第2話 来訪者

 この日、俺を含め人々はいつものような生活を過ごしていたであろう。街を歩いていた俺の耳には周囲の人たちからの話が嫌と言う程きこえた。

 今のトレンドは綿あめだとか有名なアマチュアボクサーが昨日、大会で優勝を果たしたとか、そんなごくごく普通の日常会話だった。

 今日は休日で、ただ自宅でごろごろしているのも少しもったいなく感じたので外に出たが今は8月の正午過ぎ、気温は40度を超えていた。訓練で体を鍛えているとはいえ少し体が堪えた。横目に入った公園にある噴水とかで元気よくはしゃぐ子供たちを見て唐突に小さかった頃を思い出していた。

 あの頃は世間知らずで毎日が新鮮だったなと思い、眩しい太陽がギラギラと照らすアスファルトの上でふと空を見上げた、そこには綺麗な入道雲が見え、飛行機雲が消えかかっていた。何故だかその風景は懐かしく昔住んでいた田舎を思い出し少し感傷的な気持ちになった。

 

 今は天涯孤独の身だが人の愛情を俺は知っていた。その中でも18歳の時に死んだ親父の存在が大きかった。レスキュー隊員だった親父は幾度となく現場に出ては多くの命を救いヒーロー的な存在だった。俺が中学に上がるときそんな、親父に一度だけ何故、自分の身を危険に冒してまで人を救うのかと尋ねると親父は俺にこう言った、一人じゃ人は生きていけない、だから人と人が手を取り合って支えあっていくしかない、俺にとってこの仕事が唯一、誰かの役に立つ、だから俺はいつでもあそこへ行くんだよ。と、その言葉を聞いた俺は子供ながらに胸が高揚したのを今でも覚えている。

 15歳になり高校へ進学をどこにするか考えている時に、学校から多くの高校から部活のスカウトが来ているという話を聞いた。親父の親友でプロ野球選手だった方の応援でよく球場に連れていかれた俺はその影響で野球を始めた。中学では代表で世界大会で優勝するなどの功績をあげた俺にスカウトが来るのを当然、予想していたが俺は多くの高校から来たスカウトの話を断った。


 俺にはやりたいことがあった。それは親父のように誰かを救える存在になり、誰かを守れる人間になりたかったからだ。だから俺は地元を離れ、憧れだった日本では唯一、東京にある全地球防衛組織が運営する大学付属の高校へ行くことを決意した。

 それにそこは強豪ではないが一応、硬式野球部もあるので別にそこから甲子園を目指すのも悪くはないと思っていたのも理由の一つだった。

 そもそも全地球防衛組織(Global Earth Defense Organization略してG.E.D.O)とは、すべての地球に関わるものを守るということを目的とした軍事組織で2025年にアメリカを中心に発足。全世界で拠点をもち人類にとって多くの影響力をもつ団体といえる存在だった。

 国を守る為に戦う軍とは違い地球の文化・環境・秩序を守るのが目的で、武器を持って戦う兵士になる可能性だって十分にあったが、それでも皆を平等に救いたいという俺の気持ちに迷いはなかった。

 あんなのは唯の偽善者の集まりだ危険だから辞めろと言って周りの大人たちは止めようとしてきたが周囲の反対を押しのけ防日大一高(全地球防衛日本大学付属第一高等学校の略)に進路を決め、俺はその事を親父に言った。

 分かってはいたが、親父からはすんなりとOKをもらえた。それがお前の選んだ道だろならば誇りを持て、胸をはって行って来いと言われた。

 そんな親父も俺が、18の時に救助活動中の最中、事故にあい命を落とした。テロ組織の爆破テロがあった倒壊寸前のビルに取り残された僅かな人たちを救おうとしたからだ。

 周囲からは危険だから行くなと言われたが絶望のなか希望を捨てずに待っている人たちを俺は見捨てないと言い放ち、また俺の我がままで仲間を危険にさらすのもごめんだとも言って装備を最小限に単独で救助活動を開始したのだった。

