その9「パーティルームのお話」

 おれは今、ひとりでカラオケボックスに居る。

 元々は幼馴染と来る予定だったのだが、幼馴染に急用が出来て遅れる事になった。彼女は何を思ったかおれに「先に歌ってて!」とメッセージを残し、それからは音沙汰が無い。だから実質ひとりカラオケだ。

 まあ、ひとりカラオケ自体はいい。だが通された部屋が問題だった。

 今は運悪く満室状態。予約などしていなかったので、入れない事を覚悟していたのだが…空いている部屋はひとつだけあった。

 

 ズバリ、パーティルームだった。

 団体の予約は無いし、他の部屋が空くまでならという事でパーティルームに入ったのだが…めちゃくちゃ悲しい状況じゃねぇかコレ。

 パーティルームと言えば、三十人くらい入っても大丈夫なくらい広い部屋だ。その中に、二十歳を超えた男がひとり。手にはマイクと飲み物。連れは居ない。

 …実に悲しい。なんだこの悲しい状況は。

 そもそもこんなクソ広い部屋にひとりだけの時点でもう駄目だ。こんな物悲しい状況、他に無いと思う。何処に座ろうと自由だし、なんならソファに寝転がりながら歌う事だって可能なくらい広いのだが、その広さが今は憎い。訳も無く悲しくなってくるのだ。

 時間も限られているのでその物悲しさに耐えながら歌うのだが、当然の事ながら誰も聴いてくれない。広い部屋の中に虚しく響く歌声が悲しいし虚しい。普段は体験出来ないレアな状況だと分かっていても虚しいものは虚しいのだ。

 あれ、おかしいぞ…。

 ヒトカラなんて何度も行ってるのにな…。

 なのになんでこんなに虚しいんだ。

 ネガティブになりかけるが、とりあえず歌わないといけない。フリータイムじゃないし、時間制限付きなので歌わないと損な訳で。だから歌う。歌うのだがその度に虚しくなる。新手の拷問かなんかかよこれは。

 …ソロ焼肉なんて、これに比べればまだ楽な方に違いない。こんな、広い部屋でひとり寂しく歌うより焼肉の方がまだマシなんだよ多分。

 幼馴染からの連絡は来ない。もう誰でもいいから来てくれ。サイドメニュー頼んで店員さんが来てくれるとかそういうのでもいいから。いやでも店員さんが戻った後にひとりきりでサイドメニューを食べるのはおれだ。更に虚しくなる事は目に見えている。

 …こうなったら歌うしかない。楽しい歌を歌いまくって気分を上げるしかない!

 そういう結論に達したおれはその後ひたすら叫んで歌いまくった。多分部屋の外に音が漏れていたと思う。お騒がせしました。


   *   *   *


 幼馴染が到着した時、おれは歌いすぎてぐったりしていた。

 幼馴染はそんなおれを呆れた様子で見て、それから歌い始めた。その歌声を聴いた瞬間、今まであった虚しさが吹き飛んだ。それと同時に意味も無く安堵を覚える自分がいる。

 その時になって丁度部屋が空いたという事で部屋を移動した。やっぱりこの狭さがいい。程よい狭さがあってなおかつ隣に人がいる事って大事だ…切実に、そんな事を思った。

 これ以来、何だかパーティルームが苦手になったのだが多分気のせいだろう。そう思いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る