#05:非→能率×ディスタンサ×技巧


「……ま、いつでもいいですけどー? コレがどういった練習? 訓練? になるのかはいまいち分かんないのですが」


 都内某所と言いつつ、大岡山の駅から徒歩五分のとある「施設」に三ツ輪さんと僕は連れてこられているわけで。平日学校終わりの午後五時。地下三階と結構な地中にあるこの「一室」で二人とも既に着替えさせられた状態で対峙させられている。


<お互いの手の内は知っておいた方がいいという、共同作業には必須の事項だよ。本番の立ち回りが相当シビアになると見込んでのね>


 あまり緊張感の無い物言いはいつもながらだが、その拡声音はこの二十五メートルプールがすっぽり入りそうな大空間の中にさらに間延びして反響してくる。


 「共同作業」とか、なんか響きがキモいんですけど、という目の前の少女の華奢な肢体は真っ黒なウェットスーツのような伸縮性のある薄い素材のものに首から下はすべてぴっちりと覆われているのだけれど、かえってそれが意外にも凹凸のある曲線を強調しているかのようで、流石の僕も目のやり場に困る。


 さらに身体の各所には直径五センチくらいの白い同心円がおそらく身体の動作を捉えるために貼付されているのだろうけど、腕組みをしてふんぞり返っている姿勢も相まっていやでも目線が引き寄せられてしまう正面のつんとした双丘の最も張り出した頂点にも付されていたりで、そこの動きをトレースする必要性はあるのだろうか、とかどうでもいい思考に囚われてしまっていると視線を感じたのか身を捻って翻しつつ、な、なに視姦してんのよべっ別にこの位置にあるってわけじゃないかんねそれにこんな大きくないっつーの、という本人からの過度なリアクションと要らん情報に膝から崩れ落ちそうになるほどの疲労感を覚えつつ立ち尽くすばかりの僕がいる。


<疑似的な『感情体エモズィオ』をこれから放つ。キミらに危害を加えてくることは無いとは言え、対応には充分気を付けてくれ。ものの五分くらいで霧散してしまうものでもあり、まあ大丈夫とは思うが>


 天井までの高さは十メートル以上あるだろうか。僕らのいる「底面」から見上げる高さの壁の一角に強化ガラスの窓が切られていて、そこに村居さんと端末に向き合っている所員のヒトふたりの影が伺える。


 真っ白な直方体の中、僕と三ツ輪さんはその中央付近に相対しているが、ぐるり首と体を回して周囲を確認すると、四隅とその間に計八つ、前衛的なオブジェのような「装置」が青白い光を内部から発しているのが見て取れた。「疑似感情体」……の、本物と違うところは「指向性」が無いところだけ、だ。つまり、「感情のあるモノを自分の中に取り込もうとしてこない」。近づかない限り無害。なはず。僕もあまりこの訓練をしたことが無いので本当にそうなのかは実感できていないが。ともかく、


「……なにそれぇ、サイコロ使い? キミはぁ本当にぃ……やれるコなのかねぇぇえ……」


 僕が自分の「匣」を用意していたところに、そんなまた挑発色甚だしい言葉がかかるのだけれど。多勢を相手するだろうから、今は左右の掌にひとつずつ、摘まむようにして保持していたのだが、それを見られてのその感想。まあ僕を煽ろうとしているだろうことは「色」を視ずともわかろうところだ。


 それよりもその足首とかふくらはぎはほっそりしていたのに太腿だけはアンバランスにむっちりとしているその両脚に目線をまた取られてしまったのだが、その柔らかそうだが弾力もありそうなそこに巻き付けるようにしてふたつの「巾着」っぽいものが左右身体の外側に留められたのだけど、それこそ何。


「で……どうすれば『勝ち』ってことになるのかしらぁん、村居センセ?」


 どういうメンタルなのか掴みにくいなこのコは。こちらを睥睨したまま余裕たっぷりに放たれるその質問のような言葉にはでも、


<……まあ、その方がやる気が出るっていうのなら、『より多くの敵を倒した方が勝ち』ってことにしようかねぇ。好戦的なメンタルは意外とうまいコンビネーションに発展するかもだし>


