#12:無→許可×モデラツィオォネ×根底

 想定外の邂逅その他諸々があった。


 あの後、僕らは別の所員の方々に保護されつつ強制的に搬送されたわけで……大型のワゴンらしき車両で三人とも。着の身着のまま手荷物だけは何とか持ち出せたところで後部座席に押し込まれ、何も告げられずに発車した振動の中で。


 僕は左隣に座る村居さんの傷の具合が非常に気になったものの、本人の繰り返す大丈夫という言葉は本当だったようで、何かしら端末でやっていると思ったら、玉川通りから環八を経由して東名に上った頃には既に定期的な呼吸……寝息を立てているほどリラックスした眠りについていた。その抉られた左肩、というよりはそこに整然と付着するように生成されていた「青い正六角形」の群れの方が勿論気にはなっていたものの、逆側だったのでよく確認することは出来ず。


「……」


 僕もここに至るまでの緊張と、力の出し過ぎおよび制御し過ぎの連続を経ていたし、プラス安堵もあってか、尾てい骨がシートに刺さるように深く沈み込んでいくような「落ちる」眠気がすぐに襲ってきていたものの。


 右隣で早々にオチた御仁が、何というかいつもよく見せる様々な「感情」のごった煮のような感じで、その……汗のにおいやら柑橘やら花の香りだかが混ざり合った、よく分からないけど引き込まれるような芳香をその身体にぴったりと沿ったボディスーツ的なものとすべらかな肌との隙間辺りから湧き出だたせているわけで。かく、とこちらに向けて折り曲げられてきたオリーブ色の髪に包まれた頭が僕の右肩に乗っている状態であるわけで。


 僕ひとりだけ寝られないまま、ワゴンは夕暮れに染まってきた背景を後ろに流しつつ進んでいく。どこへ……行くというんだろう。


 東名に乗ってから三十分くらいは経っただろうか。厚木ICで降りて、そこからは僕には見慣れないところだったから携帯のナビをずっと眺めていた。南下している……熱海、伊豆? 行ったことは勿論無かったけど、聞いたことはある。有名な温泉街だ。しかしなぜ。


 そうこう考えているうちに到着したようだ。助手席でずっと黙っていた所員さんに促され、僕ら三人は未だ定まらない意識と足腰に振り回されつつも、何とか、といった感じでその結構な老舗感の溢れる旅館「いそはる」のチェックインを済ませたわけだが。僕ら二人は真っ黒のボディスーツのままだったけど、それに対して旅館のヒトから何か言われるとか視線を感じるとかは無かった。が、


 いや、小旅行に来たわけではないと思うのだけれど。


「……」


 僕だけが把握・納得できていないのかな……皆さも当然のように示された三階の部屋に向けてエレベータに乗ろうとしているが。あまりの自然さに何も言えずに流されてしまった僕も真顔のまま降りてきた箱に同乗するものの。


 着いた先で開いた扉の向こうもやはり落ち着いた温泉旅館然とした空間であるわけで。うぅん、毛足が密な臙脂色のカーペットの足底を包むかのような沈み込み方は靴越しにも心地良いには心地よいけど。


「藤野クン、まあまあ『湯治』と、しゃれこもうじゃあないか。たまには、いいと思うよ、こういうのも」


 いつもかけている茶色いレンズの眼鏡はあの時に破損したのか、久しぶりにこのヒトの素顔と向き合った。その顔色にようやく赤みが差してきたのはいいことだとは思うが、「湯治」……やはり釈然とはしない。


 とは言え何も返せずにそのまま「汐の間」という部屋に通される。三ツ輪さんはその隣だそうで、じゃまた、と軽く言い残すとふんふーんのような鼻歌混じりでさっさと部屋の中に消えてしまった。彼女も当然、みたいな感情構成のようだけれど、いやぁ、それだけに釈然感はまったくもって湧いてこないのだが。


「……速やかに東京を……首都圏を離れる必要があったと。そういう事情もある」


 結構広い和室。家族旅行なんかでは訪れるところなのだろうか。僕には分からない。ただ、畳の香りは何となく僕に落ち着きを与えてくれるのは確かだ。正面の窓には暮れていく中に影だけになりつつある木々のざわめく様子が見えて。村居さんは早速座椅子の一つに体を投げ出しつつ、そんな気になることを言ってくるものの。纏っている感情は平常、のように受け取れた。僕もその正面にぎこちなくだが座る。


