親孝行できるかな

「そう言えば、理沙ちゃんの部屋も久しぶりだよね」

「あー、うん。そうだね……ほんとに私の部屋でよかったの?」

「え? いつものことじゃない」

「そうだけど、大きさが違うし……」


 夜。晩御飯を食べておばさんとゆっくりお話ししてから理沙ちゃんの部屋に移動した。出かけている間に、理沙ちゃんの部屋に私のお布団を用意してくれていて、そのままそこで寝る予定だ。何にもおかしいことはないでしょ。

 だって普段から同じ部屋だし、同じ部屋でいないことの方が少ないくらいだ。それはおばさんも知ってるから一緒の部屋にしたんだし。一応、理沙ちゃんの部屋でよかった? って聞いてくれたけど初めから決まってるでしょ。


「大きさって部屋の? そりゃあ違うけど。別に同じ布団で寝るってわけでもないでしょ。着替えの時はでたらよくない?」


 理沙ちゃんのこの部屋はいつもの家のとこに比べたら半分までは行かないけど、三分の二くらい? 半分にしてるそれぞれのスペースよりは広いけど、布団を横並びにしないといけないので、まあ近いっちゃ近い。寝顔見られちゃうかも。でも私の方が先に起きるし、それによく考えたら膝枕でちょっとお昼寝とかはしてるし、今更か。


「う、それはそうだけど……こう、うーん。まあ、はい。そうだね」

「変なの。それよりもう着替える?」

「うーん、時間的にはそうだけど……その、私の服、やっぱり春ちゃんには大きいね」

「ん? まあそりゃあそうでしょ」


 理沙ちゃんが高校生時代に着ていてまだ着れるからと残されているTシャツと半ズボンを借りているけど、普通サイズのTシャツですらちょっと大きいので、片方に引っ張ると普通に肩が落ちてしまいそうだ。

 肘まで袖が来ているのも、腕を曲げた時に一瞬あれなんか腕にあたった? と思ったら袖ってさっきなったくらいだ。ズボンは膝上だっただろう物が膝下になってるだけで、紐をきゅっと結んでいれば普通だけどね。


 理沙ちゃんはまじまじと私を見てちょっと照れたように頭をかいた。


「その……そう言うのも、可愛いね」

「あ、ありがとう。なんか、照れるって言うか。理沙ちゃんの服じゃん」


 別に普通の英字Tシャツで、HOTって書いてある、普通のシャツ。可愛いと言われると照れるけど、可愛い格好と言う意味ならほぼ自画自賛では?


「そうだけど、お母さんが買ってきたどうでもいいシャツが、春ちゃんがすると可愛く見えるからすごいなって。春ちゃんが可愛すぎて、何でも似合うなぁって」

「そ、そこまで言われると、言い過ぎって言うか」

「言い過ぎなんかじゃ……あ」

「え?」


 そこまで、とは思うものの悪い気分じゃないし、いい気分だったのにはっと一瞬目を見開いた理沙ちゃんは急に顔をそらした。そして慌てたように首を振った。


「なんでもない。あの、その、そろそろ着替えよっか」

「な、何急に。べた褒めだったくせに。もうちょっとくらいよく見ててもいいよ?」


 体まで引いてしまう理沙ちゃんに、思わず詰め寄るように上体を寄せてそう言ったけど、この言い方だともっと褒めてほしいみたいになってない?ち、違う。そうではないんだけど、その、だって、あんまり急に態度かえたから。

 だと言うのに理沙ちゃんは倒れそうなくらい体を倒して、片手で自分の顔を隠して隙間から片目だけで私を見る。


「あっ、あぶ、危ないから……」

「え? なに?」

「……その、春ちゃん今、下着つけてないよね」

「!? ……えっち」


 言われた瞬間、さすがに理沙ちゃんの着替えに私がつけれるブラはなかったし、普通に、この間までなかったし、そもそも寝る前いつもつけてないし、何にも考えずにいたことを自覚させられた。

 だけどいつもはちゃんとしたパジャマで上までちゃんとしめているけど、パジャマより今着ているシャツは生地が薄くて、胸元も空いてしまってるんだ。


 それに気が付いて、反射的に胸元を掴んで理沙ちゃんを軽く睨む。理沙ちゃんは顔を隠しているようにみせて、ばっちり目があったままあわあわしている。


「いやあの、だって……その、ごめんなさい。き、着替えよう。私、先にでるね」

「ん……すぐ着替えるから」

「うん、急がなくていいから」


 理沙ちゃんが部屋を出てくれたので、荷物から寝間着用の大き目のシャツとゴムで生地の薄い短パンを出す。ほんとのパジャマはお泊りで着るのちょっと抵抗あるからこれにしたけど、下着はつけておこう。


