第5話 明かされる過去

母さんは僕を真っ直ぐと見つめる。


「母さん、本当に僕らは皇族なの?」


「ええ。そうよ。でもね、ユリ。こんなことは些細なことなの。剣能が現れてから世界は変わったわ。でもね、大事なのは剣技なの。人間にも言えることよ。肩書や身分なんてなんの意味も持たない。大事なのはその人の性質、中身よ。あなたが今は亡き皇族の家系でもそれは何も変わらないわ。驕り高ぶっても人を蔑んでもダメ」


きっと母さんはこのことが理解できるようになってから打ち明けるつもりだったのだろう。

もちろんそのおかげで今の僕に差別意識や自分だけ特別などという傲慢な感情は一切芽生えていないわけだが。


「でも。でもさ、だったらなんで僕の剣は、剣能は応えてくれないの!? 皇族なんでしょ!? 血統的に剣能が使えてもいいよね?」

今にも泣き出しそうな僕を前に、母さんは静かに話し出す。


「皇族だからとか。本当にどうでもいいのよ。剣能なんてなくたってこの世界を生き抜けるようにあなた達を、あなたを鍛えたつもりよ。私は剣能が使えるから地位を得る、この聖王国の制度があまり好きじゃないの」


「なんで? 強ければ地位があっていいんじゃないの?」


「平民と貴族。この差って大したことないのよ。剣能が使えるから平民を守る。平民は剣能が使えない代わりに、農業や税を収めて貴族を支援する。こんなの馬鹿らしいじゃない。増長した貴族は平民を見下し、盾として振るうべき剣を独裁に使う。そんな光景を何度も見てきたわ」


亡きアルストロ聖皇国のことだろうか、母さんは遠くを眺めながら、哀しそうに話す。


「私は身分制度を変えるつもりでいたわ。でも議題を通す前に、あの夜はやってきた」


母さんは悔しそうに唇を噛みしめる。


「大厄災」

僕はその言葉を口に出す。


「魔剣王襲来とも呼ばれるわね。あの夜は忘れもしないわ。一族郎党皆殺し、そんな殺戮が繰り広げられる中、私は城から街へ、そして皇国民達にかばわれながら、地下通路を伝ってなんとか生き延びたわ。当時13歳の私は剣能も使えず、泣きながら落ち延びたの」

母さんの声は震えている。


「今でも皇都は奴らに占領されているわ。そしてあのとき誓ったの。私は、次こそは民を救うと。剣能も使えない皇国民は、私を希望といい笑顔で送り出したわ。自分達の身を犠牲にして」

母さんは唇をかみしめる。きっと民からも好かれていたのだろう。


「もうあんな想いは嫌なのよ。だから、だから私はあなた達に未来を託すことにした。そして同時にあの日皇都に刀術の継承者が多くいたため、刀術は消え失せ、剣術の時代になってしまった」


それで僕らに剣術を教えていたのか。


「待って、でも母さんさっき見せてくれた剣は何なの?」


「あぁ、あれは私の剣能よ。ユリが見たかった剣能じゃなかったでしょう?」

母さんはいたずらに笑うと


「ユリが好きな『刀』の剣能の方は、血統術の類よ。要するに、アルストロ家の剣能ね。大体の貴族はその血統ごとに象徴的な剣能があるのよ。

故に貴族は2つの剣能を使えることになるわ。

アルストロ家の剣能はだから、範囲内と範囲外を遮断するものね」


なるほど。十分筋が通っている。血統の剣と、個人の剣というわけか。


「じゃあ貴族同士が結婚してできた子供は、3つ剣能を同時に使える可能性があるの?」


「私の知る限りはできても2つまでね。意志がもたらす剣である以上、よほど強い意志がないと3つの剣で一定水準の力を保つのは難しいんじゃないかしら。私も基本的には剣しか出さないわ。」


「そんなに上手くはいかないか......」


「まあ落ち込むことないわよ。ユリも剣能使えるんだから!」


聞きたかった話はこれである。僕は母さんを見据える。


「それ、どういうことなの? もう剣能の開花する時期は過ぎてるんじゃないの?」


「そもそも剣能の開花する時期なんて適当なのよ。

一般的に意志が最も強くなるのは子供の頃が多いわ。

皆夢や希望に満ちているからね。

元々ユリの『想い』は強かったの。

きっとこれから開花することだってあるかもしれないわ」


「でもねユリ、落ち着いて聞いて」

母さんは息を大きく吸うと、僕を真っ直ぐに見る。


「あなたの剣能はの」


「.......え?」


「その腰の刀はね、私があげたっていったけど、ユリが寝てる間に剣現したのよ。私も10歳になった瞬間剣能が出たのは驚いたけど、あなたの剣能は....制御できていないのよ。出し入れできないでしょう? 何が要因かは分からないわ。

ユリ自身の強すぎる想いが剣を現実に拘束しているのかもしれない。

あなたには辛い思いをさせてしまったと思うけど、制御できない力はとても危ないわ。だからユリには黙っていたの」


「ほ、本当に.......?」


「よく聞きなさい、あなたにはあなた個人の剣能と、アルストロ家の剣能が宿っているわ。

その刀の固有能力を使ってみるまで、どちらの剣かは分からないはずよ。きっといつしか使いこなせる日が来るでしょう。

それでも、それでもね。権威に、強さに甘んじてはダメ。

救える者を救い、護るべきもののために戦いなさい。あなたの想いに剣は応える。迷ったときは、心の剣に聞きなさい」


「え....最後のその言葉ってあの聖騎士おとこの......」

言い終わらないうちに母さんが遮る。


「さぁ、準備ができたみたいよ。行きなさい」


ふと後ろを見ると、準備を終えた子供たちと、アセビさんが見送りに出てきたようだ。


「ユリー! 話は終わったか?」

スイセンが呑気に話しかける。


「今日はもうわ。あとはあなた達で答えを見つけなさい。いいわね?護るための剣をしっかり目に刻みなさい」


? ? ?

「え、どういう」

僕の言葉を遮ってアセビさんが声をかける。


「あなた達、いいわね、何があっても」


「絶望しちゃだめ、でしょ?」

スイセンが答える。


「そうよ。心に刻みなさい、私の愛しい子供たち」

「あなた達に剣の導きがあらんことを」

母さんとアセビさんの心配そうな顔を見ながら、僕達は修道院を出た。


「行ってきます!」

「何もそんなに心配しなくてもいいのにね」

その割に心配されて嬉しそうなフリージアをみて安堵する。フリージアは笑顔が似合う。

それにしても先程別れ際に言われた母さんの言葉。

何かが、何かが起きようとしている。


僕は警戒しながら山を下る。

シナノの修道院は大きな山の頂上にある。

周囲を照らしながらなんとか麓まで降りたとき、僕は信じられない光景を目の当たりにした。


空を覆い尽くすほどの大きな扉が暗い雲の中に現れたのである。

その扉は程なくして、大量の魔族らしき軍団を吐き出した。


あぁ、空が魔族で埋まる。


初めて見るはずの光景は、脳内で何度も見せつけられた地獄の風貌とよく似ている。

そうか、この光景は....


「「大厄災......」」

震える子供たちを前に、フリージアとツバキが恐る恐るつぶやく。

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