不器用アクティブ

 

 決意をしたからといって、すぐさま行動に移せるかというと、それはまた別の話である。

 わたしは今まさに、そのことを痛感していた。

 始業式を迎えて、三学期が始まったというのに、わたしはなかなか吉田くんと話す機会を得ることができないでいた。

 委員の時はいつも誰かがそばにいて、教室では話すことすらままならない。そんな状態がしばらく続いてしまって、わたしと吉田くんの間には微妙な距離感ができてしまっていた。

「ねえ、苺樺いちかと吉田。二人とも、喧嘩でもしたの?」

「してないよ」

「そう……なら、いいけど」

 こうして、かおりちゃんにも心配をかけている始末である。

 あれは、けんかなのだろうか。

 少なくとも、わたしはそう捉えていなかった。

「苺樺、今日遊ばない?」

「いいよ。遊ぼう」

「やった。苺樺の家行っていい?」

「うん、いいよ」

「ありがとう! 宿題も持ってくから、一緒にやろう。じゃあ、また後でね」

 学校を出て、かおりちゃんと別れて家へ向かう。

 今日は、かおりちゃんと遊べる。久しぶりだな。嬉しい。

 そう思うものの、家までの道はわたしを少し寂しい気持ちにさせる。吉田くんとの会話が、蘇るからだ。

 きゅっと、ランドセルの肩ひもを握り締める。

 このまま、気まずいままだったらどうしよう。それは、すごく嫌だな。早く、前みたいに楽しくおしゃべりができるようになりたい。それには、どうしたらいいんだろう……。

 勇気が出ない。話すタイミングがないんじゃない。作っていないんだ。わたしが、逃げているんだ。

 理由は、わかっている。謝って、許してもらえなかったらどうしようって、それが怖いんだ。たった一言、ちょっと話したいことがあるって、それだけでいいのに。それで、もし断られたらって考えると、怖いんだ。

 答えを出されるのが、怖いんだ。

 わたしって、こんなに臆病なんだ。怖がりで、嘘吐き。

 そんなわたしを許すなんて、本当にできるのかな……。

 家に着いてしばらくすると、かおりちゃんがやってきた。わいわいとお菓子を食べながら宿題をして、一段落ついた頃、かおりちゃんが優しく切り出した。

「吉田と何があったの? 言いたくないなら、いいんだけどさ。もし、できることがあるなら、協力するよ」

「かおりちゃん……その、実はね……」

 わたしは話した。クリスマスの帰り道のことを。それから、ずっと気まずいままでいることを。わたしは、謝りたいと思っていることを。だけど、許してもらえなかったらと思うと怖いと思っていることまで、全部話した。

「何だか、思ったより難しい話だった……。吉田って何者なの? 本当に同じ六年生?」

 呆れてすらいるかおりちゃんに、わたしは苦笑を返す。

「時々、ちょっぴり不思議だよね」

「まあ、それは良いけど……そうだな……あたし、吉田の意見には賛成だな。苺樺が自分のこと虐めるから、許せなかったんだよ。そこに怒ったんでしょ。だったら、怖がることないよ。吉田は、絶対に許してくれる」

「そう、かな……」

「そうだよ。だって、吉田は苺樺のために怒ったんだよ。その苺樺が反省してるなら、もう怒る理由ないじゃん」

「わたしのために……」

「うん。良かったね、苺樺」

「え?」

 良かった? わたし、すごく悩んでいるのに?

「だって、人のために怒るって、なかなかできないよ。こんなこと言って、嫌われるかもとか、どう思われるかなとか、そんなこと全部吹っ飛ばして、吉田は苺樺のために怒ったんだよ。誤魔化さずに、正面から向き合ってくれたってことでしょ。どうでもいい相手なら、そんなことする? 体力も精神力も持ってかれちゃうのにさ」

 どうでも良くないから、怒る。怒られるのは嫌だけど、怒る方だって嫌なはず。

 だって、そんなの全然楽しくない。

 それでも怒ってくれたのは、わたしのためを思ってのこと……。

「かおりちゃん、ありがとう。かおりちゃんは、大人だね」

「そんなことないよ。あたしだって、自分のことになったら、いっぱいいっぱいになる。だけど、今は冷静に判断できるから、こんな偉そうなこと言ってるだけ。あたしも一緒なんだよ、苺樺。まだまだ、知らないことだらけの子ども。誰かがすごいとか、偉いとか、そういうのって違うと思う。皆同じ人間だよ。上とか下とかないよ」

「かおりちゃん……」

「お母さんが言ってた。皆、誰かのおかげで暮らしていけるって。一人じゃ生きていけないよって。だから、どんな人でも大切なんだって」

 かおりちゃんは、わたしの手を取った。ぎゅっと、優しく包み込んでくれる。

「苺樺、あたしは、苺樺が大好き。だから、苺樺も苺樺を好きになってあげて。苺樺のこと、一番に好きでいられるのは、苺樺だけなんだよ。皆は自分が大好きだから、一番に思ってあげられるのは、苺樺しかいないんだよ」

 わたしは、返事ができなかった。

 視界がぼやけて、胸がいっぱいだったから。

「苺樺、変わるのって悪いことじゃない。むしろ、すごいことだよ。だけどね、まずは好きになってあげてよ。認めてあげようよ。じゃないと、きっと苦しいよ。自分から目を背けて進むのって、木に根っこがないのと一緒だよ。大きく成長できるのは、しっかりした根っこがあるから。自分という根っこがあるから、より良くなれるんじゃないのかな?」

 そして、水があって、太陽の光があって、栄養も愛情もあって、育っていく。

 でも、どれだけ良いものを与えられようとも、そこに根っこがなければ、意味はない。

 それは、本来のわたし。たった一人しかいない、わたしという存在なんだ。

「臆病だっていいじゃん。その分、慎重になれるよ。嘘吐いたっていいじゃん。だって、自分が可愛いもん。ねえ、苺樺。何がダメなの? 見栄張って、誤魔化して、偽り続けて。そうしたら、なりたい自分になれる?」

 かおりちゃんは、何も言わないわたしの背中をさすってくれた。優しい手つきで、あやしてくれた。

「イチゴはイチゴなんだよ。りんごにも、みかんにもなれないんだよ。だけどそれを、誰が悪く言うの? 苺樺は苺樺だから、皆大好きなんだよ。それはきっと、吉田も同じだよ」

 何が怖かったんだろう。どうして、焦っていたんだろう。

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