「あの……例の『洗足池』に近い所だったから……僕らは狙われたんでしょうか……」


 向こうから何かしらやってくること、それは予想……想定は出来ていた。ゆえに細心の注意は払っていた……はず。僕ら自身は普段は「能力」を発揮することはないようにしていたし、普通のヒトたちの中に混じってしまえば、それこそ「感情」の坩堝の中、特定することは難しいと思われる。あの施設だって地下三階に埋められていてそうは察せられないし達せられないはずだった。


 だが、あの「壮年」はいとも容易くやって来た。そして……


 呼吸は随分前から落ち着いているものの、それとは別の所……僕の身体の中のどこかが説明できないじくじくさ、みたいなのを発している。落ち着け。感情を抑えることなんてお手の物のはずだろ? そんな逡巡の僕の目の前で、左肩を庇うように体を捻って上着を脱いだ村居さんは、ちょっと違うんだなぁ……と呟きながら、出血は収まっているがシャツの胸元まで染めている赤黒さを見て顔をしかめたりしているが。


「……都内六か所の『施設』がほぼ同時刻に襲われたとの連絡が先ほどあった。なぜ奴らがその場所を突き止めたかは分からない。ただ……重要なのはそのうち三か所がほぼ機能停止にまで追い込まれているということだ」


 結構、いやかなりの衝撃的なことだと思う。かくいう僕もうまく反応は出来なかったけれど。あの「橙谷トウヤ」とか名乗った壮年のように、ツブされたってことか……? 六か所……最低六人。の……「取り憑き」らが、ということになるのだろうか……


「……『偵察』感覚、だったらしいけどね」


 それは橙谷も言っていたような気がする。その割には随分好戦的だったように思うが。いやそうじゃない。敵の総本山を偵察に行った二人組……囚われたと思われる彼らから情報が漏れた……引き出されたとは、考えられないか?


「彼らを責めるわけにはいかないよ。が、どうあれ最早穏便にコトを済ますことの出来るフェイズは軽く跨ぎ越えてしまったようだね。ゆえに……一時的な逃走、そして残存戦力を束ねて一気に討って出る、そんな構えだ」


 座椅子に身をもたせかけながらも、その切れ長の目の光はこのヒトには珍しく「赤い」感情を宿していた。


 怒り。


と、その時だった。


「ちょ、ちょっとッ!! 何かいたんだけどッ!!」


 えらい勢いで部屋への扉を開けて、ずかと踏み込んできたのは、例のボディスーツは脱いだのか、ここの旅館のだろう、薄い黄緑の地にピンク色の花が散らされた意匠の、なんかかわいらしい浴衣姿の御仁であったわけだけど。


「ああー、彼女は姫宮ひめみやクンだ。女性同士だから同室でお願いしたかったんだが……いけなかったかい?」


 村居さんはまたいつもの柔らかな感情を身に纏いつつ、あわあわ言っている三ツ輪さんとは対照的に、よっこいせと殊更ゆっくりと腰を上げてみせると、僕に目で合図を送ってくる。一緒に来いということだろう。顔合せ……かな。「残存戦力」、その可能性は高い、というかそれしかないような。


 それにしてもこちらに怒鳴り込んでくるまでに、結構の間があったような気がしたけど。部屋に入って着替えて、までは気づかなかったのかな。いやなるほど、そんなような「ステルス」的な能力の持ち主なのかも知れない。であれば……どういう仕組みかは分からないが、奴らに察せられずに近づけると、そういうことにならないか? うん、それは心強い「味方」「仲間」と……言えそうだ。


 全部違った。


「ふぐうぅぅーッ!! ふぐ、ふぐうううううう……ッ!!」


 隣の僕らの部屋と左右対称の作り。そこは別にいい。既にこちらには布団が二組並べて敷かれていたのだけれど、その片方の掛布団が、おそらく三ツ輪さんの手により取り去られていたのだろうが、そこに横たわる小さな姿。それが渾身の唸り声をこちらに向けてぶつけてきていたわけで。


 革製、だろうか、現実ではあまり見たことの無かった正にの「猿ぐつわ」をカマされ、そして両手を胸の前で交差するようにこれまた黒革の拘束具のようなというか正にの拘束具で固定され、さらに両足首も厳重にロックされた少女……だろうか。クリーム色、と表現するとしっくりくるショートカットはこの場に及んでも艶やかな光を反射していたものの、その下の幼げな顔は、どうやればここまで引き攣れさすことが出来るのか分からないほどに歪んでいる……


 それより何より僕を驚かせたのは、その身に纏った「感情」……だろうか。ここまで透き通った「色」は見たことがない。透明感のある「赤色」……その、炎のような揺らめきを見せるオーラのようなものは、今にもこの場の全てを焼き尽くさんばかりに、激しく沸き起こっていたわけだが。


 この子は……いったい?

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