#06:不→始末×サクリフィチィオ×顕現


「へいへいへいへい~ッ、少年はちょっとこばかし『色』が見えるとかどうとかイキれ放ってたけどぉー、それって実戦でどうなの? っつう感じってかさー?」


 うぅん、結構というか案の定、根に持つヒトなのか。こっちにはマウント云々言ってきた割りには、いま煽り放っているアナタの言葉からは【昂然】【悦楽】【喜悦】らへんと思しき感情がぼこぼこと、水に漬けたドライアイスが白い煙を内包しつつ発生させてくる泡のように湧き出ているが。


 そして何かこちらを気の毒げなハの字眉を形成させつつチラ見してくる三ツ輪さんは「疑似体」を片付けるのはもう充分と見たのか、それとも僕の「能力」的なものを本当に見極めようというのか、また腕組みの姿勢に戻って改めてこちらを余裕げな顔つきで振り返ってくる。いや本当にそういう自然に近い笑顔の表情は非常に魅力的と思われるのだが。天上からの強めのスポットライトの光を浴びて、その直線の束を描きながらも柔らかそうな髪はまた深いオリーブ色に艶めき煌めいている。いや見とれている場合でもないな。


 まあ彼女のおっしゃる通り、僕が「囮」をやるとかっていうのは割と理にかなってると言えなくもない。先ほど見せてくれた後方からの援護射撃……そう正にの「射撃」はこの上なく精密なものであったわけで。であれば、それ想定それ勘定で動いてみるか。


「……」


 「対象」第三波。今回も八体は……今回はすべて淡い桃色だが……示し合わせたような円運動を描きながらこちらへの包囲網を狭めていくという既視展開。僕の「匣」……一対多では分が悪そうに思えるけれど、「反動」の弱い相手ならば、「五枚」のままで何秒かはもつ。つまり「開口」させたままで連続的に喰えるってわけだ。おあつらえ向きに相手の方から飛び込んでくれる流れでもあるし、いける、はず。


 低く構えの姿勢を取った僕は、次の瞬間、八体が描く「輪」を寸断するようにその軌道の只中に割って入る。えぁ!? のような三ツ輪さんの驚きと呆れがちょうど半々くらいの呻き声が背後で上がるものの。


「……!!」


 突っ込んできた先頭の一体を限界まで引き付けておいてから、輪の外側に右つま先を捩じり突きつつ一歩弾けるように跳ぶ。背中に回した左手は既に中空に「匣」を投げ放ち終えていて。投げるというよりは空中の一点に「置いてくる」ようにして。「疑似体」の、鼻っ面のその正面へ。


「……」


 認識していて敢えてなのか、勢い余ってやむを得なかったのか、自らその小さな直方体にぶつかり入っていくように、「煙の塊」のような形状をしていたそれら薄い桃色の「疑似体」は、その瞬間、流動的な形へと変化させられつつ吸い込まれ納まっていく。あとを追うように連続して。四体まずは終了。あまりそのままにしておくと溢れ漏れ出てきてしまう恐れがあるため、すかさずもう「一面」をスナップを効かせて僕は投げ放ち終えている。「匣」と「フタ」はお互いが引き合うようにして、まるで強力な磁性体のように空中でくっつき合うと、完成した「直方体」は白い床にまあ本当にサイコロのように何が出るかな的にいくつかの面を次々と晒しながら転がった。


 あらぁ結構やりおる……みたいな驚き声を上げる三ツ輪さん。その少し素の声色が醸すほどには、やれるってところを見せられただろうか。とは言え僕のはそもそもの連発は効かないわけであり、でも三ツ輪さんのあのベアリングと組み合わせて放つなんてことがもし、そして互いに互いを尊重し、呼吸や気持ちを重ね合わせるなんてことがもし、


 出来得るのであれば……


 僕らは無敵、になれるのかも知れない。まあそのハードルはあまりに高すぎて、その下をついくぐりスルーしてしまおうと思わせるほどではあるけれど。


 詮無いことを考えている時でもないか。僕は残る四体をも「捕獲」しようと、今度はもうひとつの「匣」を完全にサイドスローで投げますよ風に振りかぶる。そして……儚い願いだが一応三ツ輪さんには僕の手の内をいろいろ見せておいて、万が一共闘できる状況にあった時にうまいコンビネーションが図れるように、というそれは儚い意図を込めて、先ほどは「五面」だったが、今回は掌の中でバラバラに、


