ピクニック

 ピクニック当日。とてもいい天気で、これは公園日和だ。午前中に到着した私たちは、軽く柔軟をしてからさっそくバドミントンを始めた。

 もちろん試合なんかじゃなく、お互いに撃ちあってどれだけ続くかが目的だ。理沙ちゃんは運動神経が悪いわけではないけど、身長差やちょっと風があるのもあってなかなか続かない。


「あー、理沙ちゃんたかーい」

「ご、ごめん」

「いや、本気で謝られたら重いから、もっと軽くして」

「え? ご、ごめーん」


 風を無視したかったのか強めに私の頭上を高く超えていったので軽く文句を言ったんだけど、何故か理沙ちゃんが頭を搔いて小首をかしげながらわざとらしく謝りなおすと言う珍しい姿をみることになってしまった。

 リテイクって意味じゃなかったんだけど、まあいいや。


「そんな感じー。じゃ、次いくよー」

「い、いーち」


 ぽん、と理沙ちゃんに向けてシャトルを発射。理沙ちゃんは下から山なりになるよう打ち上げる。ちょっとだけ下がって上からはじくように返す。


「にー」

「さーん」

「しー」


 と数えていって、10回まではそこそこ安定してできる様になったころにはお昼の時間を過ぎていたので昼食にした。


 公園は家から歩いても30分くらいの距離にある、試合とかする大きめの体育館とかもあるところで、私たちと同じように遊びに来ている人も少なくない。お花見シーズンに比べたら梅雨の合間だしずっと人はいないし、こうしてちゃんと隅のベンチに座ることもできる。

 レジャーシートは私の一人用しかないから、二人だと狭いかなって出発する段階になって気づいたんだよね。よかった。


 今いる運動場みたいなところと別の方には公園らしい遊具エリアもあるし、公園を一周していく遊歩道コースもある。今いる芝生のとなりには石畳で噴水があってちょっとしたお店も出ているし、午後はそっちにも足をのばしてもいいかな。

 とか後のことも考えつつ昼食をとる。

 昼食はおにぎり、卵焼きのシンプルなものだ。日曜日でお休みだし、理沙ちゃんも手がかかるなら買えばいいし、みたいなスタンスだったので普段のお弁当より簡単にした。たまにはこういうのもいいよね。


「こうやって外で食べるのも、たまにすると美味しいよね」

「うん……春ちゃんのお料理は、どこで食べても美味しいよ」

「それはうんじゃないんだよねぇ。まあいいけど、食べ終わったらどうする? 一回散歩でぐるっと回る?」

「……あの、これ、もってきた」

「ん?」


 理沙ちゃんは口の中をもごもご飲み込んでから、自分のリュックを引き寄せて丸いものを取り出して私に渡してきた。受け取ると柔らかい素材で、これは、なんだっけ、あ、そう。フリスビーだ。

 ぐっと力をいれると軽く曲がる。そうして手遊びしながら私は理沙ちゃんを見上げる。


「フリスビーで遊ぶってこと? こんなの持ってたんだ」

「ううん、あの、先輩に借りた」

「ほうほう。いいね。理沙ちゃんこれやったことあるの?」

「ない、でも、簡単だって」


 私もない。でもまあ、面白そうだしいいよね。相変わらず社長先輩と仲がいいっぽいのもいいことだ。食べ終わって片づけてから、早速フリスビーで遊ぶことにした。


「は、いいけど。でもこれ、どうやって遊ぶのかな。やっぱりお互いに投げ合うの?」

「多分」


 と言う訳でやってみた。


「わっ! これ思ったより飛んじゃうね。ごめーん」

「大丈夫ー」


 さっきのバトミントンの距離でやると想像以上に早く、理沙ちゃんの頭上を越えていってしまった。理沙ちゃんは珍しく大き目の声を出して駆け出し、落ちたのを拾って手をあげた。


