1-26 配達業務 (2)

 セイナによるフィリッツへの指導は、船員エリアにあるトレーニングルームで行われた。

 広さはやや大きめの体育館ほど。無重力から高重力まで自在に設定でき、クライミング設備なども揃っているため、訓練には最適なのだ。

 さすがにインストラクターの資格を持っていると言うだけあって、セイナの行った指導は的確だった。

 歩くことから始まり、走る、跳ぶ、壁面の走り方やスラスターを使った水平移動、果ては徒手格闘技まで――。

「って、ちょっと待て!」

「え、なに?」

「必要か? 格闘技!」

 素直に指導を受けていたフィリッツだったが、指導の内容が格闘技に及んだ時、ハッと気付いたようにセイナに抗議した。

 軽くマットに転がされた彼を見下ろしつつ、セイナはこてんと首をかしげて『当たり前でしょ?』みたいな表情を浮かべているが、フィリッツは不満そうな表情を浮かべて彼女を見返す。

「ちなみに、これ以降の予定は?」

「無重力格闘術と高重力格闘術、銃器の扱いまでやれば一応、初期プログラムは終了よ」

「俺、民間人! 第一、銃器なんてないだろうが!」

「あら? 見てない? もちろん買っておいたわよ?」

「マジか……」

 フィリッツが自身のPNAから情報を呼び出してみると……確かに購入品リストの中に銃器類が含まれている。しかも、結構な数。

「さすがに個人用の携行武器しか買えないけど、自衛手段は必要よ」

 セイナとしては、用心のために購入しただけで、フィリッツにまで訓練させる予定はなかったのだが、彼が宇宙海賊の話をしたためにやる気になってしまったらしい。

「大丈夫! 半月あれば新兵訓練プログラムは終わるから!」

「……ちなみにそれって、普通どれぐらいかけて終わらせるんだ?」

「え? 一ヶ月」

「スパルタかよっ!」

 しれっと答えたセイナに、フィリッツが片手でビシリとツッコミを入れるが、その手はパシリと受け止められて再びコロンと転がされてしまう。

「……なあ、ツッコミぐらい受け止めてくれても良くない?」

「座学とか、他のカリキュラムも含めて一ヶ月だから。これだけならそんなに掛からないわよ。私も一〇日で終わったし」

 フィリッツの抗議はサクッと無視して、セイナはこともなげにそんなことを口にする。

 軽く言っているが、当然、普通はそんな短期間で終わるようなものではない。

「……それって、お前の場合、他のカリキュラムも含めてだよな?」

「そうね」

「くそっ、この天才め!」

「はっはっは、そう褒めないでよ」

 フィリッツの気持ち的には、半ば以上に皮肉であり、全く褒めてはいない。

 褒めてはいないのだが、彼女の学習能力の高さは幼馴染みであるフィリッツが良く理解していた。

 実際セイナは、通常一ヶ月のカリキュラムを一〇日で終わらせた後は、残りの二〇日でインストラクターの資格まで取得したのだから、大概である。

「ま、実際、訓練してできないレンジャーはいないから、フィーもできるようになるわよ。フィーだって、筋は悪くないわよ?」

「……本当に?」

「うん。(ま、できないとレンジャーになれないだけだけど)」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、なにも? さあさあ、がんばろ! 目標は一〇日で! 訓練時間的には新兵訓練の一ヶ月と同じだからね」

「おう。そうだよな、普通のヤツができるなら、俺もできるよな!」

「その意気、その意気!」

 それからもフィリッツは毎日訓練を続け、セイナがつきっきりで教えてくれたおかげもあり、課せられたカリキュラムを八日で終えることができたのだった。


 もっとも後日、セイナの課したカリキュラムは対テロ鎮圧特殊部隊の白兵戦用のもので、大半の艦隊勤務兵士は修了していないと聞いて愕然とするのだが。

 宇宙船に乗って戦うのが主任務である宇宙軍が、直接戦闘をする機会がほとんどないのは当然のことなのだ。


    ◇    ◇    ◇


 セイナがフィリッツに課した宇宙服と汎用移動装置の慣熟訓練は、なかなかに厳しいものだった。

 ひぃひぃ言っているフィリッツを良い笑顔で追い込むセイナに、フィリッツは内心、『実はコイツ、ドSなんじゃ?』などと思っていたのだが、もちろんそんなことはない――かどうかは判らないが、実際に軍で行われる訓練と比べると、それは随分と優しいものであった。

 それでもしっかりと基準はクリアしているあたり、フィリッツの学習能力も十分に高いのだが、昔から一番の比較対象がセイナであったため、彼はそのことをあまり認識していないのだが。