 「一面」を六枚、の形にして人差し指中指薬指小指の間に二枚ずつ挟み保持しつつ手首のスナップを使って一気に投げ放つ。こういうやり方もある……ってことを見せておくよ。


「!!」


 三ツ輪さんの「散弾」ほどにはまるで至らないが、そこそこの弾速。そして指に挟む角度でその軌道もある程度操れるわけで。ここに至るまで延べどのくらいこの投げる練習をやってきたことだろう。願わくば三ツ輪さんのように手首から先だけのモーションにて、意表を突けるかたちにて撃ち放ちたいものだけれど。


 宙を滑るようにして流れ走る六枚の小さな板状の飛行物体たちは、径の異なる放物線をそれぞれ描き、一見滅茶苦茶に飛び散らかっていったかのように見える。


 が、対象の死角に入り込んでさえしまえば、そしてその何処かに触れることさえ出来れば。一枚一枚の限りなく正方形に近い長方形たちは、またしても強力な磁石のように互いに引き寄せ合い、元の「直方体」へと戻ろうとするまるで「意思」みたいな、それでいて僕にも読めない動きを見せるわけで……


 さらには接触した「感情体」を接着して引っ張りながら。


 対象となる四体にそれぞれ接触した四枚が、まず各々のちょうど中間地点あたりの空間に素っ気なく一斉に集まり、天面底面の無い四角い筒のようなかたちを形成する。その内部では、押し込まれ圧縮された「感情体」で鈍い金属的光沢を放つ「桃色」の光が揺らめいているが。


「……!!」


 次の瞬間、残る二面がほぼ同時に空いていた面を補うかのように吹っ飛んできてこれまた素っ気なく挟み込む。完了……まあまあ決まったと、そう思ったが。


「ちょっとあれ……ッ!!」


 三ツ輪さんの視点はその光景を一ミリも捉えてはおらず。初めて聞くような呼吸を忘れたかのような掠れた驚愕の声。仰ぎ見るその先には村居さんたちのいる……強化ガラスで隔たれたブースが依然あったわけだが。


 その「窓」の向こうの様子が伺えなくなっていた。


 バケツでペンキをぶちまけたような……やったことは無いが、そんな規模の飛沫が内側から。その色は、赤く黒く。


「……村居さん?」


 これはいったい何の訓練なんでしょうか。しかしその僕のいつものように間抜けた質問に律儀に答えてくれる声は、いつまで経っても返っては来なかったわけで。


「村居さんっ」


 呼吸が難しい。吸えばいいのか吐けばいいのか。何かが起きた。想定外の、起こってはいけない何かが。静寂が……静寂が僕の神経の一本一本を逆向きにしごきあげていくかのような。


「……」


 身体も思考も固まってしまった僕の下向きの視界の中で、動く影。三ツ輪さんは白い床に散らばり転がったままだった僕の「匣」を、そのしなやかな身体を折り曲げて摘まみ拾い上げていて。そのままこちらを真顔で見てくると、ふい、といった感じで投げてくる。


 その動作を捉えたことで。把握をしたことで。ようやく呼気と吸気が嚙み合って。粘る水で満たされたプールから顔を何とか水面に突き出せたかのような。性急なそれらの間で何とか泡食いながらその二つの直方体を両掌で受け止められて。


「……!!」


 ぶつかったのは、凪いで据わった三ツ輪さんの冴えて冷めきった視線で。それに網膜を貫かれたように感じてやっと。


 ……非常で、非情な事態が起こったことを肚の底に落とし込むことが出来て。


 何かを叫びたかったが、いつものように呼吸を規則正しく行うことでそれは押しとどめた。それよりも、状況を把握しろ。村居さんたちのいるあのブースまで行くには、僕らの背後にある扉。掌紋か虹彩で開くはず。急げ。


「待った少年」


 僕の方を向いてもいないのに、三ツ輪さんは僕の行動を感じているかのようにそう制す。何故、と思う間も無かった。


「……ッ!!」


 赤黒く濁ったままだった頭上方向の強化ガラスがこちら側に向かってめこりと、半円球のドーム状に膨れてきたと認識できた時には既に、


 ガラスは角の丸い大小数えられないほどの破片と化してこちら向けてひょうあられかのように降り注いできていたわけで。


 そして散乱する粒を縫って湧き出してくるのは、これは良く知っている。


 「感情」。そのものに善悪とかは無いとか思っていたけれど、いま黒煙のようにたなびき溢れてくるそれを僕は、


 ……純粋な、「邪悪」と感じたわけで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る