#22:不→平等×フィントコンバッティメント×波濤

「だいぶおつかれのようだけど、これより『修行』、というかまあキミたちの今を確認しておこうかという試みだ。藤野クンは本当、休んでいてもいいけどねぇ」


 変な気を使わせてしまったが、割と僕はいつものコンディションに戻ってきていると言えなくも無い。三人団子のようになって寝入ってから一度も起きることなく約六時間余り。普段の習いからか午前六時ちょうど、いちばんに目覚めた僕は何とか他の二人を起こす事なく前後から絡みつかれていた腕や脚を丁重に外すと、脱兎のごとく抜け出して諸々の匂いを纏った身体を朝風呂で流してから露天を満喫し、朝食も取った。


 今は旅館から徒歩三分くらい、周りを色づいてきた小高い丘に囲まれるようなかたちの「修行場」こと、周囲四面を緑色のネットにしっかりと覆われた二面のテニスコートにいざなわれている。何故感はややあるが、外気は秋の澄み渡る風が吹き降り体に巻き付くように撫でてきて心地よい。


「やっと服が支給されてきたと思ったらガチいテニスウェアって、何らか誰かしらの性癖じみたものを感じるのは私の気のせいかしらん……」


 相変わらずの空気の抜けたような声で、その逞しい脚線美を所在なくぷらぷらと揺らしながらおっしゃる御大だが、紺色のワンピースタイプのそれは細身にぴったりと馴染んでいて何というかの「ハマり感」とやらがある。真っ白のサンバイザーもサマになっているけど、いつもの感じとは違って見えて少し新鮮な感覚……とほんの少しの間だが視線を奪われていたら例のわざとらしい含み笑いをされてきた。


 ふ、普段と違うスタイルって何かグッときちゃうとこあるもんね……という虚実の虚ばかりがぷかぷか漂ってくる言葉をわざとらしいせつなさのような「感情」を込めて投げかけられてくるが当然もう僕はその辺りのスルーの仕方は心得ているわけで、おもむろに直す必要の無い靴紐を直すために屈んで交わす。それよりも僕に対しての自然な応対。昨晩の記憶があまり無さそうで幸いと思える。と、


「で、でも何かこう、『機能美』的な? 何かに適した形状にかわいさも共存させてるってのいいですよねっ」


 弾んだ声。屈んだ視線の先に入り込んできたのは、姫宮さんの随分と細いおみ足であって。太腿の半分くらいまでしか丈の無い真っ白なプリーツ付きのスカートと、そう大差の無い肌の白さだ。視線を上げると言う通り、かわいさを多分に伴った薄い桃色のもこもこしたフード付きのパーカーのような上着を羽織っている。けどその下はへそが見えるくらいの真緑色のハイネックノースリーブと言ったらいいかの薄手のぴったりとしたウェアを身に付けているだけだけど。寒くはないのかな?


 まあ今までは「拘束」という機能一点に絞った奴が主だったしねぇ……という言葉の出処の方をきっ、と睨みつける時に一瞬放出される「紅色」の感情は相変わらず鋭さを保った透き通り方だったけど、それでも何となく感情の「遊び」、みたいなものが出てくるようになっていて良かったな、とか勝手に思っている。真っ黒なヘアバンドらしきものでいつものクリーム色のショートヘアをまとめているけど、いつもと違っておでこを露出しているのでこれまた新鮮な感じ……いや、そんな事ばかり考えている場合じゃあない。


「まあまあ、遠目にテニスに興じているって見えてくれれば御の字くらいのものではあるけどね。動きやすさという点ではこれ以上のものは望めないってことで。三人とも似合ってるじゃあないかぁ」


 真っ黒のジャージ上下にその細いが骨ばった体を包んでいる、すっかり「らしさ」を取り戻したかのように思える村居さんの言葉は【楽観のオプティミスティクofヴィリディアン】に彩られていて、そこまでは流石に尚早では、と思わなくもないが、いざという時にはしっかりキメるヒトだ。むしろこのくらいの方が今は心強い。ちなみに僕のいでたちは上が白、下が黒というオーソドックスと言えばの半袖半パンだ。特筆すべきことは何も無い。


