こんなことが償いになるわけじゃないけど、かおりちゃんのためにも頑張ってみたいと思った。

 本当はちょっと嫌だったけれど、リレーに出ろって言われているわけじゃないしと、自身を納得させる。

「先生、わたし、二人三脚やります」

「ありがとう、佐藤さん。それじゃあ、組む相手を考えようか」

「そっか。片山っちと苺樺じゃあ、身長差が大きいから……」

 かおりちゃんが組む予定だった子は、クラスの誰よりも背が高い。高めのかおりちゃんならまだしも、わたしと並ぶとでこぼこすぎて、歩幅が合わなさすぎる。

 そのために、ペアを変えようという話になった。

「えーっと……ああ、吉田くんと松井さん。それから片山さん。ちょっといいかな?」

 先生が呼んだのは、まさかの吉田くん。そうだった。彼も二人三脚に出るんだ。

「松井さんと片山さん。吉田くんと佐藤さん。うん、この方がバランス良いね。このペアでお願いできるかな、四人とも」

「良いですよ」

 言ったのは、片山さん。吉田くんも頷いている。たった一人、松井さんが黙っていた。

「じゃあ、リレーなんだけど……」

 言いながら先生は、片山さんと歩き出してしまった。どうやらリレーの代理に、片山さんを指名するらしい。

 しかし今のわたしには、それよりも気掛かりなことがあった。黙ったままの松井さんだ。

 彼女は席に戻っていく吉田くんを横目に、こちらへ体を向けた。

「せっかく、吉田くんとペアだったのに……」

 そう呟く彼女の顔は、悔しさに染まっていた。

「まあ、佐藤さんは何も悪くないし、言ったって仕方ないか。ねえ、佐藤さんって、好きな人はいないって言ってたよね?」

 確認するような問いに、思わず戸惑いながら頷く。

「う、うん……」

「じゃあ、いっか。仕方ないから、譲ってあげる」

 言って、離れていく松井さん。

 かおりちゃんが、こそっと耳打ちしてきた。

「あの子、吉田のこと好きらしいよ」

「そう、なんだ……」

 だからさっき、あんなことを……好きなひとと二人三脚のペアなんて、嬉しかったに違いない。

 わたしなんて、同じ委員になっただけですごく喜んだ。だからこそ、松井さんの落胆は大きいだろう。

 もしも彼女に、わたしが吉田くんのことを好きだってことがバレたら、どうなるんだろう。

 わからない。だけど、平穏に終わるとは思えなかった。

「苺樺、二人三脚頑張ってね。練習時間、ほとんどないけど」

「あ……」

 今日は水曜日。運動会は、土曜日だ。

「ちょうど、五時間目は運動会の練習だし。吉田に頼んで、練習付き合ってもらいなよ。吉田も走るタイミングとか、練習したいだろうし。一緒に言いにいってあげる」

「そ、そうだね。ありがとう……」

 吉田くんとペアになれた嬉しさと、彼の足を文字通り引っ張るんじゃないかっていう不安が、わたしを襲う。

 ただでさえ、運動会には消極的なのに。

 わたし、上手くやれるだろうか……。


◆◆◆


 土曜日。運動会当日の天候は、やや雲の多い晴れ。時折吹く風が心地よく、良い具合に雲が日差しを遮ってくれ暑すぎないという、非常に恵まれたものだった。

 早起きして、体操服姿で登校する。今日はランドセルではなく、リュックだ。

 両親は、幼い弟と揃って後で行くと言って、笑顔で見送ってくれた。

 見慣れた道。何度も通った学校。だけど、いつもと違うことをしていると、それだけで緊張感が増した。

 玉入れも綱引きも、クラス対抗別リレーも、六年生全員でやるプログラム最後のダンスも緊張する。

 だけど、何よりもわたしの睡眠を削ったのは、やっぱり二人三脚だった。

 代理出場というだけでなく、一緒に走るペアがあの吉田くん。

 あまり練習できなかった上に、一度もきちんと走れていない。

 どうやら力が入りすぎているらしく、かおりちゃんや先生からアドバイスをもらったけれど、全然上手くいかない。

 わたしのせいで最下位だったら、どうしよう……吉田くんにも迷惑かけちゃう。

 盛大に溜息を吐いていると、いつのまにか学校に辿り着いていた。

 重い足取りでいつも通りに教室へ向かうと、既に何人かが来ていた。その中には、吉田くんの姿もある。と、彼がわたしの席へ近付いてきた。

「佐藤、おはよう」

「お、おはよう……」

 吉田くんから挨拶をしに来てくれたことが嬉しすぎて、頭の中で「うわあああ」と慌てふためく。

 すると、彼はくすりと小さく唇で笑った。

「何、面白い顔してんの? さっきまで、緊張で固まってたくせに」

「え……」

「まあいいや。今日はよろしくな。おれ、この学校での運動会は初めてだから、楽しみにしてたんだ。今日は、お互い楽しもう」

「楽しむ……? 勝つとか、頑張ろうじゃなくて?」

 わたしが小首を傾げると、刹那目を瞬かせて。そうして吉田くんは、ふわりと優しい声で「うん」と言った。

「勝ったって、楽しくなかったら疲れるだけだろ。だったらおれは、勝っても負けても、楽しい方が良い」

 その言葉は、まるで魔法みたいだった。足を引っ張らないように、勝てるようにとこわばっていたわたしの体をほぐしてくれるような、そんな優しさがあった。

「わ、わたしも、楽しいのが良い!」

「じゃあ、おれたち一緒だな」

「うん」

「佐藤って、何に出るの?」

「わたしはね――」

 それからわたしたちは、かおりちゃんや木村くんが来るまで、おしゃべりをして過ごした。

 時間になった頃、クラスメイトたちに交じりながら四人で校庭へ向かう。

 六年一組のスペースへ水筒やタオルなどの持ち物を置いて、所定の位置へ並んだ。

 そうして始まった運動会は順調に過ぎていき、やがてお昼になった。

「苺樺、こっちよ」

「お母さん!」

 みんなそれぞれ、両親や家族のひとの元へ向かう。わたしも家族と合流した。

「おねえちゃん、おべんとうだよ」

「ありがとう」

「玉入れも綱引きも、頑張ったわね」

「玉入れなんか、十個くらい入っていただろう」

「そんなに入ってないよ」

「いや。それくらい入っていた」

 楽しそうに、わたしが参加していた競技の様子を語ってくれる両親に、少し恥ずかしいと感じつつも、嬉しくなる。

 わたしの好きなものがいっぱい入っているお弁当を食べて、周りの子たちが友達と遊び始めた頃、わたしは立ち上がった。

「トイレ行きたいから、このままもう行くね」

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