第32話 なれてきた

 二つめの停泊地であるワインバーグ辺境伯領の領都ヴェルファウストの宿で、ローザは信じがたい現実に直面して呆然としていた。


「オイオイオイ……3位ってマジかよ」


「そやなぁ。あんだけ頑張ったのにまだ上がおるかぁ」


「いや逆だ逆! なんで初出場で3位につけてんだよアタイら! うまく行き過ぎだよ! おかしいだろうが!」


「そんなにおかしいですかねぇ? 危険海域を突っ切ったんですから、これくらいは当然では?」


「そうだよな思いっきり危険海域に突っ込みやがったよなこのバカヤロウども! アタイがどんなに止めてもお構いなしだったよなコンチクショウ!」


 ローザの言う通り『知られざる英雄号』は、サウサンバルからヴェルファウストまでの海域を可能な限り直線で駆け抜けた。途中にあった魔物の頻出海域を突っ切って。ローザの罵声もものとせず。


 幸いなことに大きな魔物に遭遇することはなく、小さな魔物はノエルの銃撃で撃退できたので損害はほぼ無い。一度ヴェラと同じくらいの大きさの魔物が飛び上がり、ローザに体当たりをかけて海に突き落とそうとしたくらいである。それによってローザは魔物だらけの海に落ちそうになるという恐怖体験をし、下着を1枚だめにしたが些細なことだ。


 そうした犠牲の結果として1つ順位を上げたわけだが、それでもまだ上がいることにノエルとヴェラは不満らしい。


「言うても1位と2位もウチらと同じルートで来たんよな? これって定番の戦法なんちゃう?」


「確かにそうだけどな。サウサンバルまで2位だった船、まだ着いてないだろ。たぶん魔物にやられてる。それが嫌だからみんな迂回すんだよ」


 毎年この競技レースの前半における先頭集団は、一種の度胸試しのような様相になる。ローザとしてはそんなものに混ざる気はなかったのだが、どこぞの命知らずどもが調子に乗ってこのありさまだ。


「それにしても1位も2位も速いですね。まともにやって追いつける気がしませんよ」


「当たり前だ。こんなヤバい戦法取って来るような奴らだぞ。腕に自信がねぇわけねぇだろ。アタイやノエルみたいな経験半月の付け焼刃とはわけが違うんだよ」


 むしろ経験半月の水夫しかいないのに3位につけているからこそ、ローザはおかしいと言ったのだ。『知られざる英雄号』の後にも同様の作戦で来た船が3隻いるのだから。


「それはあれちゃうん? 腕で負けてるはずやのに勝ててるんは、船の性能のおかげいう話になれへん? ローザのお手柄やん」


「そ、れは、……知らねぇよ」


 ヴェラに屈託なく褒められて、頬を染めながらそっぽを向くローザ。褒められ慣れていないせいで、反応が少し子どもっぽい。最近はそこをヴェラが面白がって、なにかと褒めて照れさせていた。


 3人の関係もかれこれ20日以上続いており、さらに大陸周回競技が始まってからの1週間は狭い船の中でずっと顔を突き合わせている。お互いに対する悪い意味での遠慮はほとんど無くなり、特にヴェラとローザは長年の親友のような関係になっていた。


 だがこの大会が終わればヴェラとノエルはロンディニウムを離れる予定であり、ローザはコーベット工房に残る。そうなれば次に会えるのはいつになるかわからない。こんな無茶ばかりする2人だから、二度と会えない可能性のほうが高いだろう。それを寂しいと、この競技がもっと続けばいいと考えてしまい、慌ててその考えを振り払うローザだった。




「んなこたどうでもいいんだよ。それよりこっからは海賊どもが多くなる。アタイとしては安全策を取りてぇんだが……」


 現在地であるヴェルファウストから次の停泊地であるノーディザムまでの海域は、これまでとは全く異なる特徴を持つ。季節風を中央山脈が遮ることと二つの大きな半島に挟まれていることから、風が捉えにくく帆船では速度がなかなか出せないのだ。


 このような特徴のある海域なので、風に頼らない櫂船ガレーの海賊が横行している。もちろん帝国海軍が取り締まっているものの、小回りの利く小型船での海賊行為は根絶が難しい。


 この海賊を避けようと思えば、沿岸部を離れて大回りすればいい。櫂船は航続距離が短いので、沿岸部からあまり離れられないからだ。だがそれは当然ながら最短航路に比べて時間がかかる。そこで安全を取るか速度を取るかの選択ということになれば、ノエルとヴェラの結論は最初から決まっていた。


「魔物より海賊のほうが銃で対処しやすいですからね。避ける理由がありません」


「そんな理由かよ……、海賊に同情するぜ」


「海の上やと長物の銃も使えるんやし、ノエルさえおればどうとでもなるやろな」


「誰だよ揺れる船の上だと的に当たらねぇとか言ってた奴は。出鱈目な腕しやがって」


 ここまでの海域でヴェラとローザはノエルの腕前を目の当たりにしていたので、その点についての不安はなかった。船に近づいて来た魔物が、水面上に姿を見せた直後に全て撃ち抜かれる光景を見ればそういう感想にもなるだろう。それは凶悪であるはずの魔物が可哀相に見えてくるほどだった。


 なおノエルの銃撃は全ての魔物を一発で仕留めていたわけではない。だがある程度の傷を負った魔物は基本的に逃げ出すので、船に被害を与えたのは直下から忍び寄った一匹だけだった。その一匹もローザを脅かした直後に蹴り飛ばされて撃退されている。


「上手い人はもっと上手いですよ。僕は反応速度に頼ってるだけで、まだ狙いが甘いんです」


「どんな化け物と比べりゃそういう話になるんだ。もうわけわかんねぇよ」


 ノエルの言葉は別に謙遜ではない。ノエルは監視兵中隊センティネルにおいて最も銃の扱いに長けた隊員を念頭に置いて話しているからだ。だがその隊員の狙撃能力よりも、ノエルの反応速度のほうが常軌を逸していると評価されていたことを本人は知らない。


「そもそも大会参加者はロクな積荷を積んでねぇからな。特にアタイらみたいな小型船は。よほど切羽詰まった海賊でなきゃ狙ってこねぇだろ」


「それにウチらが銃を持っとることと、ノエルの腕前に気が付いたら大抵の海賊は逃げよるやろ。むしろ近づく前にぶっ放したほうが平和かも知れへんね」


「威嚇だけで済むならそれが一番です。関わっても損なだけですから。ただある程度まで近づいて来た奴らは、安全確保のために全部片付けますけどね」


 特に気負うことなく言うノエルだったが、発言内容は物騒極まりない。同行者として安心感はあるものの、これでいいのかという疑問をローザが感じたとしても無理はないだろう。


「って、結局危ねぇ橋を渡ることで話がまとまってやがるじゃねぇか。アタイも慣れちまったのかねぇ……」

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