第12話 給食室の怪 ⑥

『給食室♪ 給食室♪』


 東雲中学校の給食室は、調理室が見れるように、廊下側はガラス張りになっている。


 この「見える・見せる給食室」というスタイルは東雲中学校の特徴だって、入学後のオリエンテーションの時に先生が説明していたっけ。ガラス越しに調理室が見えることで、食べ物に対する興味と、食べ物をつくる人たちへの感謝の気持ちを持ってほしいということで、最近導入されたシステム。


 わたしも今日の給食はなんだろうって思って、リサちゃんと何度か見に来たことがあることを思い出した。

 

 りんりんは、ガラス越しに顔を近づけて食い入るように中をのぞきこんでいる。すずしろは、わたしの腕の中から、興味なさげに中を見ている。わたしはそっと、すずしろの背中をなぜる。すずしろが、気持ちよさげに喉をごろごろとならす。


 ガラス越しに見えるのは、銀色の大きな鍋、大きな四角い網がのっているフライヤー。テーブル。何人分炊けるんだろうと思うような大きな炊飯器。色わけされた床。などなど。


 一日の役割を終え、給食室の調理器具達はひっそりとしていて、消毒薬のにおいがぷうんと鼻につく。



 「あの鍋は、回転釜と言って、煮物や汁物を作る鍋だ。今日の、さんまの甘露煮はあれで作ったから、骨までやわらかくなっていただろう?」


 さんまの甘露煮と聞いて、すずしろの耳がぴんと立つ。


「もう、ないよ。今度、給食ででたらもらってくるね」とすずしろにこっそりと言う。


「……、回転釜といえば、蒸気式、ガス式、IH式とあるが、東雲中学はガス式のステンレス製を採用している。非常時にも使えるよう、プロパンガスにも対応しているのが特徴だ。非常用といえば、東雲中学の備蓄は……」


 柳井センパイが、わたしの隣で調理器具のくわしい説明とこぼれ話を一つ一つしてくれる。

 

 ほんと、柳井センパイって、説明くんだよねー。


わたしは、柳井センパイの説明を半分くらい聞き流しながら、給食のことを考えていた。


 そういえば、このところ、油揚げがはいった混ぜご飯、あまりでなくなったなぁ。わたし、好きだったんだけどなぁ……。


「……、調理室には、食品衛生上、栄養士さんと調理員しかはいれないそうだ。規則だから仕方ない。外には、細菌やウイルスなどの汚染物質がうじゃうじゃいるから、誰でも入れるようでは衛生管理がなっていないといえるし ――」


 柳井センパイが食品衛生管理について熱く語りそうだったので、わたしは話している途中だったけど、口をはさんだ。そのくらいは大丈夫……だよね?


「じゃあ、中に入って調べることはできないんですか?」

「残念ながら、そういうことになる」

「じゃあ、どうすれば?」


 困ったと柳井センパイと顔を見合わせていると、りんりんの小さな声が聞こえてきた。


『やっぱり、みんな、ぴかぴかしていているなりん……』

「まだ、そんなことを言っているのか? くだらない」

『……』

 

 柳井センパイって自分の興味があることについてはとことん話すけれど、人の気持ちとかに寄り添えないとこがあるんだよなぁ。

 案の定、りんりんは、納得がいかないのか、口をとがらせている。すずしろは知らん顔だ。


「……、りんりんは、ここにある調理器具がいいなぁって思っているの?」

『りん。だって、ここの鍋たちは、毎日みんなに見られて、使われて、忙しそうなりん』

「そっかぁ。でも、りんりんのお釜は占いもできるし、自由だよ?」

『自由?』


 りんりんは、言葉の意味がわからないのか、少し首をかしげる。

 

「わたしもね、こうだったらいいなぁって、ないものねだりすること、たくさんあるんだ。だから、りんりんが、ぴかぴかのお鍋たちがいいなぁって思う気持ち、わかる。でもね、きっと、お鍋たちからしたら、りんりんのお釜っていいなぁって思っていると思うよ」