「あら? 理沙、廊下で突っ立って何してるの?」

「あ、いや、春ちゃんが着替えてるから」

「はー……仲良くやってるのねぇ。じゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 途中ドアの外から会話が聞こえて、入ってこないってわかっててもすぐ傍で声を聞きながら着替えるのはちょっとドギマギしてしまった。おばさんが自分の部屋に入る音まで聞こえてから、私はそっと顔をだす。


「お待たせ」

「ん。じゃあ私ね」


 交代して理沙ちゃんが着替えてから中に入る。まだちょっと寝るには早いので、適当に布団の間に並んで座る。小さいテレビがあるのでそれをつけてから小声で話しかける。


「ていうか、廊下の声、結構聞こえるんだね」

「あ、まあ。でもそんな小声にしなくても、部屋に入れば聞こえないよ。声は響くけど、足音もそんなに聞こえなかったでしょ?」

「そうだけど、声が大事でしょ。さっきの聞こえてないよね? 今からも変なこと話さないようにしないと」


 真面目に注意する私に、理沙ちゃんはちょっと面白くなさそうに唇を尖らせ、それからにっとどこか悪戯っぽく楽しそうに私の手をとりながら小さな声になった。


「変なことって、どんなこと?」

「えっ、そ、そう言うの聞くことだよっ。だいたいさっきのも、聞かれたら不味いでしょ」

「さっきのはまあ、ちょっとそうだけど。でも、あんまり真剣に隠そうとするから……いつかは、わかるよ、と言うか、言うよ? だって、真剣だから」


 ぐっと自分の膝の上に私の手を引き寄せて握りながら、理沙ちゃんはいつもより大人っぽい微笑でそう言った。ドキドキと心臓がなる。理沙ちゃんが真剣でいてくれることが、嬉しい。嬉しいけど、ちゃんと内緒ってことで納得したくせに。今になって拗ねたりするのやめてほしい。困る。


「っ……そ、それは、その、でも、今ではないでしょ」

「うん。わかるけど……声に、出しちゃ駄目なんだよね」

「ん? そりゃあね。だから、静かに、ていうか、なんならもう寝る?」

「まだ早いよ」

「まあそうだけど、じゃあ……ちょ、ちょっと」


 もうちょっとテレビ見て時間潰してから、と言おうとして理沙ちゃんが私の手をもちあげて肘をたてて、そっと私の手にキスをしたので思わず大き目の声がでてしまう。

 はっとして反対の手で自分の口をふさぐ私に、理沙ちゃんはくすっと笑った。


「声、出しちゃ駄目なんでしょ?」

「ちょっと、何してるの」

「最近いつもしてることで、何にもおかしいことしてないでしょ?」

「お、おかしなことは、してないけどさぁ」


 声だけ普通にしていれば、確かに大丈夫だけど。でもまさか、すぐそこにおばさんがいるのにこんな。いや、手だし、いやらしいってほどじゃあないけど。でも他でもない理沙ちゃんだからこそ、手でもドキドキしちゃうのに。

 理沙ちゃんも今だって赤くなってるくせに。普段確認してくれるから油断してた。理沙ちゃんは唐突に女子小学生に告白してくるような行動力が無駄にある人なんだった。うう。こんな時ばっかり発揮しないでよ。


「もう。いい。寝るもん。理沙ちゃんそっちに行って。それとも一緒の布団で寝るつもり?」

「そ、そうじゃないけど……あのさ、手、繋いだまま寝るのは、どうかな?」

「えぇ……なんで?」

「なんでって、あの、いつもはできないし。布団はちゃんと離したままにするし、その、変なことはしないから」


 声に出して確認しだした途端、いつもの理沙ちゃんの雰囲気だ。さっきまでのちょっと悪戯っぽいカッコいい感じじゃなくて、もう。呆れちゃう。まあ、さっきの感じで言われたら、ドキドキしすぎて眠れないから断っただろうけど。


「手ぇ繋いだまま寝るのって変なことだと思うけど。まあ、いいよ。その代りもう寝るよ」

「うん」


 嬉しそうに理沙ちゃんはニコニコして、こっちまで嬉しくなっちゃう。全く、しょうがないなぁ。

 ちょっとだけ布団をよせて、手を握りやすいようにして布団に入って明かりを消す。もぞもぞと手をだす。


「……、お、おやすみなさい、理沙ちゃん」

「うん。おやすみなさい、春ちゃん」


 暗い中でお互いの手に触れると、わかってるのにドキッとしてしまった。一瞬離れた手をもう一度触れ合わせ、声を掛け合いながらそっと握り合う。理沙ちゃんの手は少しひんやりして気持ちいい。


