ご褒美

 家に着くとさすがにどっと疲れはでた。晩御飯までは早い時間なので、飲み物だけ用意してソファにいつものように腰かける。


「ふー、疲れたね」

「そうだね……あの、か、帰ってきたけど、まだ、デート、だよね?」

「え、あ、うん」


 言いながら理沙ちゃんは私にまた手を差し出した。何度も繋いだから、半ば反射的につないだ。

 理沙ちゃんは嬉しそうに微笑んで、ぎゅっと私の手を握る。


 私の心臓はおだやかに、だけど繋いでない時よりは早く脈を打ち出す。家に入るまでは繋いでいたのに、ちょっと手洗いや着替えをしていただけで、何度もドキドキしてしまう。なんかちょっと、お得だな。


「ねぇ、理沙ちゃん……さっき、私の友達が来た時どう思った?」

「え、えっと。ちゃんとしなきゃって、思ったよ。春ちゃんに、こんな人が恋人じゃ、恥ずかしいって思われたくないから」

「それは……まあ、全然何にも気にしないのはともかく、そこまで気負わなくてもいいよ。でもそうじゃなくてさ、私の友達、可愛い子だけど、気づかなかった?」


 美香ちゃんはおしゃれが好きで、いつもちょっと派手目な色合いの可愛い服でよく似合ってるし、詩織ちゃんはちょっとお嬢様っぽい感じで大人っぽい服も似合ってるし、何より二人ともお家の人に愛されてる普通のお家の普通の子だ。

 だからちょっとだけ、ロリコンの理沙ちゃんは二人のことも気にいっちゃうかなって思った。


「え……そ、そうだった? ごめん、気づかなくて。あ、容姿も褒めた方がよかったってこと?」


 でも理沙ちゃんはそんなこと考えもしなくて、見当はずれなことを言う。


 知ってた。わかってたよ。理沙ちゃんは私しか見てないって。でも、でも、嬉しい。実際に他の女の子を見ても、ちゃんと私だけを見てくれた。

 少なくとも今は、言葉だけじゃなくて、予想じゃなくて、本当に私を特別視してくれてるんだ。


 私はなんだかジャンプしたいくらい嬉しくって、にやにやしてしまうのを抑えられない。


「もう、理沙ちゃんは本当に馬鹿だなぁ。違うよ。でも、大丈夫だよ。そのままで」

「? う、うん。あれでよかったなら、いいんだけど」


 よくわからないだろうに、理沙ちゃんは笑う私に小首を傾げてから曖昧に頷いた。そんな姿を見てると、心の中からどんどん大好きって気持ちがあふれてくる。


 私はそっとお尻をあげてソファの上で半分膝立ちになって、繋いでいるのとは逆の右手で理沙ちゃんの頭を撫でながら微笑みかける。


「うん。上手に挨拶できてたよ。ねぇ、ご褒美、あげよっか」

「え……う、うん。欲しい」


 私に頭を撫でられただけでほんのり照れた可愛らしい顔で私を見上げる理沙ちゃん。ドキドキして、繋いでいる左手は汗ばんでくる。


「じゃあ、目、つぶって」

「え、あ……ん、うんっ」


 私の声かけに理沙ちゃんは遅れて勢いよく返事をしながら目を閉じた。あんまりぎゅっと閉じるから、眉間にしわが酔ってる。


「ふふっ、力入れすぎだよ」


 右手の指先でそっと理沙ちゃんの眉間をつつく。あ、ぷにっとしてて気持ちいい。ちょっと押すと頭蓋骨がある。皺をのばすように撫でると、理沙ちゃんの眉間もゆるんだ。片目だけちょっとあけて私と目が合う。


