11.三月二十四日 正午

【三月二十四日 正午】

 真昼の明るさが、世界を包んだ。

 うつ伏せに倒れた寧の指先に、柔らかな桜の花びらが触れた。血と汗の匂いを、瑞々しい土草の香りが吹き流す。ああ、と達成感と諦念ていねんの息を細く吐いた。

 最後の実験は、成功だ。〝過去〟行きの上限と思われた三週間の壁を越えて、六週間の時間遡行という奇跡を為した。

 だが、それでも三月の壁は越えられない。二月に死傷を負った宮原苑華は、救えない。それに桂衣はこの奇跡を、親友を救うためではなく、寧を殺すために使ってしまった。

「なんで……」

 後ずさる靴音と、硬い声が聞こえた。

 顔を上げなくても、分かる。きっと寧のすぐそばに、中学二年の終業式を終えて、ダム建設予定地に侵入した少年が立っている。その手に握りしめた手紙が、寧の大切な人が決死の思いで届けた物だということを、少年が知るのはまだ先だ。

〝特異点〟を同一時刻に連続して使用するのは初めてだが、成功は約束されている。時の『風向き』を切り替えて、寧を〝未来〟に送り出すトリガーは、〝過去〟の寧が引いてくれる。次の行き先はダムの中で、水に揺蕩たゆたう寧の死体は、〝特異点〟から離れていけばいい。二度と、どこにも行けないように。この期に及んで罪の意識が希薄な『殺人者』には、そんな罰がお似合いだ。口元に、笑みが滲んだ。

「ひっ――」

 もう一歩、後ずさる足音が聞こえる。蘇らない宮原苑華に代わって、罪を自覚すらしていないお気楽な己の独り言が、寧に引導を渡してくれた。

「気持ち悪い」


<了>

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特異点でサヨナラ 一初ゆずこ @yuzuko

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