第22話 たぶらかす
港湾地区の中でも
「すいませーん! どなたかいらっしゃいませんかー!?」
待つことしばし、奥から現れたのはドワーフ男性だ。ヴェラと同じような背丈だが、髭もじゃで厳つい顔つきをしており、身体も筋肉がみっしり乗っている印象である。
「おう! なんか用か兄ちゃん!」
騒がしい奥から来たせいか、無駄に声が大きい。それとも客を威圧する意図でもあるのであろうか。睨みつけるような表情をしていることからも、その可能性は捨てきれない。
そう思ったノエルだが、結局は相手の思惑に一切構わず、さっさと本題に入ることにした。
「お忙しいところどうも。コーベット工房の代表者の方に、伝言を持って来ました」
「伝言だあ?」
「はい。昨日レアード海運の代表であるフランシス氏が、憲兵に捕まりました」
「……は?」
「それと賠償金の支払いで、レアード海運の倒産は確実だということです」
自分がその件の関係者であるとはおくびにも出さず、ノエルは他人事の態で言い切る。果たして伝言を受け取ったドワーフ男性は、始めこそ呆けたような顔をしていたが、徐々に事態を理解したらしく顔色が青ざめていった。
「た、大変だぁ! 親方ぁ! 親父ぃ! ちょっと来てくれぇ!」
そう叫びながら工房の奥へと走っていくドワーフ男性。横柄な態度を取っていたわりに、責任のある立場というわけではなかったらしい。ほどなく先ほどのドワーフ男性が別のドワーフ男性を引き連れて戻ってきた。後から来たほうが代表のダリルだろうか。ドワーフもまた妖精族らしく、外見に年齢が反映されないのでどちらが年上かわかりにくい。しかもこの二人は血縁らしく、双子かと疑うくらいによく似ている。
「おうてめぇ! フランシスが捕まったってどういうことでぇ! 詳しく話しやがれ!」
挨拶も自己紹介も無しに叫ぶドワーフ男性その二。おそらくダリルであろうがよほど慌てたのか、手には金槌を持ったままである。見方によってはその金槌で脅しているようにも見えた。
「そう仰られましても、僕は代理人に過ぎないもので」
「んだと? 詳しい話は知らねぇってのか!?」
代理人を名乗りつつ、それ以上のことは何も告げないノエル。もちろんノエルは全ての事情を知っているが、面倒な事になりそうなのでダリルに詳しく説明するつもりはない。そのため嘘にならない範囲で情報を省略したのだ。その結果、狙い通りに相手が勝手に誤解してくれたわけである。
「僕は別件の用があって来ただけで、伝言はついでです。代表の方はどちらにいらっしゃいますか?」
「うるせぇ! 今それどころじゃねぇんだよ! おいそっちの女! おめぇオーエンの女だろ! なんか知ってんじゃねぇのか!?」
ノエルに聞いても埒が明かないと思ったのか、今度はヴェラを問い詰めるダリル。だがその聞き方はあまりにも問題があった。
「誰がオーエンの女やねん。寝ぼけたこと言うとったら髭毟るで」
「……」
「ひっ」
ダリルとしては普段から交友のあるオーエンから聞いた通りに認識していただけなのだろうが、ヴェラにとっては身に覚えのない話である。まして今はノエルの前だ。より不快になるのも当然だろう。ヴェラの声は静かに煮え滾っていた。
そして不快という意味では、当然ながらノエルにとっても同様の話である。哀れヴェラの気迫と、何よりノエルの殺気がこもった視線に当てられたダリルは顔を青くして後退った。威勢はいいが根性があるわけではないらしい。
「ああ、その、すまねぇ。ちっと勘違いしちまったみてぇだ。けど俺ぁ今からフランシスんとこ行って確認してくっから、要件は息子のガスに言っといてくれ。おいガス! 後は任せたぞ!」
フランシスの件が気になるのも事実なのだろうが、どうやらノエルに対して苦手意識を持ったらしい。この場を離れたいという気持ちがダリルの表情にはありありと出ていた。
ただしその気持ちは、横に立っていたせいで殺気の余波を浴びたガスというドワーフも同様だったらしい。彼もまた慌てて出かける準備を始める。
「待ってくれ親父! 俺も行くよ! 姉貴! 後頼んだぜ!」
こうしてよく似たドワーフたち二人は、逃げるように工房を後にした。ノエルとヴェラ、そして遅れて顔を出したばかりのドワーフ女性を置いて。
「あー、親父と弟がすまないね。アタイはローザってんだ。よろしくお兄さん」
残されたドワーフ女性のローザがノエルに挨拶をする。ごく普通の挨拶だが、先ほどの二人が酷かったぶん、相対的にまともに見えた。
ローザは艶のある赤毛を一本の三つ編みでまとめており、朱色の目と相まって勝ち気で活動的な印象を受ける。だがその顔立ちは柔和で、ハーフリングであるヴェラと同じくらいの身長でありながら、やや大人びた雰囲気だ。まあ大人びた雰囲気の原因は、ヴェラにはない大きめな胸の膨らみかも知れないが。
「ノエルと申します。こちらこそよろしく」
「お久しぶりやねローザはん。元気しとった?」
ノエルに続いて気さくに声をかけるヴェラ。どうやら以前から面識があったらしい。もっとも、友人というほどの交流はなかったようだ。航海士であるヴェラが工房に足を運ぶ機会はそれほどなかったせいだろうか。
「ああ、お久しぶり。えーと、ヴェラさんでよかったかな」
「ヴェラでええよ。ウチもローザって呼んでええかな?」
「アタイもそのほうが気楽だね。それで、二人は何の用事で来たんだい?」
ローザがやや表情を改めて話を促した。人間の青年とハーフリングの女性航海士が、連れ立って船大工の工房を訪れる理由がわからなかったのだろう。問いかけに答えたのはヴェラのほうだった。
「さっきの話なんやけどな、レアード海運が倒産するいう話は聞こえとった?」
「ああ……本当の話なのかい? 今うちはレアード海運が発注した船の建造以外、ほとんど仕事がないんだ。前金は貰ってるが、もしレアード海運から残りの支払いがないなら、うちも潰れちまうかも知れない」
元々コーベット工房は小規模な船大工だ。大型船建造が可能ではあるものの、他の仕事と並行する余力まではない。そのため古い付き合いのフランシスからの仕事を優先した結果、それ以外の仕事をほとんど断っているのだ。このままでは連鎖倒産も十分あり得るだろう。
「そんなローザに、ウチからちょっとした提案があんねん。お互いにとって利益のある、皆が幸せになれる提案やで」
「なんだいそのとんでもなく胡散臭い誘い文句は。どこの悪徳商会の回し者だい」
そう答えるローザだったが、コーベット工房が倒産の危機にあることは間違いない。ヴェラの提案を断るにしても、話を聞いてからにしようと考えた。
後にローザは知ることになる。弱っている時に向こうからくる良い話は、大抵悪魔の誘いであるということを。
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