くしてデビちゃんの口に手を突っ込む。
「ごえッ!」
そして、デビちゃんの口からハサミを取り出すと、変身しながら叫んだ。
「意地悪な二人は、今晩の肉じゃが抜きだから!」
ロックブラックとペーパーホワイトはデビちゃんの口から武器をそれぞれ取り出すと、すぐに変身してシザースグレーを追った。
「待ってよ、シザースグレー!」
「カレーじゃないんですか!?」
強引に武器を抜き取られたデビちゃんが、屋根の上に転がっていた。その姿はまるで、悪魔に襲われたかのように無惨な姿だった。
「あいつら、遠慮がなくなってきてやがるな……」
デビちゃんはよろよろと立ち上がると,気怠そうに羽根を羽ばたかせて飛び立った。
シザースグレー達は怪人の気配が濃くなっていくのを感じながら現場へ急行した。
そこは、隣町の学校だった。
グラウンドの中心に、大きな穴が空いている。シザースグレーは穴のそばに飛び降りると、その穴を覗いてみた。ロックブラックとペーパーホワイトも、同じようにしてその穴を覗く。
「この穴、なんだろうね」
ロックブラックが穴の中に小石を投げ込みながら言った。
音がしない。相当深いようだ。
「わからない。でも、怪人が掘ったことだけは確かだね」
シザースグレーはロックブラックと同じように小石を掴み、魔力を流し込んだ。そしてその大穴の中に投げ込んだ。
目を閉じる━━
「……ダメだ。相当深いよ。魔力で追える距離じゃない」
ロックブラックとペーパーホワイトの二人は、シザースグレーのことを呆然とした顔で見つめていた。
「ど、どうしたの?」
シザースグレーが二人を見ると、ロックブラックがシザースグレーの手を指さした。
「今の、何?」
シザースグレーは何を問われているのか理解できずに「今のって?」と聞き返した。するとペーパーホワイトが答えた。
「シザースグレーは自分の武器でもないただの小石に、魔力を込めることができるのですか?」
シザースグレーはそう言われて、自分の手のひらを見つめた。
「……うわ! ほんとだ!」
「自覚なかったんかい!」
ロックブラックの鋭いツッコミが炸裂する。シザースグレーは手のひらを見つめながら目を見開いた。
「すごいすごい! いつこんなことできるようになったんだろう!」
無邪気に喜ぶシザースグレーを見ながらロックブラックが呆れて目を細める。
「えぇ……」
ペーパーホワイトは冷静に分析した。
「それを覚えれば戦略の幅が広がりそうですね」
そこへ、ゴゴゴゴゴッという大きな轟音が鳴り響いた。
「な、何!」
ロックブラックが叫んだとき、三人のそばにある大きな穴から、巨大な物体が飛び出した。
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