 結果、奇跡的に全員を救出する事に成功したが、それを引き換えに親父は命を落とす結果となった。父が危篤状態だと知らせを受けた俺は東京から地元の病院へ駆けつけた。15歳の時から寮に入り盆も正月もない親父とは約3年ぶりの再会だった。


「親父‼」


病室へ入るとベットで横たわる大けがを負った親父がいた。微かに息はあったが反応は無かった。親父の部下や同僚、友人がベットを囲んでいたが俺が来たのに気づき、ぞろぞろと道を開けてくれた中には知っている顔もあった。そんな中で一人の隊員服をきた俺より少し年上ぐらいの若い人がどうぞと言ってイスを置いてくれた。その人に軽く会釈をして俺はイスに座った。


 静かに鳴り響く電子音が大きく聞こえるぐらいに静まりかえっていた病室で俺は父親の最後を見送ろうとしていた。


「親父…来たよ。」


 返事はなかった、もう虫の息だった親父に声をかけても意味がないことは分かりきっていた。それでも俺は奇跡を望んでいた。意識が回復して現場に復帰し、俺にまた大きな背中を見せてくれるそんな奇跡を。


「死ぬなよ親父、また俺に大きい背中をみせてくれよ。」


ウゥと泣く周りの大人たちがいるなかで俺は不思議と泣くことが出来なかった、むしろ自分の信念を貫き通した親父が誇らしく見えた。


そう思った矢先、思わぬ方向から声が聞こえた。


「お前‥士道か…?」


それは虫の息だった父親からだった。奇跡が起きた、目を覚ましたのである。病室に来ていた看護師や医者の先生も驚いていた。


「幸長さん!?幸長さん!!わかりますか!?息子さん来てますよ!!」


すぐさま看護師の方が親父に声をかけた。それにつられたのか周りの皆が一斉にベットへ駆け寄り声をあげた。


「隊長!!」

「幸長さん!」

「しっかりしろ!!」

「死ぬんじゃねぇ!!」


数々の言葉が親父にかけられた、だがひとりだけ冷静な人がいた。


「静かにしろ!」


そう言い放ったのは親父の同僚だった周防さんだった。必死に涙をこらえていた周防さんの姿をみて全員冷静さを取り戻した。そして、恐らく最後の言葉になるであろう親父の言葉をみな固唾を飲んで待った。


「士道・・背のびたな・・・・」


それが親父の最後の言葉だった。


 それから2年が経ち、20歳で5年制の高校を卒業した俺は大学には進学せず、すぐに現場に配属してもらえるように希望した。配属先はG.E.D.Oの日本支部第459基地となった。親父が最後に残した言葉の通り20歳になった俺の身長は185㎝になっていた。ここでの生活は当然過酷なもので自由はあまりなく日々、訓練ばかりだった。それでも多くの命を救うここでの生活はとても充実している。とは言ってもやはり訓練や任務ばかりでは息が詰まるのリフレッシュも兼ねて休日に街に出てきたのは言いもののやはり特にやることがなければ街にいてもさほど意味はなかった。

 いつも通りの平凡な一日になるであろう。そして明日からまた、いつものように訓練と任務が待っているとそう思っていた。

 だが、この日を境に人類の生活は一変した。鳴り響くスマートフォンからきこえたのは聞き覚えのない不気味な緊急速報を知らせる着信音、そこに映っていたのは見慣れた内閣総理大臣の顔、そして就任したばかりのアメリカ合衆国のギルバード・トラウト大統領などを含めた多くの主要国のトップたちだった。この時点で人類の大半の人たちは何かよからぬ事が起きたと思っただろう。それほどまでに異様な光景だった。そして、多くのメディアの前で発したアメリカ大統領の会見での第一声は、まるで映画のワンシーンの様だった。

 

