第10話 再結成

 私の体調が回復し、デビちゃんが私の部屋にかけた結界魔法を解いた頃(デビちゃんの魔法のせいで私は学校にすらいけなかった)久々に、魔法少女モノクロームが集結しようとしていた。


「あ」


 私が玄関のドアを開くと、ロックブラックと視線が重なる。

 ロックブラックは咄嗟に目を逸らした。


「あ、えっと、いらっしゃいませ……」


 私は精一杯にこやかに笑った。もしかしたらぎこちなさが出ているかもしれないけど……

 前は毎日のように顔を合わせ、怪人を倒し、夕飯を食べたりしていた仲だった。

 しかし、レインさんが二人の心を折ってからの数週間は、一度も顔を合わせていなかった。

 だからお互い、少し気まずいのだ。


「お邪魔します。」


 しかし、ペーパーホワイトだけは毅然とした表情でお辞儀をした。

 その無表情は無理を隠すためのカモフラージュなのか、それとも本当に気まずさを感じていないのか、私にはわからない。


 なんだかぎこちない私とロックブラック。いつも通りの無表情を見せるペーパーホワイト。

 三人が集まったのは、仲直り、というか話し合いのためだった。

 集合場所は私の家である。


「……」

「……」


 私とロックブラックは部屋に入って座ってからも、なんだか気まずそうにチラチラと様子を伺っていた。


「んむんむ」


 ただ、ペーパーホワイトだけは、私が作っておいたカップケーキを両手で持ち、頬張っていた。


「あの、シザースグレー」


 最初に口を開いたのはロックブラックだった。ロックブラックは私の目を見ず、床に敷かれているピンク色のカーペットをいじりながら話した。


「あの、ごめんなさい。私、逃げてた。怪人と戦うのが怖くなっちゃって、シザースグレーに全部押し付けて……」


 そのロックブラックの言葉を聞いて、ペーパーホワイトもカップケーキを口から離し、私に向き合った。


「私も謝ります、シザースグレー。貴方に全てを押し付けて、私は情けなく逃げていた。魔法少女の責務を果たさず、のうのうと日常を送っていた」


 私らその言葉を聞いて、とりあえず、ペーパーホワイトの口元をウェットティッシュで拭いながら言った。


「……私としては、二人がこのまま普通の女の子のように日常を楽しんでくれたら、これ以上ない幸せなんだけど」


 私がそう言うと、ロックブラックがテーブルを強く叩いた。ロックブラックの目からは涙が流れていた。


「そんなのだめだよシザースグレー! シザースグレーだって、普通の女の子じゃんか!」


 ペーパーホワイトもテーブルに乗り出してわたひに顔を寄せる。


「そうです。貴方にだって、日常を楽しむ権利はあります」


 私は苦笑いをしながら、二人に「ありがとう」と感謝を伝えた。

 しかし、私にはそんなことできない。


「そうかも。でもね。私には無理なの、私は二人みたいに日常を楽しめない。どんなに日常を楽しもうと思っても、魔法少女の責務を果たさなきゃっていう気持ちが心のどこかにあって、あんまり楽しめない。私ね、魔法少女をしているときが、一番気持ちが楽なんだ」


 ロックブラックとペーパーホワイトが、私を見て動揺する。

 ロックブラックは「え?」と首をひねる。ペーパーホワイトは素直に質問をした。


「それはどういうことですか?」


 ペーパーホワイトの質問に、私は戸惑いながら,ポツポツと答えた。


「私は、自分で考える能力がないから、やれと言われたことをやっている方が楽、ってことかな……。私は、魔法少女の運命に囚われている方が、楽で、苦しくないの」


 ロックブラックは未だ首をひねっていたが、ペーパーホワイトは私の言葉の真意を理解してくれたようだった。

 私の言葉の真意なんて、私もわかっていないけれど。

 ペーパーホワイトが姿勢を正しながら言った。


「私は、本を読むことが好きです。シザースグレーに全てを押し付けて、魔法少女の責務から逃げている間、私はずっと本を読んでいました。本の世界に潜り、その世界を旅していました。とても、とても楽しかったです。魔法少女のことなんて忘れてしまうくらいに」


 ペーパーホワイトが私を見る。


「貴方にはそれができないのですか?」


 私は微笑むことしかできなかった。

 ロックブラックも、ペーパーホワイトの言葉を聞いて少し理解したようだった。


「私は、友達とスポーツをするのが好き。魔法少女から逃げている間は、いろんな部活に参加して、ずっとスポーツをしてた。すごく楽しかった。気持ちがとっても楽になった。魔法少女のことなんて忘れて……」


 ロックブラックが涙を流す。


「シザースグレーは自分が好きなことをやっていても、気持ちが休まらないの?」


 私は「うん」と小さくうなずいた。


「私は、二人みたいに上手に魔法少女のことを忘れることができないみたい」


 私は「だから」と言って続ける。


「魔法少女は、私が一人で続けるよ。二人は日常を楽しんで? デビちゃんのことは私が説得する」


 そう言うと、虚空からデビちゃんが現れた。デビちゃんは虚空から三人の会話を聞いていた。

 デビちゃんはロックブラックとペーパーホワイトを見つめ、強い口調で言った。


「シザースグレーに免じて、二人が魔法少女をやめ、普通の少女として生きることを了承しよう。だが、その選択をするならば、お前らに供給する魔力は最低限のものにさせてもらう。戦わない魔法少女に割いてやる魔力は、俺にはない」


