第5話 一人

 私が修行を決意してから数週間が過ぎた。

 デビちゃんの呪いを全身に受け、常人の何倍もの重力を受けたり、強制的に魔力を増やされたりしながら怪人の退治を続けてきた。

 私は修行の中での戦闘で何度も死にかけた。今まで隣にいた自分をサポートしてくれるロックブラックとペーパーホワイトがいないのだから危険度が上昇するのは当然だが、それでも死にかけるのは怖かった。

 しかし命を懸けているだけあって、その修業は確かな成果を産んでいた。

 屋上に登った私をデビちゃんが出迎えた。

 デビちゃんは最近、屋上で眠るのにハマっているらしい。私のバッグに潜って学校にやってくると、すぐさまバッグの中から飛び立ち、屋上へ向かって眠りにつくのだった。

 そのおかげでデビちゃんの黒い身体が太陽に干されて、とてもふわふわしている。

 私は浮遊するデビちゃんを見ながら、質問した。


「デビちゃん、太陽の光が苦手って言ってなかった?」


 デビちゃんは両手を広げて目を閉じ、太陽の光を全身に浴びながら伸びをした。


「日光浴ってやつの気持ちよさに気づいちまったんだよ。なんだか身体が満たされる感じがして気持ちいいんだぜ? お前もするか? 今なら俺の隣で寝ることを許可するぜ?」

「遠慮しとく」


 私はデビちゃんの誘いを断りながら、ボーッと力無く空を眺めていた。

 デビちゃんは私に視線を移して問いかける。


「それで、今日も一人か?」


 私は溜息を吐きながらデビちゃんを睨んだ。


「毎回同じこと聞かないでよ。もうそれ十回目くらいなんだけど」


 デビちゃんは「ハハハ」と笑った。日光浴で満たされているのか、今日のデビちゃんは妙にご機嫌だった。デビちゃんのそれは私をからかうための、質の悪い冗談である。

 私はそれに気づいているので、デビちゃんに聞こえるようにわざと大きな舌打ちをした。


「おいおい。お前、舌打ちをするようなキャラじゃなかっただろ。お前はもっと世界を愛で包むような純粋なやつだっただろ」


 私はもう一度舌打ちする。


「次にからかったら、そのふわふわの毛を刈って、私の枕に混ぜてやるから」

「おいおい荒んでんなぁ。俺の故郷にすらそんな恐ろしいことをいう奴はいなかったぜ? もしかしてお腹空いてる?」


 私はデビちゃんの言葉を無視して「ん」と言いながら手を伸ばす。

 デビちゃんは「はいはい」と言いながら、ハサミを吐き出した。

 デビちゃんの口からハサミを引き抜くと、くるくるとバトンのように振り回してから、地面に突き立てる。するとハサミがカンッという締まりのいい音を鳴らす。

 小さな声で「変身」と唱えた。すると、いつもの通りにシザースグレーのことを黒い天幕が包み、魔法少女の衣装に着替えさせた。


 私は灰色の髪の毛を揺らしながら深呼吸をした。

 デビちゃんは黙々と変身する私を見ながら、先程までのご機嫌な様子とは打って変わって、少し曇った表情をしていた。

 デビちゃんは修行のためとはいえ、私に呪いをかけている。よって私がどんな重荷を背負いながら戦っているのかを知っていた。

 同意の上で呪いをかけているとはいえ、どんどんボロボロに疲れていく私を見ると、さすがに申し訳なさを感じるようだった。


「……今日は呪い解くか?」


 デビちゃんがそう言ったので私は笑い飛ばした。


「ハハ。デビちゃんどうしたの? さっきまでのムカつくデビちゃんはどこに行っちゃったのかな?」


 デビちゃんは私の横顔を見て、眉間に皺を寄せる。


「お前、自分では気づいてないかもしれないけど、相当顔がやつれてるぜ? ちょっとオーバーワークなんじゃないか? 自分の限界を信じずに頑張るところはお前の悪いところだぜ? ていうかまず自分の限界なんて知る必要はないんだ」