 村居さんの応変著しい言葉が即応で返ってくる。うぅん……ここから何を学び取ればいいのやら……こんな感情無しとコンビとかありえないんですけどッ、とか噛みついてる三ツ輪さんを冷めた目つきで見ることしか出来ないが。と、


<藤野クンは感情が無いわけじゃあないよ。そこだけは誤解しない方がいい>


 思ったよりも真剣そうな、そんな言葉が降り落ちてきたわけで。いつも救われている。僕はいつも村居さんの「理解」に救われているところがあるんだ。流石にその静かな迫力に気圧されたか、強化ガラスの方を振り返っていた三ツ輪さんのなめらかな首筋に一本、筋が浮かんだのが見えた。と思ったのも一瞬で、なにえぇ……二人はもうデキてんのぉ私と村居さんの間にワンチャンは無いのぉ……とか言い出す御仁には、もはや何もかける言葉も割く思考もないわけで。


<デキてもないし、ワンチャンも無い、ってことでそろそろ始めよう。二人とも、無理とは思うけど出来れば協力して全ての対象を殲滅してくれたらいいなぁ。『二対多』、想定される現場での最適なデモンストレーションなんだから、一応>


 視ずとも分かる【悲観のブルーofホリゾン】を滲ませつつもそんなディレクションが。それを素直に受け取るヒトじゃないだろうことは分かっているだろうが。


「……」


 であれば「ますは御手並み拝見といきましょうか」というようなテンプレ思考がふっと浮かんだ僕であったけど、次の瞬間には例の八方に鎮座する装置から反時計回りに一体ずつ、計八体の水色の煙の塊のような「疑似体」が射出されてきていて。そしてそれらが円を描く周回軌道を一回りごとに狭めていっているということを認識する間も無く、


「……ッ!!」


 その八つの虚ろな影たちは刹那、消滅していたわけで……ほぼ同時に。と、僕の右斜め前方向あたりで、くいと腰を曲げて何らかのしなみたいなポーズを取った三ツ輪さんの後ろ姿……その太腿脇あたりで動きと共にジャラ、というような多数の金属がぶつかり合うような音が響く。あの「巾着」には一体何が……? ここまで瞬時に多数を相手取れる、そんな「道具」……あるのか?


「今の追えなかった? まあ初見じゃあ無理か。ではではよぉっく見さらしておくことねぇ、藤野少年んん……ッ!! これがッ!! 私のッ!! 必殺『流球ロジスコ』だぁッ!!」


 何かの台詞のようにそう言い放った三ツ輪さんの両手は既に双方の「巾着」に突っ込まれており。そこから握った拳を抜き出したかと思った瞬間、手首から先しか動かしていない最低限の動きで既に何かが発射されていたわけで。


 その鈍く光を反射して結構な速度で発射された軌道を何とか目で追って、ようやく分かった。


 ベアリングだ。


 正確にはベアリングの「中の球」って言うべきか、あるいはパチンコ玉なのか分からないが、ともかく小さな金属の球。それを指で弾いて飛ばしている……それも高速、連続で。


「……!!」


 そしてそれらは大して狙っても無さそうなのに、次々と射出されてくる色とりどりの対象たちに正確精密に撃ち込まれていっている。そして瞬間、呑み込んでいってる。


 いやこれは……単純に凄いのでは……? 射程距離も優に五メートルくらいは確実にある……ッ!!


「……『なんてことは無い』、っとかって言ってみたかったのよねぇぇ……さて少年、負けを認めるなら、私主体の作戦の中で獲物を喰らい付かせる『囮』役として使ってあげなくもないわよぉぉん?」


 完全に調子に乗った人は【橙】と【緑】が混ぜ合わさった色を出すのだと初めて知った。その黒いスーツに包まれた身体にそれらの色が巻き付くように乗ると、歌舞伎の緞帳のような色あいだな……いやいや。


 ちょっと無意識に意識を逃避させてしまっていたが、多寡勝負じゃ勝てないまでも何かはやってみせないとだ。僕は大きく息を吸い込んで、自分の手の中にある「匣」の感触を改めて確認する。

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