「……ご褒美って、それ?」

「違うけど……何を期待してるの? 何がいい?」

「っ……そ、それは、その。春ちゃんがしてくれるなら、なんでも、嬉しいけど」


 もじもじして繋いでいる私の手の甲を親指で撫で、理沙ちゃんは真っ赤になって俯いてしまう。可愛い。きゅっとして、私はもうたまらなくなってしまう。


「理沙ちゃん、ちゃんとあげるから、顔あげて」


 そっと顎に手をあてて上を向かせる。理沙ちゃんは真っ赤になって、私が言う前にちゃんと両目を閉じている。その、私からのご褒美を待ってる表情を見ていると、すごくドキドキしてきた。

 私が言いだしたとはいえ、何て無防備な顔を見せてくれるんだろう。このまま何だってできるんだ。そう思うと指先が震えそうだ。


 私はそっと自分の胸に手を当てて一呼吸して自分を落ち着けてから、ゆっくり理沙ちゃんの右頬に手をそえ、そっと左から顔をよせる。

 理沙ちゃんの匂いがかおってくるのにますます心臓があばれだす。心臓の音に背中を押される様にして、私は理沙ちゃんの左頬に唇で触れた。


「っ……」

「……ん。これがご褒美だよ」


 触れた瞬間震えた理沙ちゃんに微笑みながらゆっくり顔を離した。右手は触れたままでそう声をかけると、理沙ちゃんはゆっくり目を開けた。

 耳まで赤くなった理沙ちゃんは瞳を潤ませて私を見ている。


「……」

「どうだった? 期待外れだった?」


 すっごくドキドキして、自分の唇なのに全然感触もわからなかった。でもわからないのに、何だかすごく気持ちよくて、幸せな感じがした。

 だけど不意打ちの理沙ちゃんがどう感じたか、私と同じように幸せに思ってくれたのかはわからない。だから率直に尋ねてみたのだけど、理沙ちゃんはすぐには答えずゆっくりと口を開けた。


「……あ、あ、あの、あの、あ、ああ、あー」

「ちょ、ちょっと、恐いから壊れないでよ」


 開けたはいいけど、あ、しか言わないのほんとに怖い。顔は照れてて可愛いままなのに、めちゃくちゃ目も泳いでるし。

 私は軽く理沙ちゃんの頬を引っ張ってぐにぐにして正気に戻す。


「う、こ、壊れてない。あの、その……お、怒らないで、聞いてほしいんだけど」

「なに?」


 真っ赤なまま何とか再起動したっぽいので頬を離して促すと、理沙ちゃんは目をぐるぐる回しながらまた口をぱくぱくさせる。


「その……あの、その、ね? えっと、よくわからなかったから、もう一回、してほしい、な?」

「んっ、う、か、も、しょ、しょうがないなぁ! 理沙ちゃんは! ほんと、しょうがないんだから……」


 挙動不審なのに、その言い方といい仕草と言い、可愛すぎてもう私は自分を抑えきれなくなって、ぎゅっと一度理沙ちゃんを抱きしめてから頬にまたキスをした。


「う、あ」

「もう、ほんと、可愛いんだからっ」

「あ、あうう……」


 さらに二回キスしたら、理沙ちゃんは目を回すみたいに揺れてきた。ずっと真っ赤だけど、まるでお風呂につかったみたいに火照っていてふらついている。


「理沙ちゃん、大丈夫?」

「う、うん……でも、あの、ちょっと、ご、ご褒美がすごすぎて、くらくらしてきたから。その、ちょっと、休憩させて」

「うん、わかった。じゃあ膝枕してあげるね。ゆっくりしていいよ」

「う……お、お願いします」


 ソファに座りなおし、理沙ちゃんの手を引きながら膝に誘導する。理沙ちゃんはゆっくり私の膝に近寄るので、繋いだままの手を離さないよう理沙ちゃんの頭をくぐらせながら膝にのせた。