 内容はとてもシンプルだった、地球とは程遠い、遥か彼方の星の異星人が地球に攻めてきたという。その非現実的な発言は多くのメディアや視聴している人たちの時を一瞬だけ止めた。40℃を超す夏の昼下がりとは思えない程、背筋に寒気が走った。嘘だろ、何かの間違いだ、ありえない…。周りから聞こえてくる声に俺はどう反応したらいいのか分からなかった。鉄道や自動車を含めありとあらゆる公共の交通機関が遠隔操作にて運用されている現代、線路上で緊急停車をしている電車を見ながら俺はさっき見ていた空を見るために顔をあげた、するとそこには想像を絶する光景が目に入った。入道雲のように大きい黒い塊をした一隻の船のようなものはゆっくりと降りてきた。いや、サイズが大きすぎるだけで本当はとても速いスピードで急降下してきているであろうその宙船からは無数の小型船(それでもかなり大型)のようなものが発進していた、どこに逃げたらいいのか分からない人々はただその異様な光景をじっと見ていた。小型船はやがて地面へ降り立ちハッチのようなものが開くと二足歩行の人類と同じような体格をした青色のロボットのような物がぞろぞろとでてきた。数は40体ほどで軍隊のように行進してくる青色のロボット軍団のなかで一体だけ明らかに装備も色も違う隊長格と思わしき存在がいた。色は黄金のような色でマントを羽織った奴はゆっくり右手をあげた。

 こんなときでも俺は彼らが友好的な隣人であってほしいという願望にかられていたがそんな希望は一瞬できえた。小型船近くの恐怖で動けずにいたサラリーマンのような男の人に一体の青色が近づいて、隊長格のロボットが右手をおろすと一瞬でアニメで出てくるような光でまとったような光輝く剣でサラリーマンの男を切り殺した。それを見た人々は一瞬で我に返り、一斉に逃げた。

 本来、俺は戦わなければいけない立場なのにその場から動けずにいた、周りが我先にと逃げている時に俺は戦うことも逃げる選択もできずにいたのだ。だが奴らは一人を殺した後にまた船に戻り空を覆うようにデカい母船へ帰っていった。あれが戦争の合図だと言わんばかりに…。

   

 なんの前触れもなく嵐の前の静けさのように突如攻めてきた彼らに人類は敗北と後退を繰り返した。G.E.D.O も叡智を結集して各国の軍と協力し防衛戦に当たったが戦果をあげれずにいた。それから2年という月日が経ち22歳になった俺は何度も戦場に参戦し、青色と戦い続けたが人類の勝利に貢献できずにいた。あの日以来、黄金のロボットを見てないし目撃情報もなかった。

 また多くの同期を失い俺自身、何度も死にかけて命からがら帰ってきても、基地の避難所にいる民間人から罵詈雑言を浴びせられるという毎日が続いていた。人々を守るために志したはずなのに、その守らなければならない人たちから批判される毎日に最近、嫌気がさしてきた。もうすべてをあきらめてしまおうかそう思った矢先、俺は上層部から呼び出され、ある計画に参道してほしいと言われた。

 人の肉体を手術で無理やり強化し、少ない人員で数多くの被害を出すことを目的とした計画を上層部から勧められた。何故、自分にこの話をと聞くと、どうもDNA適合性が高くまた肉体的能力が高い事が認められたらしい。最初は人と人との戦争のために造られる予定だった極秘プロジェクトも今は、人類の救済の為に実行するという事らしい。救済と聞くと聞こえはいいが、要は人間の体を使った人造兵器だ、そんな非人道的な計画に本来は嫌気を覚えるはずだったがもうそんな事はどうでも良かった。

 二つ言葉でOKした俺は契約書にサインし、しても特に意味のない訓練をしながら俺は手術日までの時間を潰した。手術が決行される当日の朝、朝日の入ることのない地下シェルターで俺は目が覚めた。次に起きるときは俺はもう人ではなくなっている例えるならそう・・・。


”怪物”だ。


 5月5日、手術が始まる前にG.E.D.O の日本支部長の長嶋支部長と現防衛大臣の野村大臣が挨拶にやってきた。二人はよく決心してくれたと言っていたが俺は別に決心などしていなかった、ただ力が欲しかった。それだけだった。


手術室で意識を失う前、僅かに聞こえてきた声があった。君に正義を与えようと。俺は思った、そんなものは無いと。







 

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