「っ……」


 やばい。手を握るなんて、普通のことなのに。もうそれくらいでドキドキする段階とっくに超えたはずなのに。暗い中で触ってるといやに感触が生々しく感じられて、なんか、いやらしい感じがしてしまう。

 横向きになって理沙ちゃん側を向いていると、徐々に目がなれてきて、理沙ちゃんの顔がぼんやり浮かび上がる。


「……」


 理沙ちゃんの目と、合った。じっと私を見ていた。理沙ちゃんからも私がもう見えているのかわからない。おやすみなさいを言ってから、ずっと黙っているから。

 もぞもぞと、執拗に手をなぞったり撫でたりして、最後はぎゅっと指を絡めた状態で目を閉じた。


 眠れない気がしたけど、そのままじっとしているといつの間にか私は眠っていた。


「うーん……ん」


 朝起きて、ぼんやりしながら伸びをしようとして左手が引っ張られた。そっちを見て、理沙ちゃんと手を繋いだままだったのにちょっと笑って、そっと理沙ちゃんの手を離した。

 理沙ちゃんはもごもご口元を動かしたけど何も言わず、寝返りをうった。それに静かに笑ってから、そっと着替えた。

 お昼寝じゃない正真正銘の寝顔が可愛くて、起こす前にそっと頭を撫でてみた。気付かない理沙ちゃんが可愛くて、最後はでこぴんで起してあげた。文句を言う理沙ちゃんを置いて先に顔を洗った。


 それから普通に起きて、美砂子おばさんと一緒に朝ごはんを食べてから早速お墓参りにむかった。日差しはそこそこ強いけど、まだ空気はひんやりしていて、比較的快適だ。

 朝早くって言っても、夜も暑いんだからそんなに効果あるのかなって思ってたけど、結構差があるものだ。


 お墓はぴかぴかにするつもりでお掃除した。お線香立のところのゴミがなかなかとれないんだよね。しっかり洗ってお墓参りをすませ、家に帰る。

 さすがに疲れたので11時くらいまで休んでからお菓子作りをした。美砂子おばさんと二人でしていたんだけど、しないって言ったくせに理沙ちゃんが傍にいてうろうろしていたので正直ちょっと邪魔だった。


「もう、理沙ちゃん邪魔なんだけど」

「う、ご、ごめん。でも、気になるから」

「子供みたいねぇ」

「う、も、もう、やめてよ、お母さん。春ちゃんの前で、あんまり子供扱いしないで」

「……あんたにも、プライドってものがあったんだねぇ」

「……」


 理沙ちゃんは不機嫌そうに眉をよせた。そんな顔、初めて見た。やっぱり家族に見せる顔って違うものなんだな。

 なんだか、不思議な気分だ。嫉妬とかじゃない。ただ、理沙ちゃんの態度はやっぱり最初から私を家族扱いしてなくて、もっと別の特別扱いだったんだ。それって、ちょっと複雑な気分なような。一緒に仲良く暮らして、家族ってこんな感じなのかなーなんてちょっと告白される前くらいに思ってたのに。

 まあ今までが家族じゃなかったとして、恋人はこれから家族になれるんだし、いいのだけど。いつか、私にもこんな顔を向けられるようになるんだろうか。


「……」

「ん? 春ちゃん、どうかした?」

「ううん。なんでもない。理沙ちゃん、おばさんの前だといつも以上に子供っぽいなぁって思って」

「……き、気を付ける」

「えぇ、別に責めてないよ? 可愛いなって思って」


 って、やば。普通に可愛いって美砂子おばさんの前で言ってしまった。あー、でもまあ、可愛いくらい、言うよね? おばさんも私に言ってくれるし。


「さあ、後は焼くだけだ。焼いている間にお昼にしようか。と言っても今日は簡単に、そうめんだけど」


 おばさんをちらっと見ると、気にした様子はなかった。よかった。

 そして簡単と言いながら、すでに朝にゆでて置いてくれたらしいそうめんに、煮詰められたシイタケ、ハムに錦糸卵、ネギと具材もあって普通に豪華だった。


「美味しい!」

「うんうん、春ちゃんは素直で可愛いねぇ」

「……いや、あの、私も美味しいとは思ってるよ」

「はいはい、ありがとね」


 理沙ちゃんもちょっとは自発的におばさんとコミュニケーションをとってるかな? 昨日の親孝行押しが効いたのかも。いいことだ。だって、私がいくら頑張っても他人の子供が親切にしてくれただけだ。同じことでも、何ならもっと些細なことでも、実の子供の理沙ちゃんがしてくれたってほうが、絶対おばさん嬉しいもんね。

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