「で? 何を『修行』するって話ぃ? 『協力』? 『連携』? うぅぅん、ワタクシ的には不要、のひと言に尽きるんですけどぉ……」


 傲岸、尊大、その辺りを燃料として自家発電可能な御大から予想通りと言えばの言葉が滑り出てくるが。


「三ツ輪クンは単独での方が確かに立ち回りしやすいかもだねぇ。『流球ロジスコ』に『糸』が加わって、ますます『広範囲』を一網に出来そうだ。で、あれば他の二人が組になっての『対抗戦』ってのはいかがかな? 実戦に即した中で、各々の役割、動きなんかが見えてくるかも知れない」


 一応周囲へのカモフラージュのために各自持参したテニスラケットを、初めて触ったとばかりに物珍しそうに手に持ってくるくると回しながら村居さんはそうさりげなく言ってくるけど、御大を持ち上げ、そして乗せることに長けた、既にの類まれなる手練れ感を感じている。そして尚且つ理にかなったと言えなくもない「形式」、な気がする。おそらくは村居さんもそれは意識しているはずだ。


 おほほ私に異存はありませんことよ、と予想以上に軽く乗せられたかの御大が、例の「巾着」をふたつ手に下げると、ネットの脇を通ってコート向こう側に移動する。この「中距離」。これがおそらく「糸」の「適性距離」。やはり村居さんは考えている。考えてくれている。


 三ツ輪さんを「仮想橙谷トウヤ」と見なしての、これは模擬戦……僕としての何らかの突破口があるのか。一度は完膚なきまでに防がれ轢断された「ドォス」。そこに活路があるのか。いや、そんな消極的な考えじゃあ駄目だ。見出す。それしかない。


 もちろんいきなりのパワーアップなんて事は望めない。かと言ってじっくりと力を蓄え付ける時間も無い。それでも僕にはあの、姫宮さんの「解放」の時に芽吹いた、かすかな細い望みが、ある。


 「白い直方体の群体」。いまだ僕の意思ではままならないままの不確かな存在ではあるものの、確かに自分の「内」に在るということだけは認識している。それを思い通りにすることが出来たのなら。いや待て。


 ……三ツ輪さんはあの「糸」をもう自在に操っていなかったか? それは何と言うか、エラいことなんではないだろうか……いや、村居さんの「青い六角形」、それもまあ自在に出せて制御されているようだったけど、うん……ままならないのは僕だけだったりして……


「だ、だいじょぶだよ、郁也フミヤくんがあたしを救ってくれたあの『力』は本物だったもん……それにあたしも協力するから、ね?」


 そんなに【憂惧のフライトゥンドofレグホーン】でも浮きだたせていたかな。隣で所在なげに佇んでいた姫宮さんにそう励まされてしまう。いや気を遣わせてどうする。と、


「さりげなく下の名前呼びってまぁ……なーんかあざといって言うか? ちょっと古めの『あぷろぉち』? の仕方? みたいでちょっと笑えるわー」


 ヒトの感情の機微というものを理解していないのか、理解した上で小刻みにマウントらしきものを取ろうとするのが本能レベルで刻み込まれているとでもいうのか、妙な科を作った三ツ輪さんはそんな嘲笑じみた言葉を投げつけてくるが。そして瞬間、姫宮さんのクリーム色の髪が「赤黒さ」を帯びるのだけれども。【癇癪のミフトゥofシグナル】、そんな辺りだろうか。いやそんなカテゴライズをせずともその小さな体から巻き起こり始めているのは突沸溶岩級の【憤怒アングリィ】であろうことは視るよりも明らかなのではあるが。が、てっきり爆発寸前と思われた姫宮さんの口から出てきたのは意外と静かな言葉だったわけで。


