幕間 魔人たちの決まり事
魔人達には決まりごとがある。
それは、天候を操作しない事。
彼ら魔人には天気の名前が付けられており、サンは晴れ。レインは雨である。
彼らは自分の名前と同じ天候を好んでおり、ミストの場合は霧が出ているとテンションが上がり、サンダーは雷が鳴っているとテンションが上がる。
よって彼らは自分好みの天候に変えてしまいたいと、毎日のように思っているのだが、それは喧嘩の火種になることを避けられないので、天候を変えることは禁止とされているのだ。
ただし、例外はある。
クラウドはいつでもヘラヘラしていて、胡散臭く、何を考えているのか分からない奴なのだが、意外にも精神が不安定なのか、すぐに落ち込み、鬱状態になる。
そんな事情がある場合、魔人たちは天気を操作してあげるのだった。
「おい。またクラウドが自分の部屋から出てこなくなったぞ」と、サンがクラウドを心配する。
「また鬱になっちゃったの?」と、ミストは呆れたように頬杖をついた。
「前回、引き籠った時はただ本に熱中しているだけだったし、今回も何かに熱中しているだけかも」と、レインは提案する。
「どちらにしろ、様子は見てきた方が良いんじゃない?」と、ウインドが言うと、サンダーが立ち上がった。
「サンダーが様子を観察してくる!」そう言って、サンダーは会議室の扉を蹴り開け、飛び出した。
数分後、サンダーはニコニコの笑顔で帰ってきた。
「どうだった」とサンが聞くと、サンダーは笑顔のままに注げた。
「今回はマジ! 首を吊ってプラプラしてた!」
「マジか……」
魔人たちの『第n回クラウド励まし作戦』が始まる……!
●
魔人は首を吊ったところで死なない。身体が魔力でできているので、身体的ダメージなど感じることができない。魔人が死ぬときは、魔力が尽きたときだ。
一旦クラウドのことは放っておき、とりあえず天候を曇りに変えるところから手を付ける。
担当はレイン。
レイン自身は雨が好きで、曇りを通り越して、雨を降らしてしまいたいくらいなのだが、クラウドの為である。我慢するほかない。
レインが空に魔力を放つと、雪が降っていた空が、黒い雨雲で染まっていく。少し加減を間違えれば雨が降ってしまう。クラウドが本当に好んでいるのは、雨雲でもなく雷雲でもなく、もちろん雪を降らす雲でもない、種類で言えば層積雲らしいのだが、レインには乱層雲という雨雲しか呼び出せないので、その点は仕方がない。
空が雨雲で覆われた。雪が降っていた先ほどよりも、あたりが少し暗くなっただろうか。
「……ちょっとくらい雨降らしてもいいか」
「ダメだよボケ」
天候が曇りになっただけで、クラウドの鬱はだいぶ軽減されているはずだが、それでも彼の鬱が完全に消え去ったわけではない。
彼の鬱を完全に解消するには、彼の好きなものを用意する必要がある。
クラウドの好きな物、それはズバリ、女性である。
「クラウドの趣味に合う女の子はいた?」
「うーん。あんまり見つかんないわね。常連のあの子が今日は用事があるらしくって」
「……クラウドの趣味はちょっとめんどうだからね。新規を探すのはだいぶ難しいかも。それと、こんなに怪しい依頼を受けてくれる人も全然いないからね」
ウインドとミストが見ていたのは、人材派遣サービス(出会い系サイト)だった。
彼女たちも女性ではあるのだが、彼女たちとクラウドは家族のようなものなので、クラウドの欲望を満たしてやることはできない。
「もう。どこかにいないかなぁ。とにかく何にもできなくて、人に頼ることしかできない。そんな、ヒモになってくれる女の子」
クラウドの趣味。それはめちゃくちゃな奉仕だった。
●
「あ、あの。私、雲井さんに会いに来たんですけど……! ここは一体どこなんですか……!」
一人の女性が魔界に連れてこられる。待ち合わせ場所で雲井という名前の男を待っていたらしい。
「大丈夫だよ! 雲井はこの先にいるよ!」
サンダーはその女性を先導して魔界を歩いていた。
その時、サンダーと女性の近くを、魔族(人はそれを怪人と呼んでいる)が通りすぎた。
「ヒッ! 怪人!」
女性が腰を抜かして、その場に腰を下ろした。身体を震わせて怯える。
魔族はそんな女性に目もくれず、ただ通りすぎて行った。
「大丈夫?」
「え、うん。怪人って、人を襲わない奴もいるんだね」
女性の言葉に、サンダーは笑って返答した。
「ハハ! 人を襲うって、そんな怪物じゃないんだから!」
サンダーの言葉に、女性は首をかしげていた。
●
「この中に雲井がいます。貴方はとにかくこの部屋の中に入るだけでいい。それ以外は何もしなくていい。貴方の世話は、全て雲井がしてくれます」
城まで連れてきた女性にミストが淡々と説明をする。女性はこの場所がどこかなど、分からないことが多すぎて混乱している様子だったが、ミストは気にせず続けた。
「帰りたくなったら、『帰りたい』と雲井に告げてください。雲井はあなたを拘束するようなことを絶対にしません。確実に、貴方をあなたのお家まで送ってくれます。なので、安心して、雲井に世話をされてください」
「は、はい」
「では、どうぞ」
そう言って、ミストは女性を促した。
女性がクラウドの部屋の扉に手をかけ、中に入っていった。
●
翌日、会議室には気分上々なクラウドがいた。
「迷惑をかけたね」
そんなこと言いながら、胡散臭い笑顔を浮かべる。
「昨日のお嬢さんはしっかりと送ってあげたのかよ」
サンの質問に「もちろんだとも!」とクラウドは答えた。
「昨日のお嬢さんは最高だった! 本当に何もできなくてね! 服のボタンさえも満足にとめられないんだ! もう、かわいくてかわいくて! どうしようもないくらいだったよ!」
クラウドの熱狂を他の魔人たちは軽蔑の目で見つめた。
「記憶は?」
レインが聞くと、クラウドは少し残念そうな顔をした。
「もちろん。雲で見えなくなる太陽が如く、包み隠してしまったよ。俺との記憶は次の機会まで覚えておいてほしいというのが本心なのだけれど、まあ、仕方ない」
その言葉を聞いて、魔人たちはもう一度、軽蔑の目でクラウドを見つめた。
「……ホント、キモいよね。クラウド。でも、元気になったなら良かったよ」
「ああ、皆ありがとう」
怪人たちの結束が、また一段と高まったのであった。
●
魔王城の先にある後宮にて。
「私の雪が……久しぶりの雪が……」
シクシクと泣いているのは、スノウという魔人だった。
「魔王様……雪は貴重なのです。この季節にしか降らないのです」
スノウはそんなことを言いながら、魔王の膝に泣きついた。魔王はスノウの頭を撫でる。
「きっとクラウドがまた鬱になってしまったのよ」
「どうして貴重な雪の日に……」
「今度の曇りの日を雪の日に変えていいか頼んでみたら?」
「そうします」
スノウは涙を拭き、魔人たちの城へ歩いていった。
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