「ーー」


 よく聞こえないけど何か言いながら理沙ちゃんは遠く離れた場所からフリスビーを投げた。


「おおっ」


 私のは上手く風に乗っちゃったのかな、と思ったけど、反対からの理沙ちゃんもするーっと飛んできた。ちょっと高いかな、と思ったけど近づいてくるにつれて降りてきたので、右にずれて位置を調整しながら待つとちょうど目の前にきた。


「ぬっ! い、意外と難しい」


 つかめた、と思ったのに手ではじく形になってしまった。拾って理沙ちゃんに向かって、一度手をあげて合図してから投げた。


「ーー」

「むう」


 今度はちょうど理沙ちゃんのところに届いたフリスビーを理沙ちゃんは危なげなくキャッチした。先を越された。ちょっと悔しい。


「もういっかーい!」


 聞こえるかわからないけど、理沙ちゃんに声をかけて催促して投げてもらう。

 そんな感じにしばらく続けると、ちゃんとキャッチして返してってできるようになってきた。もちろん風が強かったり、普通に間違って手前に落ちちゃったり、左右に行きすぎたりとかして、簡単にはいかないからこその面白さがあった。


「ふぅ……理沙ちゃーん、おしまいにしよ」


 そんな面白さを一通り堪能したけど、ちょっと疲れたし、折角デートなのにあんまりお話できないし、このくらいでいいでしょ。私はキャッチしたフリスビーをおろして、手を振りながら理沙ちゃんに駆け寄る。理沙ちゃんも気づいて近寄ってきてくれたので合流して普通に声をかける。


「理沙ちゃん、そろそろやめよっか。休憩しよ」

「うん、そうだね」


 荷物を置いておいたさっきのベンチに戻って腰かけてひとまずお茶を飲む。


「ふぅ。理沙ちゃん楽しかった?」

「うん。一生懸命動いてる春ちゃん、可愛かった」

「うぅん? えっと、ありがと」


 理沙ちゃんちょいちょい楽しみ方違うよね。楽しんでるならそれはそれでいいけどさ。


「でもお喋りできないし、フリスビーはこの位にして、散歩がてら一周しない? そしたらおやつにあっちでなんか食べようよ」

「あ、そう、そうだね。うん。じゃあ、そうしよっか」


 理沙ちゃんとデートで散歩、と言うのは改まって考えると初めてかもしれない。移動はもちろんしてるけど、目的地までの移動であって散歩とは違うもんね。

 遊歩道部分を歩いていくと、なだらかな坂道になっていて左側はさっきいた運動エリアでテニスコートが下に見えてきた。右側は木々が生えていて、ちょっとした森林浴気分だ。


 ちょっと涼しくて気持ちいい感じで、何となく周りをみていると隣の理沙ちゃんが後ろからふいた風で髪が肩にかかったのを後ろに払うのが目に入った。

 その手を見て思い出した。すっかり家で手を繋ぐのにもなれたけど、目的はデートの時に手を繋ぐことだった。


「ねぇ理沙ちゃん、手、繋がない?」

「え、あ、う、うん」


 もうなれたし、と思って軽い気持ちで提案すると理沙ちゃんは緊張したように手のひらをズボンにこすりつけてから手を出してきた。

 家だともうそんなことしてないでしょ。と思いつつ、何だか私まで照れがぶり返してきてしまう。


「……」


 でも私から誘ったのだ。つながらないわけにはいかない。そっと理沙ちゃんの手を取った。理沙ちゃんの手は運動の後だからか、ちょっと火照っている感じだ。


 座って手を繋いでいるのと違って、歩いていると身長差とか、歩幅の違いとか、歩くリズムの違いがダイレクトに伝わってくる。なんだろう、この感じ。家とは違って、ちょっと変な感じ。

 外気の気持ちよさも、何だか恥ずかしく感じてしまう。だって何気なくしたけど、理沙ちゃんと手を繋いで歩いてると、まわりにデートって宣伝してるみたいな気がしてきてしまう。

