訳あって声が出せない幼馴染との過ごし方
とろにか
本番中の出来事
ーーーーーー栗色の髪の幼馴染が、胸の前で円を書いて、手をつなぐように指先を合わせる。
俺の名前は寺田銀仁朗(てらだぎんじろう)。
中学3年生、最後のクラス対抗合唱コンクールというのは、例年のごとく、どのクラスが一番上手かったかという実力主義社会だったのだが、うちのクラスだけはそんな殺伐とした雰囲気など何故か微塵も無いのだった。
それどころか、どこぞの吹奏楽部のように歌ったり踊ったり楽しくしようぜ!という歌唱力度外視で練習を重ねてきたのだから仕方ない。
男女比1対1で30人の中、仲間外れができなかったのが救いか。
「見つめ合おう〜♪語り合おう〜♪君と〜ともに〜心繋いで〜♪」
とても簡単な手話を使って、向かい合って歌っていた。たった1人のために、手話をすることにしたのだから、うちのクラスは相当な仲間想いである。
「〜♪」
目の前の幼馴染はノリノリである。
元木鈴香(もときすずか)の前でお互い手話を繰り出す。俺は歌うのだが、こいつは口パクして歌っていない。
鈴香が声を出さなくなってから3ヶ月が経った。現役中学生で歌手をやっていた鈴香。2年続けていた歌手活動は現在休業中だ。
歌を唄えるように、声帯をこれ以上酷使しないように、鈴香は喋ることもしない。医者に、喉を大切にするように言われたから、喉の負担になることを全て取り除きたかったらしい。
ずっと声を出し続けて、いつも全力で歌う鈴香。こいつが、合唱コンクールも超歌いたがっているのは知ってる。というか、わかってしまう。捲し立てるように動く手の動きは、いつも以上に気合いが入っているから。
しかし、みんなができる簡単な手話動作を選んでいるため、鈴香の手話スキルが存分に発揮されることはない。ないはずなのだ。
だけど、ステージの上で手話のキャッチボールをしてるはずなのに、練習では余裕をかましていたのに、この時の鈴香は違っていた。
ものすごい速さで鈴香の腕と指先が動く。
指を立てて、横に振り、『聞いて?』と首を傾げてこいつは言う。
「苦しみを〜♪分かち〜合う〜♪」
【あなたはどんなわたしも受け入れてくれた】
ひとりだけ、違う手話をする鈴香。浮いてしまっているだろう。メロディーに合ってないくせに自信満々である。こいつの顔には、いつものとびきりの笑顔が宿っている。
・・・もうこの時点で、俺は手話をするのをやめてしまった。
立っている場所が奥から2番目の左端で良かったと思う。
しかも、他の生徒が観客として見てる前で、ステージの奥側で良かったと思う。
【わたしを見て】
見てるよ。とだけ手話で返す。笑って誤魔化そうと思ったが、何か返さないと面倒臭くなる予感があったので、考えられる最低限で応える。ついに歌の動きにも合わせなくなった鈴香。
こいつの真剣な眼差しのせいで、俺まで動けなくなってしまった。俺ら2人は完全に歌を忘れて、言葉を無くしたように立ち尽くした。
【ずっと、ずぅーーーっと言いたかった】
鈴香の肩に力が入っている。こいつは緊張するといつもこうなのだ。
何を緊張することがあるのだろうか?
誰かに向けてのアドリブ発表だろうか?
【だから、見て!!】
超マジ究極にアルティメットに真剣な顔した鈴香さん。だが、隣の人の動きが崩れて、ついに歌と手話は壊滅的になってしまう。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
いつの間にか、曲調がお祭りになっていた。
誰が幕末の世直しダンスをしろと言ったのだろう。いつのまにか、俺の周り全員がひょっとことオカメのお面を被っているのだ。
ーーー唯一、鈴香さんだけを残して。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
端っこにいた俺と鈴香は、いつの間にか、仮面を被った生徒達に押され、ステージの真ん中に移動している。
指揮者をやっていたベジタブル好きの野上が指揮をしていた四角い箱から降りて、鈴香に譲っているようだ。
【ちゃんと、見て!わたしを、見て!】
見てるよ。伴奏担当、腐女子の安斎さんがテンテテン♪と同じメロディーをピアノで奏でるせいで、うちのクラスメートの踊りが止まらない。
みんな手をひらひらとさせて、好き勝手に踊ってる。
【一回しか、やらないから、ちゃんと、見て欲しいの】
一回だけだよ?ほんとだよ?と強調してから頬を膨らませる鈴香。
んーと。みなさん?俺、何すればいいんですか?
まぁ、見ろと言うのだから見ますか。何か重大発表っぽいし。
鈴香から、わたし歌うのやめる、という爆弾発言が来ても、別に驚かない。
声がほとんど出なくなって、こいつはやり場の無い怒りを抱えて、一周回って悲しんでいた。それは、近くにいた俺が痛いほど知ってる。
大好きな歌を唄えないってだけで、鈴香は家から出てこなくなったもんな。
また、こいつから聞かれるのかもしれない。
【歌えないわたしのこと、嫌い?】
鈴香のことをそんな風に嫌いだと思ったことは一度も無かった。ここ最近は、こいつと一緒にいると自然と手話を覚えるし、些細なしぐさだけでコミュニケーション取れるから、俺は楽しい。
っとまぁ、ここでもしかすると、鈴香の持ち歌を歌うかもしれない可能性もあるんだが、あと2週間声を出さなけりゃ、完全復活できると医者が太鼓判を押してるんだ。今までの苦労を水の泡にすることはないだろう。
おもむろに、鈴香は右手を自分の胸に置いた。
ーーーーーー【好き】
あまりにも鈴香の切なそうな表情を見て、俺は息をのんだ。
ま、待てよ?歌うのが好きっていう可能性もまだあるじゃねーか。俺が好きなんて全然・・・。
ーーー【あなたが、好き、です】
それは、世界で1番簡単な手話である。相手の指をさして、首元から下に心を摘めば、それは完成する。
「きゃあああああ!!」
「も、元木がやりやがった!!」
「さぁ!銀ちゃん、こたえてあげてよ!」
ひょっとことオカメの仮面達が、圧を強めて迫ってくる。すごい迫力だ。思わず後退りしそうになるが、もう一度鈴香の顔を見る。
ーーー告白するなら俺からしたかったし、こいつの声が聴きたいな。
手話でも十分伝わるんだ。俺のことが好き?俺の方が好きだっつーの!!
声を出させてやる。びっくりさせてでも。あ?でも、お?でも、ん!でもいい。
ーーー今はこいつの声を俺が引き出したい。
「おまえが好きだ、鈴香!」
その瞬間、鈴香は泣きそうになって口を押さえた。そして、手をこちらに広げている。
指揮者の台の上から、ぽふんと可愛い体が俺に傾いて来た。
「どうした?まだ返事聞いてないぞ?」
俺の腕の中でジタバタする鈴香。手話をしようと必死に離れようとするが、俺がガッチリ抱きついているので離れることはない。
「銀ちゃんのバカ・・・大好き」
3ヶ月ぶりに聴いたこいつの声は、世界で1番可愛かったのだった。
訳あって声が出せない幼馴染との過ごし方 とろにか @adgjmp2010
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