1-27 配達完了

 結局、フィリッツたちのその日の午後は、映画鑑賞で終わった。

 いや、フィリッツに関して言えば、半分ほどは『昼寝で終わった』と言うべきかもしれない。

 セイナと二人してソファーに並んで座り、映画を見ていたのだが、八日間も続いた訓練の疲れ、それに午前中に行った水泳の疲れが出たのか、比較的すぐに寝落ちしてしまったのだ。

 結果、夕方になりフィリッツが目覚めた時には、セイナの膝枕状態だったのだが、彼女の機嫌がそう悪くなかったのは、二人の関係性故だろう。

 一緒に映画を見ているのに、ほとんど見ずに寝てしまうとか、下手したら喧嘩になる事案である。

 しかも女性の膝枕で寝るとか、別の意味での事案である。

 ――相手次第では。


 そんな風に息抜きをした翌日以降も、彼らの行動にあまり変化はなかった。

 体力作りを兼ねてスポーツをしたり、勉強をしたり、映画などを楽しんだりの日々。

 『一度資格を得れば、比較的楽に稼げる』と言われる宇宙船員であっても、普通の会社に就職すれば書類仕事なども回ってくるのだが、半自営業であるフィリッツたちにそんな物はなかった。

 ……いや、正確に言うなら、『ほとんどない』、か。

 社員はフィリッツとセイナのみ、しかもほぼ常に行動を共にしているため、社内で必要になる書類という物は存在しないが、対外的には多少の書類は必要になる。

 具体的には、運送業務の契約書類と税務関連の書類である。

 とはいえ、前者はほぼ定型化されているため、契約時と荷物の引き渡し時の僅かな時間で処理は終わる上、後者も基本的にはAI任せ。

 決算時には、申告に必要な書類を自動で作ってくれるようになっている。

 税務関連の書類がなければ、怖い人たちがやって来て面倒なことになるため、適当な会社であってもこれだけは必須な作業である。

「株式会社だし、本当はIRをしないといけないんだけど……株主は身内だし、里帰りのときに口頭ですればいっか」

「IR……言葉ぐらいは聞いたことあるが、どんなことするんだ?」

「う~ん、ザックリ言ってしまうと『私たちはこんな良いことをしました。これからはこんな良いことをする予定です。だから株を売ったりしないでね』と株主にお願いする、かしら?」

「滅茶苦茶ザックリだな!?」

「実際、そんな感じだしねぇ。もちろん、それに数字的な裏付けをつけたりするんだけど。あとは『良いと思ったけどダメでした。ごめんなさい』ってのもあるわね」

 表現はともかく、IRは会社の自己ピーアールであり、投資家から資金を集めるための広報活動であるため、セイナはそう間違ったことは言っていなかったりする。

 つまり資金集めが必要なければ、手間をかけてIRをする意味はほとんどないのだ。

 株式を公開すればまた話は別なのだが、株主に身内しかいないネビュラ運送には全く関係ない話であった。


 サクラがケルペータ星系の範囲に入った後も、幸いなことに、フィリッツが少し懸念していた宇宙海賊の襲撃はなかった。

 もっとも、サクラの運行速度を考えれば、それはある意味で必然。

 ソルパーダの近辺でフィリッツたちが仕事を請けた情報を得たならば、ケルペータ星系に先回りすることはまず不可能であるし、運良く多少近い場所にいたとしても、よほどケルペータ星系の近くでなければ先回りできないほど、サクラの速度は速い。