 デビちゃんの言葉に私は耳を貸さない。

 デビちゃんは私の反応を求めて、声量を大きくした。


「なあ。今日くらいは修行しなくていいんじゃないか? チートデイってやつだよ、チートデイ」


 私はデビちゃんを横目で見ながら言った。


「チートデイなんか甘えだよ。私はもっと強くならないといけない。そんなことしてる暇はない」


 髪の毛が風に揺れる。


「なあ、今日くらいは本当に……」

「デビちゃん。しつこい」


 私はデビちゃんの言葉を左手で封じて鋭く睨んだ。


「デビちゃん本当にどうしたの? さっきはからかってきてたくせに、急にしおらしくなっちゃってさ。似合わないよ? そういうの」


 そう言って、私は歩き出した。


「とにかく。私にかけた呪いは解かないでね」


 そう言って、屋上から飛び跳ねた。


 ●



 私が飛び跳ねた先には深い森があった。

 まだ太陽が輝いている時間だったが、その森の中には木漏れ日が少し差し込んでいる程度で、鬱蒼とした緑が光を遮っていた。

 森の中を進むと、そこには身長二メートルほどの怪人がいた。

 その怪人は不気味な印象を抱かざるを得ない悪趣味な仮面を三枚つけており、それぞれが怒、哀、楽を表していた。

 私は怪人を見つけると、ハサミを構えて怪人に声を変えた。


「怪人!」


 私の声に怪人が振り向く。哀の仮面が正面らしい。


「悪いけど、修行の肥やしになれ」


 私はそう言うと、間髪入れずに走り出した。

 恒例だった魔法少女の自己紹介は当然の如くやらなかった。そんなことは頭の片隅にすら残っていなかった。


「メンメン!?」


 怪人は間抜けな声をあげながら首を振った。私がその大きな隙を見逃すはずがない。

 私はハサミを大きく開き、初手から怪人の首を両断しにかかった。

 私はこの修行をしている間に、自分の課題は何かと考えていた。

 これまでの経験から自分の戦い方が単調であることに気づいた私は、この修行の最中に様々な戦い方を試していた。

 命を落とすかもしれない現場で戦い方を試してみるなど狂気の沙汰に思えるが、そのくらいはやらないと強くはなれないだろう。

 私はまず首を両断しに飛び込むが、それは相手の実力を図るためにも有効な手段だと考えていた。


(これで首を両断できれば、それはそれで結果オーライ。受け止めたり、避けたり、反撃してきたとしたら、そこからは第二フェーズだ)


 シザースグレーは怪人の首元でハサミの口を勢いよく閉じた。


「メン!?」


 怪人は咄嗟に、自らの腕をハサミと首の間に差し込んで、首を両断されるのをガードした。

 怪人の腕に深い傷をつけることには成功したが,首を両断することは叶わなかった。


「メンメン!」


 怪人の仮面がルーレットのようにぐるぐる回り、カチンと音を立てながら怒りの仮面に変わった。

 すると、怪人の身体が赤く変色し、筋肉が肥大化、身体の大きさは一回りも大きくなった。

 怪人の肥大化した腕は、私の腰よりも太かった。私が案外細身なことを根底においても、その腕の太さは異常だった。

 怪人が肥大化した手のひらで、私のことを横薙ぎで吹き飛ばそうとする。

 その横薙ぎに対し、ハサミを突き立てて貫こうとした。

 怪人の手のひらに私のハサミが突き刺さる──ことはなかった。

 怪人の手のひらは肥大化と共に硬くなっていて、せいぜい血が出る程度にしか突き刺すことができなかった。


 シザースグレーは怪人の強引な横薙ぎに吹き飛ばされた。

 そのまま地面を転がって、木に衝突した。


「ぐッ……」


 深い緑の木の葉が振動で舞い落ちた。

 昨日の天気は雨だった。地面がまだ少しぬかるんでいる。そのせいで私の衣装が泥だらけに汚れた。

 まあ、このくらいはどうでもいい。慣れた。衣装や顔に泥がついたことなど気にもせず立ち上がる。


(この怪人、強い……)


