その8「緩やかに」
「へえ、じゃあ就職先決まったんだ」
「ああ、結構苦労したけどな」
ある日の事。
わたしと幼馴染であるふうちゃんは街中でバッタリ会い、立ち話もなんだからと近くの喫茶店に入った。
ふうちゃんとは高校まで一緒で、大学では別れてしまったけれど今でも時々話をする間柄だ。
長かった大学生活ももうすぐ終わり。既に就職先も決まり、卒論も提出し終えたので暇といえば暇だ。ふうちゃんも難航したものの就職先は無事に決まり、卒論も何とかなりそうとの事だった。
「でも、良かったよね。四年で卒業出来て」
「そこはマジで同意だわ。おれなんて、何回諦めそうになった事か…」
渋い顔になるふうちゃんを見て、わたしは笑う。彼は子供の時から全く変わらない。勿論外見は変化したのだけれど、中身は子供の時のままだ。
ふうちゃんはひとしきり文句を言った後、「そういえばさ」とわたしの顔を見た。
「なあに?」
「ちーは好きなヤツとか居ないのか?」
「いきなりどうしたのよ…」
珍しい。
普段は恋バナなんて滅多にしないのに。
「居ない、かなぁ。親しい男友達なんてふうちゃんだけだし、大学でサークルに入ってる訳でも無かったし、勉強一筋だったから…」
「そうか。いやまあ、特に理由はないんだけどさ」
ふうちゃんは頭を掻きながら、何処か安堵した様に言った。
「そういうふうちゃんはどうなのよ」
「おれ?おれは…居るよ、好きなヤツ…」
「え!?」
思わず声をあげてから、慌てて口を抑える。
ふうちゃんだって男だ。好きな人がいたっておかしくは無いし、そもそも彼は昔からモテる方だった。容姿もそれなりに整っているし、高校時代には告白された事も何回かあるらしい。本人はどちらかというと恋愛に興味が無い方だと思っていたが…どうやら大学生活も終わる今頃になって、ようやく好きな人を見つけたらしい。
「へえぇ、誰?」
「…そりゃあ言えねぇよ」
ふうちゃんはそっぽを向く。その頬や耳が真っ赤になっていた。どうやら恋愛に関してはウブな性格らしい。
そんなふうちゃんを見るのは珍しかったのでわたしは思う存分ふうちゃんをおちょくる事にした。
…それと同時に、ズキリと胸が痛む。
久しぶりに感じた、どきどきしてもやもやする気持ち。以前、ふうちゃんが女の子と親しげに話している所を目撃した時もこんな気持ちになったのを思い出した。
本当になんなんだろう、この気持ち。
…いや、誤魔化さなくても分かってる。
この気持ちは、きっと…。
* * *
(…やっぱり伝わらねぇか)
おれは心中でため息をついた。
目の前にいる幼馴染は首を傾げているが、実はおれが好きな相手はコイツだったりする。
小さな頃から一緒に居たけれど、ただの幼馴染という関係から進みたいと思ったのはいつだったか…気付いたら、コイツに特別な想いを抱いていた。
今まで告白された事は何回かあっても全て断り続けて来たのは、この想いがあったからだ。いっその事早く告白してしまえば良かったのだけれど…まあ、臆病なおれには出来なかったという訳だ。
せめて大学卒業までには…と思ってはいるけれど、やっぱり出来そうに無い。告白する事がこんなに勇気のいる事なんて、知らなかった。
それに…告白したら何かが壊れてしまいそうで、それが怖かった。
…でも、いつかは。
いつかは、目の前に居る幼馴染に伝えるんだ。
「好きだ」って…。
それまでは、まだ…この関係でいよう。
おれはひっそりと、そんな事を思った。
* * *
ふたりの関係は緩やかに変化していく。
今はまだ幼馴染だけど、きっとこの関係も変わる…筈だ。
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