「別に、あたしが『彼』をどう呼ぼうが、カンケーないと思いますケドぉ? そうやっていちいち意識しちゃってるコトの方がなぁんかステレオタイプの昭和のお局って感じが臭ってくるかもぉ、ね、海松ウミマツ先輩パイセンん?」


 しかして、不穏であることはミリほども揺らがせには出来ない言の葉群であったわけで。刹那、


 海松ミルって読むっつってんだろ学習野がネコの額なのかよそれにてめえもてめえで「飛雄牙ひゅうが」って書いて「日向ひゅうが」介しての「ヒナタ」だぁ? 一族でとんちカマしてんじゃあねえぞコルァ……との足元のハードコートの下から突き破り出てこんばかりの低音が対峙する御大から漏れ出てくるが。


「……」

「……」


 地雷と地雷でばんばか殴り合うという、昨日お互い酔っぱらってた時は珍名それで意気投合していたじゃないか……という僕の果敢ない思いは、この約二十四メートル×約十一メートルの長方形の中からは儚く吹き飛ばされていくわけで。


 ま、ま、じゃあ気合いも乗ったところで始めようじゃないかぁ、という村居さんの呑気に過ぎる物言いも、いやいやそんなポジティブな代物では無さそうですよという僕の注意喚起も、秒で軽く遥か上空にまで持っていかれてしまうようで。


「負けた方が自分てめえの恥ずかしトゥルーネームを以後名乗るってことでいいよな?」

「そんなに名乗りたいならどうぞ御勝手に。郁也くんと一緒なら負けるわけないし」


 いやぁ……実戦以上の緊迫感が漂っている気が……とか、気を抜いている場合じゃあなかった。


「んならその『フミヤ』と仲良くまとめて喰らえやぁぁぁあッ!!」


 完全に「赤」のオーラを身に纏った御大が、いつの間に持っていたのかラケットを振りかぶると、そのしなやかな体を弓なりに反り返らせて、まるでサーブ前のトスアップのような体勢に滑らかに入っているが。無論、撃ち出されてくるのはテニスボールでは無いはず。


「構えろ、姫宮さんっ!!」


 僕の「匣」でどこまで防げるかは分からない。きっと何十発ものベアリング弾が一気に射出されてくるはず……受け切れるのか? いや集中しろ。手にしていた「匣」はふたつ。バラして「十二面」。それで姫宮さんの方を厚めにガードする。それしかない。しかし、


 刹那、だった……


ネオ必殺秘奥義ッ!! 『真・流星群』だオラァアアアアアッ!!」


 ガットに「糸」を縒り這わせているのか? ラケットのフェイス部が例の「緑」「橙」が絡み合った色を呈している……ッ!! そこから弾かれてきたのは、やはりのベアリング。が、その数……ひょっとしたら「数十」では収まらない可能性が……そして避けようとも思わせないほどの正にの「広範囲」に一律にそれらはバラ撒かれてきている……


 本気でこちらを仕留めに来ているかの三ツ輪さんの「攻撃」に固まるばかりの僕……せめて姫宮さんだけは直撃を避けないと、と思った、その瞬間、


「……ッ!!」


 目の前が、金属質の「壁」のようなものに覆われた。僕の「面」ではない。いくつも寄り集まったこれは……「三角形」?


「あたしも『相当者』なんだってば。これくらいは出来るの、今みたいに精神が落ち着いていればね」


 姫宮さんのか……!! チタン色の薄い三角形の「面」はびっしりと互い違いに隙間なく空中で整列し僕らの目の前で「盾」のようなものを形成していて。苛烈なベアリング弾を全ていなし弾いていたのだった。


「……名付けて『錐片テトラエドォ』。反撃開始といきましょっか?」


 姫宮さんの挑発文句に、ネットを挟んで向こう側で固まる御大の形相が怒りを振り切れたのか無表情に変わっていてそれはそれで怖ろしいのだが。仕掛けるなら今しかない。

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