 私の頭には汚れのことを考えている余裕はない。気を抜けば今すぐにでも殺される現場だからだ。

 怪人が「メンメン!」と雄たけびを上げている。

 怪人の肥大化した筋肉の一撃を受け止めることはできない。

 あの筋肉は脅威だ。

 あの筋肉が凶器を持っていなくてよかった。

 また、あの怪人の身体は硬くて、ハサミが突き刺さらない。

 そうなると、私の攻撃は大半が無力化される。


(時間をかけて身体を削り取っていくしかないか……ごぼうの笹掻きみたいに……)


 笹掻きはシザースグレーが生み出した硬い敵に対抗するための戦い方だった。

 身体が鉄などで出来ているわけでなければ、大概の敵は身体を削ることができる。皮膚を一枚一枚薄く笹掻きしていき、柔らかい面が露出したところでハサミを突き刺す。

 見ていられないほどグロい戦い方だが、今のところ、それが一番有効な戦い方だった。

 私は怪人に向けて走り出した。

 怪人は、迫る私を迎え撃つようにして、大砲のような筋肉パンチを繰り出してきた。

 私はハサミを開き、怪人のパンチをスレスレで躱す。

 そしてハサミの片刃を怪人の腕に滑らせた。


「メッ!?」


 すると、私のハサミが怪人の皮膚を薄く削り取った。

 皮膚笹掻き戦法はこの怪人にも有効なようだ。


 怪人が悲痛な叫びをあげる。いつの間にか正面の仮面が哀の表情に戻っていた。


 私は止まらずに練撃を仕掛ける。

 怪人の懐に潜り込んだ私は、開いたハサミの片刃を、怪人の顔面と仮面の隙間に差しこんだ。


「メン!?」


 怪人が驚いたような声を漏らした。その声を聞いて私は勝ちを確信する。


「理科の授業聞いてて良かった!」


 そう叫びながら、テコの原理で力を加え、怪人の仮面を剥がし取った。


 ベリベリと耳を塞ぎたくなるようなグロい音が鳴り、正面だった哀の仮面が宙を舞った。


「メッェェ!!」


 怪人は哀の仮面を剥がし取られた痛みに震え、顔を抑えながら逃げるように後方へ飛び退いた。

 しかし、それでも私の猛攻は止まらない。

 怪人が後方へ飛び退くのに合わせ、引っ付くように前進した。

 そしてハサミを閉じ、怒の仮面に殴りかかった。

 ハサミは閉じれば鈍器になる。これも修行の最中に気づいた戦い方である。

 しかし、さすがに仮面は頑丈で、叩き割ることができなかった。

 手が反動で痺れる。私は顔を歪ませ距離を取った。

 戦場が一旦落ち着いた。

 私は痺れた手を振りながら、怪人の出方を探っていた。

 仮面を剥がし取られた怪人は怒り狂っているようで、荒い息をしながら私を睨んでいた。

 その時、私はあることに気づく。怪人の側頭部━━仮面を剥がしたことで露出した側頭部が、まるでプリンのようにプルプル震えている。


(ああ、そこが弱点なのね)