 そして、宇宙海賊が常駐するにはケルペータ星系は辺境にすぎる。

 あえてメリットを上げるとするならば、取り締まりを行う宇宙軍が滅多に来ないという点だが、そもそも獲物となる商船もまた非常に少ないのだ。

 こんな所に常駐していては、安全に稼げるどころか、早晩干からびてしまうことだろう。

 そのため、フィリッツたちが本当に警戒するべきは、積み荷を引き渡して帰る時ということになる。

「さて、そろそろデルポルスだが、サクラ、相手先への連絡は?」

『到着予定時刻を連絡済みです。地上倉庫駐機場へ直接降りてくれ、とのことです』

「ありがとう。……ん? この船が直接下りられる駐機場があるのか? 倉庫に?」

 宇宙というスケール感では中型に分類されるサクラも、その大きさは全長約二四〇〇メートル、全幅約三四〇メートルである。

 つまり着陸しようとするならば、最低でもそれ以上に広い、平らな土地が必要なのだ。

 そのため宇宙船が大気圏内に降下する場合は、何もない海上か、専用に整備された場所へと降りることになる。

 普通は直接倉庫に乗り付けてくれ、なんてことを言われることはない。

 だが、そんなフィリッツの疑問に対しサクラが返したのは、肯定だった。

『はい。中型までなら可能なようです』

「まだ土地が安いから、まとめて買い取ったんでしょ」

「あぁ、なるほど。使わなければ倉庫を建てても良いわけだしな」

 ほとんどの場合、軌道上と地上を往復するのはシャトルの役目で、そのサイズは大型機でも一〇〇メートル単位。キロメートル単位の中型宇宙船とはまったくサイズが違う。

 それを考えれば、中型機が降りられる駐機場を整備するのは無駄なのだが、宇宙船に滑走路などの地上設備は必要なく、ある程度の平面に平してあれば降りられる。

 今後利用予定があるのなら、大したコスト負担でもないだろう。

『デルポルス、大気圏に侵入します』

「了解」

 そんなことを話している間にもサクラは仕事を熟し続け、サクラの操縦で大気圏への進入が開始された。

 進入の基本的プロセスとしては、大気圏外で目的地上空まで移動して、対象の惑星の自転速度に船を同期させてから垂直降下を行うことになる。

 重力制御装置グラビティ・コントローラがない場合は減速のために大気圏への進入角度の調整や他のエンジンを使用しての減速など、より面倒な方法を取る必要があるが、重力制御装置の場合は、それらをスッパリと無視できる。

 エネルギー効率だけを言うのであれば、重力制御装置を使う場合もそれらの手法を使えば良いのだが、外殻へのダメージなど、総合的に考えれば経済性は微妙だろう。

『現在、毎秒五〇〇メートルで降下中です』

「外殻温度は……一二八度か。もう少し速くても良いが……ま、急ぐわけでもなし、サクラに任せるか」

 宇宙船のステータを軽く確認し、フィリッツはゆったりとシートに体を預け、船外映像を眺める。

 そこに映る範囲で見れば、デルポルスは海と陸の割合が半々ぐらいに見えるのだが、実際にはやや陸地が多い惑星である。

「かなり緑が多いな?」

「着陸地点は赤道付近だから。極地あたりはやっぱり不毛地帯よ」

「なるほど……それでもこれだけ緑があれば、将来的には発展しそうだな」

「そうね。だからこそプロゾンも倉庫を作ったんだろうし」

『降下速度、毎秒一〇メートルに減速。高度一〇キロを切りました。一五分ほどで着陸予定です』

「了解。着陸地点の映像を」

『はい』

 フィリッツの指示に合わせて、即座に表示された映像は――

「デカいな!?」

「さすがプロゾン、無駄に広い倉庫を作るわね……」

 森がポッカリと切り取られたその場所は、下手をすれば町が一つ作れそうなほど。

 その土地の広さから考えれば数は少ないが、この辺境には不釣り合いなほど巨大な倉庫がいくつも建ち並んでいる。

 それでもまだ十分に空き地が残されているため、サクラほどの大きさの船であっても、着陸するのにまったく問題はないだろう。

「この星の人口なんて、まだまだ少ないだろうに……」

「一応、この星系の先にも開拓を広げる予定はあるみたいだし、この星だけじゃなくてハブにする予定なんでしょ」

「それって数年単位の話じゃないだろ? 最低でも数十年、下手したら数百年単位になると思うんだが」

「歴史が長い会社だから。それぐらいの単位で計画を立てるのかもしれないわね」

「う~む、さすがに数千年単位で続く会社はレベルが違うなぁ」

 辺境惑星の土地は安いとはいえ、そこにこれだけ巨大な倉庫を建てるコストは当然かなりの額となる。そしてその投資のリターンが得られるのは百年単位での未来。

 普通の会社であれば、そのような超長期投資はなかなか許容されない。

 特に株式会社の場合、短期での利益を求められることも多いため、よほどの安定株主がいなければ難しい。

 プロゾンもまた株式会社であり株式公開もしているのだが、それでもこのような投資が行えるあたり、長期にわたって成長を維持してきた故の信頼性の高さが物を言うのだろう。

「(俺も見習う必要……はないよな。俺の会社なんて、多分、俺が引退したら精算するし?)」

 フィリッツは『凄いなぁ』とは思いつつも、零細会社の自分には関係ないと、半ば呆れたようにため息をついた。


『プロゾンはやはりプロだった』

 それが荷物の引き渡しを終えた後の、フィリッツ、セイナ、二人に共通した感想だった。

 サクラの着陸まで五分を切ったあたりで相手側からコンタクトがあり、無線越しに挨拶を行い、簡単な打ち合わせ。

 着陸と同時にランプウェイを降ろすと、コンテナキャリアーが列を成してやって来て、僅かな時間ですべて倉庫に格納してしまったのだ。

 その間、フィリッツたちは相手先の人と雑談をしていたのだが、その結果判ったのは、この巨大な倉庫に常駐している人員は、その人も含めて僅かに三人。

 その他の作業はすべて自動化しているということだった。

 大半の作業をAIに任せるのはこの時代ではごく普通のことではあるが、それでもこれだけの設備を作って従業員が三人しかいないのは、かなり少ない。

 その疑問を口にしたフィリッツに返ってきたのは、『この辺境ではこれでも採算ギリギリ』という答えだった。

 だが、それも当然ではある。

 デルポルスの人口は未だ一千万そこそこ。そこにこれだけの倉庫を作ってしまえば、可能な限りコストを切り詰めなければ採算なんて取れないだろう。

 いや、むしろ赤字になっていないだけでも驚異的かもしれない。

 さすが宇宙規模の通販会社は違う。

 改めてそう認識しながら、フィリッツたちはデルポルスを後にしたのだった。

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