第11話 「初めての感情」

ーー荒廃の洞窟・中層ーー


最後の力を振り絞り右目を潰すことが出来た。しかしそれだけでは「ブラッディングベア」の動きを止めることは出来なかった。

嗅覚を使い血の匂いで居場所を把握された。狙いを定めて飛びかかってきた。


(……もうだめだ)


避けなければ死んでしまうのに、身体が言うことを聞かない。限界まで酷使したツケが回

ってきたんだ。

優生を助けようとしたのに結局このザマだ。私は何て情けないんだろうか。自分が惨めすぎて嫌になる。


香澄との約束も守れなかった。私を信じてレアなアイテムまで渡してくれたのに。

ブラッディングベアの腕が振り下ろされる。


(優生……香澄……ごめん)


心の中で二人に懺悔の言葉を遺し、目を閉じた。死を覚悟したが痛みは無かった。

閉じていた目を開く、画面には僅かに残る自分のバイタリティが表示されている。


そして冷静になって横をみると、息絶え横たわったブラッディングベアがいた。

その姿は無残なもので、上半身と下半身が綺麗に切断されていて、剥き出しの体から血が溢れ出ている。


その強烈な光景を目の当たりにして、状況を理解する。痛みが無かったのではない。

攻撃が届く前に、何らかの理由で切断されたのだ。


しかし一体誰がこのようなことをーーーーと考えた所で何者かの気配を感じた。


「いよっしゃあ! ひっとぉ!!」


その男の声は高めの声で自身の勝利を誇示するような下品な声だった。


「おい! あの女も狙えよ!」


もう一人聞こえてきた声は先程の男よりも低めの声で、男に怒鳴りつけた。

'あの女'とは自分のことを言っているのだろうか、状況が理解できず混乱する。


「いや、結構顔は良かったぜ?折角だし楽しんでから殺そうぜ」


一人目の男が物騒なことを言い放ち、私の髪の毛を掴んで引っ張り上げた。


「痛っ……」


「おお! やっぱ結構かわいいじゃん!」


男は乱れた金髪に鋭い眼をした男だった。私の体と顔を交互に眺めて不気味な笑みを浮かべている。


「あなた……だれ? なんでこんな事を……」


「俺はただのプレイヤーだよ。あんたらより少し前にここでレベル上げしながらP狩りしてたんだ」


男は私が持っていたナイフを拾い上げ、それを見ながら話を続けた。


「けど中層に行くとやべぇモンスターがいるから俺らも近づけなかったんだよねぇ。でもそんな時に女と子供だけのパーティが現れた」


男は自分の作戦を見せつけるように語り出した。恐らくこの男は馬鹿だ。隙を突いてナイフを奪い返して首を取れば降参させられる。

そのためにはもう少しこの男に喋らせなければいけない。上手く話に乗らなければ


「まさか……! 私がブラッディングベアと戦うのを待ち伏せしていたの!?」


「すげぇ速さで走ってきた時は流石にビビったぜ、俺みたいにチートしてんのか?」


なるほど、ブラッディングベアを両断したのは裏技を使ってやったらしい。


「……なんで先に倒そうとしなかったの」


「チートコードを打ち込むにも時間がかかるんだよ、まぁアンタのお陰で大分時間稼ぎできたから感謝しないとな」


「……最低ね。でもお陰でこっちも時間稼ぎできたわ」


男が話に夢中になっている間にバイタリティを回復させ、男に飛びつくーー


「おっと、俺の事忘れてないか?」


飛びつこうと体を動かした瞬間、何かが腕に突き刺さる。液体が注ぎ込まれ、痺れが走る

二人目の男がいた事を忘れていた


「何……を」


「痺れ薬。一般的には出回ってないチートアイテム。効くだろ? これ欲しさに金払うやつもいるんだぜ」


「おい! 殺すなよ! 俺の獲物なんだから」


「油断すんなよ……こいつ結構やるぜ」


「まぁ当分麻痺ってるし、その間に終わらせりゃいいだろ?」


「……勝手にしろ俺はもう降りる。金はあとで振り込んでおけよ」


「りょーかい」


朦朧とした頭で男達の会話を聞いていた。もう一人の黒髪の男がログアウトし、金髪の男と二人きりになる。


「さて……と」


邪魔者がいなくなり、男は眼前に映る女体に興奮を抑えきれない。不明瞭な意識ながら自身の運命を察する。このままでは男に穢されると


「沢山怖がってくれよ、無反応が一番つまらないからな」


男はあえてゆっくりと肩や指を撫でてきた。麻痺していて感覚はないが悪寒は感じた。

学校では男の友達もいるし、男に対する恐怖心は無かった。故に目の前にいるこの男を理解できなかった。


「じゃあそろそろ裸を見せてもらおうかな」


ナイフが服に引っかかる、服を切られれば裸を見られてしまう。……嫌だ。こんな男に自分の体を見られるのは


「……あ……あ」


声にならない声で漏れ、涙が溢れてきた。


(……優生…………助けて)


あと少しで服が切れるところで、壮大な爆発音が洞窟内に響いた。

音に驚き、男も流石に動きを止めた。


スル……スル……スル……スル……


何かが這う音がする。


「誰かいんのか!? 」


スル……スル……スル……スル……


音は更に近づき、気配を強める


「それ以上近づいてみろ! この女の腕を吹っ飛ば……す……」


男がそう口にした瞬間、私の髪を掴んでいた男の右手が弾け飛んだ。


「ぎゃあああああ!! 俺の腕がああ!?」


スル……スル……スル……スル……


這いずる音が急に止まり、変わりに誰かが近づいてくる音がする。どこか安心する足音が

朦朧とする意識の中で誰かが服を被せて、手を握ってくれた。

小さくて、暖かい、優しい人の手だった。


「お……ちゃん……ごめ……ね」


この優しい人は誰なんだろう。朧気な瞳に映るシルエットは小さな男の子だった。

その子を見ていないといけない気がしたけど、私の意識はそこで途絶えてしまった。


〇〇〇〇〇〇


最愛の女性は疲れ果てて眠りについた。体はボロボロに傷付いており、至る所から出血をしている。こんな目に合わせた相手と、その原因を作った自分に怒りが込み上げる。


「な……なんなんだよお前は!」


「……喋って良いって言ってない」


憎悪すべき目の前の男は一度だけではなく二度も虎の尾を踏んだ。どうなるかを思い知らせなければならない。

目に視えない刃が男の声帯を、殺さない程度に切り取る。

男から目を外し、横たわる女性に目を戻す


「待っててねお姉ちゃん……すぐに終わらせるから」


生まれてから感じたことのない強烈な憎悪を男に向ける。お姉ちゃんが寝ていて良かった

こんな姿お姉ちゃんに見せたくはないから


「……ッッ!!」


「ごめん……嘘ついちゃった」


「……?」


ああ……こんな姿

とても見せられるはずがない。







「すぐには終わらせないから」





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