『ほんと? おいらのお釜がいいなりん?』

「だって、りんりんと占いができるんだよ。それってすごいことじゃない? それに、りんりんと好きな場所にいって、好きなことができるんだもの。わたしがお鍋だったら、うらやましいなぁ、いいなぁって思う。だから、りんりんも、自分のお釜のこともっと好きになってあげていいと思う」

『そうなりん? さびてるし、古ぼけて欠けているけど、うらやましいなりん?』

「そうよ。りんりんは自分のお釜に自信をもっていいはずよ」


 わたしは、ゆっくりとうなずく。


「芹沢の言うとおりだ」という、 大人の男の人の声にふりかえると、西園先生が立っていた。


「西園先生?」

『サイエン?』

「さっき、柳井がやってきて、給食室を調べたいというからな」

「西園先生、僕達は中に入れないので、失せもの探しをすることができないのです」


 柳井センパイが、西園先生にりんりんのこと、給食室の噂のことをかいつまんで説明する。


 柳井センパイもかいつまんで説明できるんだってちょっとびっくりしながら、柳井センパイと西園先生のやりとりを見ていた。


「給食室の件は職員室でも話題にのぼっている。おおかた、ライトの光あたりが回転釜にあたって影ができたんだろうっという話になっているがな」

「影?」

「栄養士はライトを置き忘れるなんてないと言っているが、……、大人は自分に都合のいい適当な理由を考えるものだ。ま、中にはいろーや」

「え? はいれるんですか?」


 柳井センパイが、センパイらしくない声で聞き返す。


「まあ、調理室は無理だが、事務室は問題ないだろう? さっき、校長にも聞いてきた。それにな……」


 西園先生がにやりと笑って、事務室のドアのところに大きく円を描いた。

ぽっかりと穴があく。


 え?

 え?

 えええええ???


 西園先生がにやりとした顔で私の方をみた。


「な。亜空間なら問題ないだろ? 俺ができるのはこのくらいだがね」


 悲鳴をあげなかっただけ、えらいとほめてほしい。


 理科準備室が物の怪の世界と繋がっているのは、西園先生のせいなんだって直感的に理解した。 


「なに、ハトが豆鉄砲くらったような顔をしているんだ? はやく行くぞ」


 先に円の中にはいった柳井センパイが振り返って声をかける。


わたしは腕の中のすずしろをぎゅっと抱きしめると、中へ――。


 そこは、モノクロの給食室。


 これが亜空間?


 机やキャビネット、書類や鉛筆。実際にあるものが色を失ってそこには存在しているけれど、するりとすりぬけてしまう。

 映像の中にいるような感覚。それか反対に、自分がユウレイになった感覚。

 

 存在しているのに存在していないような…… すごく不思議。


 すずしろのもふもふした感触がなかったら、わたし、混乱して叫んでいたかもしれない。「ありがと。すずしろ」とつぶやくと、不思議そうな顔をしてすずしろが見上げた。


「ううん。なんでもない。この世界にびっくりしただけ……」


 わたしがきょろきょろとまわりをみていると、柳井センパイが近づいてきた。よく見ると、柳井センパイや西園先生には色がある。触れるか知りたくて、思わず手をのばしてみた。柳井センパイの半袖シャツの袖の端っこに手が触れる。


 さ、触れる。


 白いシャツのパリッとした感触に、ちょっとだけ、安心して、ほっと息をつく。


「せ、芹沢、ど、どうした??」


 動揺したのは柳井センパイだった。


「……すずしろ、……調理室へ行くぞ」とだけ言うと、さっと西園先生の方に逃げて行った。そして、柳井センパイ達は、調理室へのドアをすり抜けて先へ進んでいく。わたしもあわてて後に続く。


 調理室の中にはいると、すずしろがわたしからはなれて、空中に浮かんだ。


『りんりんのなくしたお釜を探すよ。りんりん、お釜を絶対に見つけたいと考えて!』 

『わかったなりん。おいら、自分のお釜のこと、見直したなりん。だから、おいらのところにもどってくるなりん!!』

『なずな、呪文をとなえてくれる?』

「う、……うん」


 わたしは息をすうっとすう。


 



わたしの首にさがっている月長石から、光がさざ波のように四方八方へとひろがっていく。


 






『ん? ここには、りんりんの釜はないようだよ』 






 



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