 もちろん、私と理沙ちゃんが手を繋いだって、普通に姉妹とか仲がいいと思われるだけでそう言う発想にはならないって頭では思う。

 でも……。


「……あの、理沙ちゃん、その……お、思ったより照れるね」

「う、うん……でも、その、た、楽しいね」

「……うん」


 理沙ちゃんの言葉に、やっぱり照れくさいからやめようかって言う気持ちは失せた。だって確かに、私も楽しい。

 理沙ちゃんの方を見なくても、理沙ちゃんのことがわかる。そんな感じがして、ちょっとした動きがわかるのが、なんとなく嬉しくて、楽しい。


 うん、デートっぽくて、楽しい。


「理沙ちゃん、やっぱり木があると空気が気持ちいいね」

「う、うん。そうだね……ごめん、やっぱりわからない」

「え?」


 ちょっとずつなれてきてそう言うと、理沙ちゃんは一度頷いてから否定した。そう言う流れでもないでしょ、と思いながら見上げると、理沙ちゃんは頬を染めながら空いてる左手で頬をかいている。


「て、手を繋いでるから、ドキドキして、空気とかちょっと、わからない」

「あー、はい」


 理沙ちゃんはほんと、そういうとこ素直すぎるよ。まあ、照れてるとことか、可愛いし、またドキドキしちゃうけどさぁ。


 ちょっと気持ちを紛らわして、人から見ておかしく見られないようぽつぽつ会話しながらも、なんとか一回りする頃には心臓も落ち着いた。


「あ、春ちゃん。おやつ食べるって、言ってたよね? 何食べたい?」


 理沙ちゃんが噴水広場周りに出ているお店を見てそう声をかけてくれた。理沙ちゃんもデートで手を繋ぐのになれてきたみたいだ。やっぱり、実際にした方がなれるんだね。あんずるより、うむがやすしってことだね。


「うーん、喉乾いたし、ソフトクリームは?」

「ん? うん、じゃあそうしよっか」


 ソフトクリームを買った。お会計の瞬間まで手を繋いでたことに遅れて気が付いて、店員さんに見られたのはちょっと恥ずかしかったけど、とにかく買ったし、噴水近くのベンチに座れたのでよしとする。


「じゃあ食べよっか」

「うん……あの、食べてる間も、手、繋いでちゃ駄目かな」

「え……だ、駄目じゃないけど、食べにくくない?」


 ソフトクリームは片手で持って食べるとはいえ、左手で持ってるとふいにバランス崩しそうになったりして危ないんだよね。

 手を繋ぐのはいいけど、ソフトクリームを落としたらもったいないからさり気なく断ったんだけど、理沙ちゃんは平然としながら左手でソフトクリームを持った。


「私、両利きだから」

「え? そうなの!?」

「う、うん。普段右しか使わないけど、元々左利きだったみたい」

「そうなんだ。右も使えるようにするの大変じゃなかった?」


 そう言えば昔は左利きから右利きに矯正するって聞いたことあるような。まあ今もだけど、右利きの人間の方が多いから、その方が楽って言うのはあるかもだけど。

 だけど私の質問に理沙ちゃんは不思議そうに小首をかしげた。


「うーん? 別に。私だけ逆にするのも変だから、普通に右を使うようにしてたら、いつの間にかできてた」

「えぇ……えぇ? ほんとに左利きだったの?」

「うーん、少なくとも右と左で同じことはできるよ。字とか、お箸とか、その……だから、いいかな?」

「う、うん。じゃあ……繋ごうか」


 いつもより積極的な理沙ちゃんに、そこまで言うなら私も拒否することはない。そっと左手を出した。理沙ちゃんの右手に握られる。

 私はそれを見ながらソフトクリームを舐めて、あがりそうな熱を抑えた。

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