 そんな訓練を終えた翌日、フィリッツとセイナは息抜きと疲労回復を兼ねて、プールサイドでのんびりとくつろいでいた。

「はぁ~~、転職して正解だったわ」

 リラックスした表情でデッキチェアに寝そべり、セイナはドリンクを口にする。

「そいつは良かった。後悔してる、とか言われたら俺もヘコむ」

「言わないわよ。きっかけはフィーだけど、決めたのは私だから。この環境も良いしね」

 周囲の前面ディスプレイに映るのは、南国の空と海。

 給仕役としてサポートロイド。

 見た目だけは高級リゾートである。

 ちなみに、宇宙船員による航海中の飲酒は推奨されていないため、真面目なフィリッツは当然ノンアルコールである。

「セイナ、お前は飲みたかったら飲んでも良いんだぞ?」

「お酒のこと? こんな状態だけど私も一応勤務中だし、フィーも飲んでないから別に……。それに、そこまでお酒好きじゃないから」

「そういえば、飲んだのは実家に帰ったときぐらいか」

 セイナのこれまでの行動を思い出し、フィリッツも納得したように頷く。

 海から水を汲み上げている時など、これまでも暇な時間はかなりあったのだが、その間、セイナが酒を飲むことも、フィリッツを飲みに誘うこともなかった。

 フィリッツもまた特別酒好きということはなかったし、船長としての責任故に、港に停泊しているとき以外に飲むつもりもまたなかった。

「午後はどうする?」

「なんでもいいよー。部屋でゴロゴロでも良いかも。週休二日なら、今日明日ぐらいは、だらっとしてても良いと思うし?」

 セイナによって行われた訓練は計八日間。

 その間は休みの日もなかったわけで、それを考慮すれば数日休んでも罰は当たらないだろう。

 もっとも荷物の受け渡しのとき以外、休もうと思えば大半の時間を遊んでいられるのがフィリッツたちの職業なのだが。

「そういえば荷物の受け渡しだけど、『地上引き渡しなら追加料金を払う』って言ってきたけど、どうする?」

「地上引き渡しか……」

 通常、荷物の運搬業務は、惑星の軌道上やその他の宇宙港などで引き渡す契約になっている。

 これはほとんどの宇宙船に大気圏降下機能がないためで、今回フィリッツたちが請けた仕事に関しても、デルポルスの衛星軌道上のプラットフォームで引き渡す契約となっている。

 その後の軌道上から地上への運搬は、その星を拠点としているシャトル運航会社が受け持つのが一般的である。

 だが、シャトルのペイロードと、恒星間航行を主体とする輸送船のペイロードでは全く規模が異なるため、必要な往復回数は多くなり、荷物の積み替えなどにも手間がかかるという問題点がある。

 それを考えれば、直接地表まで運んでもらえるのであれば、多少の追加料金など安いものだろう。

「相手さん、この船のスペックを知っていたのか?」

「ううん、私が売り込んだ」

 そう言ってドヤ顔でサムズアップするセイナに、フィリッツは苦笑する。

 ペイロードなどはともかく、サクラの詳細なスペックなど公開していないのだから、セイナが売り込まなければ、当然そんな話が来るはずもない。

 今後、ネビュラ運送の名前が有名になってくれば、大気圏降下が可能な船を持つことが知られるようになり、それを前提とした直接依頼が増える可能性もあるだろうが、現状ではそれを上手く売り込んだセイナの手腕を褒めるべきだろう。

「ってことは、十分に利益があるってことか?」

「もち。がっぽがっぽですよ」

 頬を緩めて、うへへ、と笑うセイナ。

 ちょっとだらしない笑みではあるが、それでも可愛く見えるのだから、美人は得である。

 フィリッツはそんな彼女を見て苦笑を浮かべ、頷いた。

「それじゃ、地上渡しにするか。儲かるならやらない理由もない」

「了解、それじゃ連絡しておくわ」

 早速PNAをポチポチと操作し始めたセイナを横目に見ながら、フィリッツは午後の予定を考える。

「(そもそもプール自体、セイナに持久力が足りない、と言われたから来たんだよなぁ)」

 のんびりと過ごしていた風なフィリッツたちだったが、実のところ午前中はがっつりと泳いでいたりする。

 訓練中にセイナに指摘されたこともあるが、フィリッツとしては実家に戻る時、空港内を走り回った時点でセイナに体力面で負けていることを自覚していたので、体力作りの必要性は実感していたのだ。

 彼も訓練校時代に運動を疎かにしていたわけではないのだが、どちらかと言えば勉強の方に力を入れていたことは否定できない。

 とはいえ、急に無理をしても体力が付くわけでもなく……。

「午後からは映画でも見るか? 映画館じゃなくて、俺の部屋のディスプレイだが」

 セイナがPNAの操作を終えるのを待ち、フィリッツがそう提案すると、セイナもまんざらでもなさそうな表情で頷いた。

「あー、それも良いわね。フィーの部屋のディスプレイも十分に大きいし」

 フィリッツが居室としている艦長室は、いくつかの部屋の壁面が大型ディスプレイになっている。

 本来はブリーフィングなど、業務に使用する物であるが、もちろん映画鑑賞などのアミューズメント用途でも使える。

 さすがに映画館ほどの大迫力はないが、通常では十分なサイズではあるし、お手軽さは圧倒的に上である。

 同じ船内でも映画館まではかなりの距離があるし、気軽に寝っ転がって見ることなんてできないのだから。

「それじゃ、午後は映画な。何か見たい物があったら持ってきてくれ」

「うん。適当に持っていくわ。結構持ってるからね、ちょっと悲しいことに」

 軍人はその仕事の性質上、緊急招集がかかることもある。

 そのため、趣味も室内で空き時間に行える物に偏りがちで、セイナも映画や書籍など、容易に停止・再開が可能なコンテンツはそれなりの数持っていた。

 対して、勉強に忙しかったフィリッツはほとんど持っていなかったのだが、前回の報酬が入った時に、航行中に暇な時間ができることを見越して、かなりの数をまとめ買いしていた。

「取りあえず俺も、何か見繕っておくかなぁ……」

 そう呟いたフィリッツは、PNAに表示されたリストを見つつ、ピックアップを始めるのだった。

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