第14話 給食室の怪 ⑧


 西園にしぞの先生に「芹沢はここまでだ。理科準備室にもどれ」と言われて、気がついた時には給食室の外にいた。腕の中にはすずしろがいる。


  給食室って物の怪がいっぱいいたんだ……。

  おばけの噂話は、まったくのでたらめではなかったんだ。

  柳井センパイ、あんなに怒って、大丈夫かなぁ……。


 そんなことを思いながらすずしろを抱えて、理科準備室のドアを開けた。


 柳井センパイは、片方の手で氷のうを頭にあて、ぐったりと椅子にもたれかかっていた。


  怒りすぎてのぼせたんだ………。


 どこから現れたのか、両手の爪がまるでカマのようにのびているイタチ達が三匹、柳井センパイをうちわであおいでいる。

 

  長い爪があるのに、器用にうちわをもっているなぁ。

  あのうちわ、ふつうのうちわより柄の部分がかなり長いなぁ。


 すごく不思議な光景にそんな感想を持っていると、柳井センパイのそばにりんりんが近づいていった。


『ユウ、大丈夫なりん?』

「…………」


 りんりんの言葉に、柳井センパイが、だらりと下げていたもう片方の手を持ちあげて追い払う仕草をする。少し離れたところに、これでもかというほど背中をぴんと伸ばしている『鍋の物の怪』のなっしぃと『鈴の物の怪』のちりが立っていた。


『ユウ、なっしぃとちりも反省しているりん』

『ごめんなべ』

『ごめんっち』

「…………。しばらく、ボクの前に顔を見せるな。約束を守れないやつは、……、き、嫌いだ」


 柳井センパイは、三人の方を見もしない。三人は『ユウ! 嫌いだなんて言わないでなりん』、『嫌いになっちゃ、いやっち!』と口々に言いながら、泣きそうな顔をしている。かわいそうなくらい打ちひしがれている。わたしは、柳井センパイとりんりん達を交互に見る。


 こまったなぁ……。さっき、柳井センパイ、すごく怒っていたしなぁ……。


 なんていえばいいのか迷っていると、すずしろが口を開いた。


『ユウは真面目すぎだよ』


 すずしろの声に、柳井センパイが氷のうをどけて起き上がり、入り口に立っていた私たちの方を見た。


「『理科室を出ない、いたずらをしない』という約束は西園先生と交わした大事な約束なんだ」


 やけくそ気味に言うと、柳井センパイは、また氷のうを頭に乗せて、椅子に倒れこんだ。「調伏されないだけ、ましだと思え」という柳井センパイの声に、三人がびくりとする。それでも、三人は柳井センパイのそばを離れない。触ろうと手をのばしては、手を引っ込めて、お互いの顔を見合わせる。その繰り返し……。


 かわいそうになったわたしは思わず、柳井センパイに声をかけた。


「でも、センパイ。この子たちはセンパイのことがとても好きみたいですよ? それに、西園先生は、この子たちにも理科室をでて、給食室でユウレイ騒ぎをおこす理由があったって。まずは理由を聞いてあげてもいいんじゃないですか?」

「芹沢、そう思うなら、お前が聞けよ。僕は頭が痛すぎて、何も考えられない。…………、でも、聞こえてくる言葉は頭にはいってくるかもしれない……」


 柳井センパイにしては、子どものようなことを言う。

 わたしは思わずため息をついた。

 

『ユウ、頭イタイ?』『薬イル?』と、うちわをあおいでいたイタチ達が柳井センパイに聞く。


 「いらない」


 柳井センパイはそう言うと、氷のうを少しだけずらして、わたしのほうを見た。


 まったく、もう……。


 わたしはもう一度ため息をついた。


「なっしぃとちり。こっちへいらっしゃい。柳井センパイは頭が痛いから、代わりにすずしろのお世話係のわたしが聞くわ……」

『なずななべ』

『なずなっち!!』


 ぱたぱたと二人がわたしのほうにかけていた。腕の中にいたすずしろが、二人がわたしに抱き着く寸前に、飛び降りるとふぅっと唸った。


『お前たちは、そこまで!』

『あっ! おやかたさまなべ!!』

『おやかたさまぁ! さわっていいっち?』


 二人は、キャッキャ言いながら、すずしろに手をのばした。すずしろは、さっとよけて、ふぅっと唸った。しっぽをぴんとたてて、全身の毛をそばだてている。完全に戦闘態勢だ。


 このままじゃあ、また、さっきみたいに、柳井センパイが怒るよぉ。

 

 わたしはポケットに手を入れる。マッチ箱のような小さな箱に手が触れた。おばあちゃんがもしもの時のためにってこっそりくれた箱。わたしはポケットから取り出して、小箱を揺らした。


 カタカサ カサカタっと小さく乾いた音がする。柳井センパイをあおいでいたイタチ達の動きが止まった。柳井センパイが「こほん」と咳払いをする。イタチ達は、あわてて、うちわをあおぎだした。


「……ここに、金平糖があるの。この椅子に座って、いい子にしているって約束ができたら、あげるわ」

『金平糖?』

『こんぺいとう?』


 二人の手がとまり、わたしの持っている小箱に釘付けになる。でも、ごくりとノドをならして、一番に椅子に座ったのは、すずしろだった。あわてて、りんりんも座る。すずしろとりんりんの様子を見ていたなっしぃとちりは、、お互いの顔を見合わせて椅子に座った。


「えらいわ。じゃあ、わたしの質問に答えてくれる?」

『いいなべ』

『いいっち』

『ボクのぶんは?』

『おいらもほしい』


 私の前に、ちょこんと座ったすずしろ、りんりん、なっしぃ、ちりがそれぞれに口をひらく。


「すずしろとりんりんはあげる理由がないわ」

『ほしいなりん!』

『ボクもいる!』

「今は、なっしぃとちりに話を聞く時間なの」


 ジトっとした目ですずしろとりんりんを見る。すずしろとりんりんはそっと目をそらした。空気が読めたのね。よかった。


「……、ということで、なっしぃ、ちり、どうして、給食室に行ったの?」

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