 理沙ちゃんの胸の前で手を繋いでいる状態で、右手でそっと理沙ちゃんの髪を撫でる。


「ねぇ、理沙ちゃん」

「な、なに?」

「……えへへ、なんでもない。可愛いね」

「……春ちゃんの方が、可愛いよ」

「ふふ。嬉しい」


 なんだか理沙ちゃんを膝枕してるだけでも嬉しくなってしまって、なんかふわふわした気分で名前を呼んで戯れてみた。楽しい。ずっとこうしていたい。


「…………あの、今日、楽しかったね。その……もっと、頑張るよ」

「ん? どうしたの。バドミントンそんなに楽しかった?」


 理沙ちゃんの急な努力宣言に私は首をかしげる。今日楽しかったのは全然いいし、またしたいって言うならいいけど。もっと頑張るってなに。そんなにはまったのかな。


「ば、バドミントンじゃなくて、その……また、その、ご褒美もらえるよう、頑張るっていうか……ご、ごめん。なんか、その、それ目当てみたいになちゃったけど、あの、その、つまり……理沙ちゃんの、自慢の恋人になれるよう、頑張るから」

「……うん。私も頑張るね」


 理沙ちゃんの言葉は、私の心に沁み込んでいくようだった。自慢の恋人。理沙ちゃんはもう立派な大人で、私に比べたらずっとすごい人で愛されるに十分な人なのに。

 そんなに私を思ってくれてる。私を評価してくれてる。そう思うと、私ももっともっと頑張らないと。そうして理沙ちゃんの恋人として少しでも長くいられるよう、努力しよう。


 そう素直に思った。そして、理沙ちゃんのことがもっともっと大好きだなって思った。


 それから足がしびれるまで膝枕をしてあげて、その後は交替して私がしてもらった。理沙ちゃんに撫でられながら、大好きって気持ちがどんどん大きくなっていくことが不思議に思えた。


 もうとっくに、理沙ちゃんのこと大好きだったのに。恋人としても大好きだって思って、しんどいくらいだと思って、でもまだ、それ以上に好きになっていってる。不思議なくらい、大好きだ。


「あ、ねぇ理沙ちゃん、逆にね、私が頑張った時も、ご褒美くれなくちゃ嫌だからね」


 膝枕を終えて、そろそろご飯の用意はじめようかな、ってくらいの時間、ちょっとだけ気恥ずかしくてソファの上で普段より距離をとって座った状態でそう伝えた。さっきも、ご褒美をもらうってだけで、するって話全然でなかったし。

 してあげるのはいいけど、私も、まあ、すぐは恥ずかしいけど、してもらいたい気持ちはあるし。


 案の定というか、理沙ちゃんは全然そんなの想像もしてなかったみたいで顔をあげて目を見開いて驚いている。


「えっ。わ、私からそんな、あの、でも……は、春ちゃんが言ったんだよ? その、小学生に手を出しちゃ駄目って」

「ちょ、ちょっと、変なこと言わないでよ。手って。ほ、ほっぺにちゅーくらいなら、手とか、そんなんじゃないって」


 手を出すっていったら、もっとこう、えっちで取り返しがつかないことでしょ? 手籠めにする的なことでしょ? ほっぺにちゅってキスしただけでそんなの、べ、別に、恋人ならこのくらいは普通のことでしょ。

 私の主張に理沙ちゃんは落ち着きなく自分で自分の顎をなでだす。


「そ、そうかな。大丈夫かな?」

「えっと……ご褒美なら、大丈夫だよ」

「そ、そっか……そ、それって、い、今するのは」


 理沙ちゃんはしきりに顎をなでながら、ちらちら私をみてそんなことを言い出すけど、ぎょっとして思わず膝を抱きしめて三角座りになってしまう。


「い、今は駄目。ご褒美じゃなくて、したいだけでしょ。えっちなのは駄目なんだから」

「あ、は、はい。あの、気を付けます」


 敬語になっちゃう理沙ちゃんに思わず笑って、私はそっと膝を抱えたまま頷いた。


「うん、今度、ね」

「……うん、頑張る」

「うん……私も、頑張る」


 今日で、またちょっと恋人っぽくなれた。そんな気がした。えへへ。幸せ。

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