 普通の女の子として日常を楽しむか、それとも私とともに、魔法少女を続けるか。

 ロックブラックとペーパーホワイトはデビちゃんを見つめていた。二人の心は既に決まっているようだった。

 どう考えても楽なのは普通の少女としての日常だろう。

 しかし──


「私はやる。シザースグレーを一人にしたくない」

「私もです。一人で戦う怖さは、もう知りましたから」


 二人の目は明るい光を湛えていた。レインさんによって心を折られたときとは比べものにならないほどの光。

 そしてレインに心を折られる前よりも洗練された美しい決意の光だった。

 デビちゃんは三人に聞こえないよう、静かに胸をなでおろし、息をついた。

 私は二人の言葉を聞いて、困ったように笑いながら、「私のせいで。ごめんね」と謝った。


「シザースグレーが謝る必要はない!」

「それは違いますよ。シザースグレー」


 二人が私の手を握った。


「前に二人の心が折れたときには、私が二人のことをあやしたのに、今回は逆なんだね」

「前のことは忘れてよ」

「恥ずかしいです」


 そこには、安心している私がいた。

 言葉では一人で戦うなんて言っておきながらも,本当は怖かったんだ。

 私は一緒に戦うと言ってくれた二人に、自分の決意を教えようと思った。

 それはデビちゃんに閉じ込められていたときに考えた、とある説に基ずく決意である。


「あのね。私考えたことがあるの」


 ロックブラックとペーパーホワイトが揃って首を傾げた。


「あのね? もし、魔法少女の責務を全うできたとしたら、私達も普通の女の子に戻れるんじゃないかって思うんだ」


 私はそう考えた根拠を、二人に説明する。

 私たち魔法少女モノクロームが現れる前の数百年間は、魔法少女が存在しなかったということ。

 それはようするに、先代の魔法少女が魔法少女の責務を全うしたのではないかということ。

 確証はないが、責務を全うした先代は、その後普通の少女として人生を送ったのではないかという希望的観測。


「歴代の魔法少女の大半は、魔法少女の責務を全うできないまま死んでしまった。だからきっと、それは酷く難しいことなんだと思う」


 私は「でも」と続ける。


「それでも、私はやろうと思う。私は魔法少女の責務を全うする。普通の少女に戻るために」


 私の言葉を聞いて、しかしロックブラックとペーパーホワイトは首を傾げたままだった。


「魔法少女の責務とは、一体何なのですか?シザースグレーにはそれが分かっているのですか?」


 ペーパーホワイトの言葉に、私は苦し紛れに笑う。


「えっと。例えば、敵のボスを倒すとか?」

「……小説の世界ではありませんよ?」


 私は頭を掻きながら、照れ隠しに「えへへ」とお茶を濁した。


「でも、もし魔法少女の責務が怪人のボスを倒すことだったとしたら、それを全うしたとき、私達は普通の少女になることができると思わない? 魔法少女の責務から解放される。そうは思わない?」


 私がそう言うと、ロックブラックが明るく笑ってガッツポーズをする。


「何の根拠もなさそうだけど、それをまあ、信じるとして。もし怪人のボスを倒すことができたら、シザースグレーは何も気負わず、普通の女の子の日常を楽しめるってこと?」


 私はロックブラックの厳しい批評に内心怯えながらも,元気よく「うん」と答えた。


 そう言うと,ロックブラックの表情に花が咲いた。


「じゃあやるよ! 私、やる! シザースグレーと一緒に日常を楽しみたいもん!」


 ロックブラックは私の横に移動して、体重を預けながら手を握ってきた。


「私もやります。私も、貴方と一緒に遊びたいです」


 ぺーパーホワイトも私に体重を預けながら手を握ってきた。

 二人に挟まれてしまった私は、二人の手を握り返しながら、二人だけに聞こえる小さな声で「ありがとう」と伝えた。


「二人とも、ごめんね。本当にありがとう……」


 涙が流れた。

 この時、魔法少女モノクロームは再結成したのだった。



 ●



 魔法少女モノクロームが再結成をしているときだった。


「なあ、お前。魔法少女だよな?」


 一人の少女を余裕の表情で追い詰めて、尋問している魔人がいた。

 それは太陽の魔人、サンであった。サンは自分を前に後ずさる魔法少女を見つめていた。

 サンに魔法少女なのかと問われた少女は、後ずさりながらも大きな声で叫んだ。


「そ、そうよ! 私は魔法少女よ!」

「本当か?」

「本当よ!」


 少女は手に持っている杖を構えて、対面するサンに魔法を使用した。少女の周りに大きな木の幹が生える。その木の幹はまるで生きているかのように激しく鞭のようにうねり、サンを襲った。

 しかし、サンはそのうねる木の幹を触れずに燃やし尽くした。木の幹は消し炭となって風に吹かれた。

 サンは少女に詰め寄る。


「もう一度だ。もう一度だけ聞くぞ? 嘘は吐くなよ?」


 サンはそう言って、手のひらに真っ赤な豪炎の魔力を貯めた。


「お前は、魔法少女か?」


 サンが問うと、質問された少女は身体をガクガクと震わしながら、しかし魔法を使用して抵抗の意志を見せながら叫んだ。


「私は魔法少女! 魔法少女グリーンワンドよ!」


 少女の魔法がサンを襲う。巨大な大木が少女の後ろに生え、大量の蔓のムチでサンを拘束しようとする。

 サンの両腕に巻き付き、サンの両足に巻き付き、サンの首にも巻き付いた蔓がサンを強く引っ張った。

 しかし、サンは腕に巻き付いた蔓を気にもせず、頭を掻いた。


「おかしい。おかしいぞ。本当におかしい。何で━━」


 サンの豪炎の魔力が大きく膨らんでいく。


「何で俺は魔法少女を殺せるんだ?」


 そう言ってサンは、少女に炎を噴射した。


「あああああああああああああ!!!!!」


 サンは目の前で焼け焦げていく魔法少女を見つめながら、ただ、不思議そうな顔をしていた。






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