 思わずニヤリと口角をあげて笑う。

 怪人は私が笑ったのを見て「メンメン!」と雄叫びをあげた。

 巨大な身体での突進はそれだけで十分な殺傷能力がある。私の体くらいなら押しつぶすことができるだろう。

 しかし私は怪人に向かって走った。

 ドンドンと怪人との距離が迫る。命の危険が迫る。

 私は怪人と衝突する寸前で高く飛びあがった。

 怪人は止まることができず、私の背後にあった木へ衝突する。

 怪人の突進はぶつかった木を根元から倒壊させた。

 怪人の頭上を飛んだ私は、怪人のプリンのようなプルプル側頭部を見た。


「どうして完全無欠は存在しないんだろうね!」


 そう叫び、怪人のプルプル側頭部に向けてハサミの刺突を繰り出した。

 ずぶり。と音がして、怪人の側頭部にハサミが突き刺さる。

 プルプル側頭部が破裂して血が噴き出した。

 怪人は「メン……」と小さく呟きながら、倒壊させた木にのしかかるようにして倒れ伏した。

 怪人の血の流れ、ドクドクと絶え間なく止まらない。

 私は溢れる血を見ながら額の汗を拭いて、荒い呼吸を整えるために深呼吸をした。


「やった……」


 そう小さく呟いた。

 そして、自分の成長を実感した。


「あ」


 しかし、私は前のめりに倒れてしまう。変身が自動的に解除される。


「さすがに、限界だったかな……」


 身体が全く動かないのを感じて、少し苦笑した。


「そういえば、デビちゃんも今日くらいは修行やめとけって言ってたっけ……。なのに私、デビちゃんに酷いこと言ったかも。あとでなんか買ってあげよう……」


 そんなことを言いながら、霞む視界をボッーと眺めていた。

 しかし、あることに気づいて意識が覚醒する。

 魔法少女は汚れない。

 汚れたとしても手でパッパッと払えば簡単に汚れを落とすことができる。

 しかし、制服は違う。

 変身が解除されたということは、今の私はただの制服姿。

 恐る恐る見てみると、私の制服は怪人の血に塗れてビチャビチャになっていた。

 もう真っ赤っかである。


「あー……」


 語彙力をかなぐり捨てた哀しみの悲鳴が鬱蒼とした森の中に細く響く。

 私はもう一度身体が動かないことを確認して「最悪」と呟いた。


「大丈夫か?」


 いつの間にか現れたデビちゃんが、倒れている私を見て話しかけてくる。

 デビちゃんは私の泥だらけ&返り血だらけの顔を見て、悲しそうに笑った。


「やったよ。この怪人はいつもより強かった気がするけど、ちゃんと倒せたよ」


 私はそう言って微笑んだ。

 疲労で一ミリも動かせない身体。変身を維持できないほどの限界。泥と血に塗れた制服。

 デビちゃんはどこか無理のある笑顔で言った。


「途中で呪いを解いてやればよかったな」


 私も笑顔で言った。


「呪いがかかった状態でこの怪人を倒せたということは、呪いを解除すれば簡単に倒せるって言うことでしょ? それってすごいことだよ。私強くなった。強くなったよ」


 そう言って笑い「解かないでくれてありがと」と言った。


「へいへい」


 デビちゃんは照れ隠しのように、尻尾で頭を掻いた。






「メンメン」

「え?」


 倒したはずの怪人が立ち上がっていた。

 血が抜けて、細くしぼんだ頭部は真っ黒に染まっていた。

 怪人の頭部には、もはや仮面が一つも残っていなかった。怒の仮面と楽の仮面はシザースグレーが剥がしたわけではない。なのになぜか地面に散らばっていた。


 仮面がないので怪人の感情が全くわからない。まるでのっぺらぼうだった。

 私はここにきて、自分が政治に関わるミスをしていたことに気づいた。

 怪人は絶命させると消滅する。

 普段の私は変身を解く前に怪人が消滅していくのを確認する。

 しかし今回は、怪人を倒してすぐに倒れてしまったので、その確認ができなかったのだ。


(……詰めが、甘々)


 怪人のしぼんだ頭の中から、皮膚を突き破って無数の触手が伸び始める。イソギンチャクのような触手である。

 その触手が動けない私を襲った。

 変身をしていない状態の私でも、全ての競技で全国制覇が余裕なレベルの身体能力くらいは持っているのだが、その程度では怪人に対抗できないみたいだった。

 変身していない私の身体は柔肌プルプルスベスべで、簡単に壊されるだろう。


「デビちゃん!」


 私は叫んだ。


「ハサミ!」


 デビちゃんが私のハサミを拾う。

 しかし、私の手足は怪人の触手で拘束されていてハサミを渡せるような状況ではなかった。


「刺して!」


 私がそう叫ぶと,デビちゃんは悲壮な顔をして私を見た。

 覚悟を決めて頷く。

 デビちゃんは最後まで悩んでいたが、怪人が拳を構えるのを見て決意した。


「……ッ、すまん!」


 デビちゃんはそう言って、私の太腿にハサミを突き刺した。


「ぐっ、あああ!」


 自分の喉から出たとは思えない悲鳴だった。しかしその甲斐あって、私は変身に成功した。

 魔法少女が変身するためには、特別な武器に触れていなければならない。

 手足を完全に拘束され、武器を握ることができない私が変身する方法は、武器を咥えるか、身体のどこかに突き刺すかくらいしかないのだった。

 私は力任せに怪人の顔面を蹴り飛ばし、触手から逃れた。しかし地面にうまく着地することができず、無様に転がった。


「うう」


 地面に転がった私は、ハサミが突き刺さっている左足の壮絶な痛みに耐えながら怪人を見た。

 しかし、怪人は既に姿を消していた。

 どこに行ったのかと周りを見回すと、私に降り注いでいた木漏れ日がふいに遮られた。

 私は顔をあげる。


「ッ!」


 私の上に、大きな物体が迫っていた。それは、怪人のボディプレスだった。


(ああ、死んだ)


 そして私は、目を閉じた──


 ●


「やめろ」


 私が目を開けると、怪人の全体重を手のひらだけで支えている男がいた。

 巨大な怪人が手のひらの上に乗っている様子は、あまりにも不自然で、夢でも見ているのかと思った。

 その男は、私をボコボコに痛めつけ、ロックブラックとペーパーホワイトの心を修復不可能なほどに折り砕いたあの男。

 魔人レインだった。

 レインはボディプレスを阻止したまま、怪人の身体に触れる。すると、怪人の身体はみるみる修復されていった。

 私が与えたダメージの全てが、たったの数秒で完治されてしまった。


「……メン?」


 怪人は首をかしげて周りを見る。そしてレインを見つけると慌ててお辞儀をした。

 レインは指先から水滴を一粒垂らし、地面に水溜りを作り出した。

 そして、作り出した水溜りに怪人を押し込んだ。


「お前は帰れ」


 レインがそう言うと、怪人は「メンメン」と何かを言いながら水溜まりの中に入っていった。

 私はその一部始終を見て、とにかく困惑していた。

 もう何も理解できずにとにかくポカンとしていた。


(私を守った?)


 それが、ポカンと思考を放棄した頭に浮かんだ考えだった。

 あのまま怪人に踏みつけられていれば、私は押し潰されて死んでいた。

 それを敵だと思っていたレインが阻止してくれた。


(??? どういうこと?)


 レインは困惑する私に近づいてくる。

 私は逃げようと思ったのだが、体をうまく動かせなかった。

 レインは無表情のまま、話しかけてくる。


「大丈夫か?」


 そう言われた私はさらに困惑した。

「は?」と、声を漏らした。


「どどどどど、どういうつもり、ですか?」


 私は足の痛みすら忘れてひたすらに首をひねった。まるでフクロウみたいだった。

 レインはそんな私の様子を気にすることなく、私の怪我の具合を観察していた。


 そして、レインは頷いた。


「魔人の魔力は魔法少女には毒かもしれない。少し痛むかもしれないが、頑張ってくれ」


 レインはそう言って、私の頭を撫でた。


「えええええ?」


 私は頭を撫でられ、その意味の分からなさからぶっ壊れた。

 しかし、すぐさま理性を取り戻すことになる。


「ぐッ……ああッ!!!!!」


 レインが私の頭を撫でながら魔力を流し込んでいたのだ。

 私はつんざくような悲鳴を上げる。魔人の魔力を注ぎ込まれているからなのか、よくわからないが、とにかく全身に形容し難い痛みが走った。

 しかしながら、こんなに痛いのに足の傷が塞がっていた。

 それ以外の小さな傷もレインの魔力によって綺麗に完治していた。

 私の傷が完治した後、レインは立ち上がって呟いた。


「よし」


 その一言だけ呟くと、レインは私に背を向けて歩きだした。

 私は痛みに耐えきれず涙を流し、半分意識を失っていた。

 しかし、レインに傷を治してもらったことだけは分かっていたので、その背中に向けて声をかけた。


「あの、ありがとう、ございます」


 その途切れ途切れの感謝の言葉がレインに届いたかどうかはわからない。

 私はお礼を言った後、すぐに気を失ってしまった。

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