弐ノ妙 見えない同級生

 ――気になる、んー気になる、本当に気になる。


 青葉なつめは、制服ズボンのポケットに両手を入れて教室の席に浅く腰掛けながら、気が気でないといった面持ちで顔をしかめる。

 というのは、ここ数日間、なつめは得体の知れない少女に振り回されていた。


 実は、最近まで彼女がクラスにいたことに気づいていなかった。

 それどころか、今までその存在すら感じていなかった。


 かく言うなつめも、存在感ということでいえば、前面に主張するでもなく、何かに打ち込むといったこともなく、厄介なことには極力かかわらずほどほどに仲間と楽しんで、どう学園高校の3年間をほどほどに過ごせればいいと思っているわけで、逆に存在感を主張するといったこともしない。


 だだ、彼女の場合、存在感がどうこうという次元ではなく、「実在しない」と言った方が的を射ている。


 なつめは、横目で気づかれないようにしながらも、しっかりと彼女を視野にとらえる。


 ――故意に存在感を消しているというか、空気のようにそこにあるというか、透明度が高いというか。


 気づいていないのは、棗だけではないようで、彼女の周りのクラスメートも別に無視しているわけでなく、悪気があるわけでなく、まるでそこには元から誰もいないかのように振る舞っている。


 ところが、なつめは気づいてしまった。


 猫のようにつぶらな澄んだ瞳。

 つややかな長い黒髪は、日本人形のように日本古来の情緒を感じさせ、光をまとって輝いている。

 透き通るような白い肌は、なめらかできめ細かい。


 むしろ気付かないのがおかしいくらいの存在感だ。

 可愛いか、可愛くないかといったら、すごく可愛い。


 左耳の上辺りに二つの鈴がついた変わった髪飾りが、赤い組紐でわえてある。


 ――耳の近くに鈴があったらうるさくない?


 となつめは思う。

 ただ、鈴が鳴ったのを聞いたことはないので、たぶん鈴を模した飾で実際には鳴らないのかもしれない。


 ――しかし、誰にも気付かれてないなんてことあるー?


 とは言うものの、なつめは、かねてより妙なモノが見えてしまうきらいがある。

 近頃は滅多に見なくなったが、幼少の頃は、巨大な芋虫や新種の昆虫、奇妙な動物――少なくともなつめにはそう見えていた。――などをよく見た。

 それらの奇妙な生物?は、ちょっと目を離したすきにいなくなってしまう。

 一緒にいた仲間は、誰一人として見たものはいなかったので、嘘つきのレッテルを貼られたこともあった。


 ――もしかして、彼女もそのたぐいのモノなのかもしれない。


 最初に彼女の存在に気付いたのは先日のこと。

 授業の合間の休憩時間にぼんやりとしていると、突如彼女が目に止まった。

 こめかみに衝撃が走り、心臓が大きく脈打つ。

 なつめは目を大きく見開き、思わず声を高めた。


「あっ、あんなヤツいたっけ!?」


 偶然、横を通りかかった木田が、突然の大声に驚き瞬間肩をすくめる。

 なつめは木田に彼女について尋ねてみる。


「ああ、なんていったかなぁー。」


 木田は興味なさげに生返事すると、早々に立ち去ってしまった。


 その後も、何人かのクラス仲間に尋ねてみたものの、同じような返事が返って来るだけで彼女の名前すら聞き出せない。

 クラスの一員であるにもかかわらず、彼女に対して全く関心を持ってくれないどころか、話を全く聞かずに他の話題にすり替えられてしまうといった有り様だ。


 クラス担任の山崎にいたっては、彼女の容姿などの特徴から、――特徴の説明が悪いのかもしれないが、――何名かの考えられる生徒の名前を挙げてもらったのだが、その名前はすべて実際にいる別の生徒の名前だった。


 こうなったら、彼女に直接話しかけるのが早いということになるのだが、これがまた簡単ではないことに気付かされることになる。


 いざ、心に決めて席を立つと、彼女も同時に席を立ち教室を出ていってしまった。


 それから一週間、なつめは彼女に話しかけようと繰り返し機会を伺ってみたが、いざ近づこうとすると、クラスの仲間に呼び止められて眼を離した隙にいなくなってしまったり、廊下ですれ違う絶好のチャンスには、突然、廊下横の窓に何かがすごい勢いでぶつかり、驚いている瞬間に姿を消してしまうという不思議なことが起こった。

 何故か窓の下には赤い折り鶴が落ちていたが、こんなものがぶつかったくらいでは到底起きない衝撃だった。


 挙句あげくの果てには、廊下の向こうの階段へ下りて行こうとするのを見かけたので、追ってみると階段の先にはもう彼女の姿はなかった。


 まさに、忽然と姿を消すといった印象だ。


 こんなようなことが続けざまに起きるのだった。

 こうなると、別に彼女に好意があるとかいうようなことがなくとも、気になってしょうがない。


 この後も懸命に接触を試みたのだが、仕組まれた偶然とでも言えるようなすれ違いが連続して、彼女に話しかけることは一向にできなかった。


 ――もしかして、俺って相当嫌われている?


 今まで考えたくなかった最悪の考えがなつめの頭をよぎる。

 とは言え、同じクラスのクラスメートの名前が誰に聞いても確認できないこと自体がどう考えてもおかしい。


 なつめは教卓に席順表があったことを思い出し、彼女が着く席の場所にある名前を確かめてみることにした。

 確認してみると、その結果は驚愕のものだった。


 彼女の名前が見当たらない。


 名前が分からないのに、なぜ名前がないことが分かるのかというと、彼女の席の場所には他の生徒の名前が書かれている。

 なつめは間違って同じ名前が2ヵ所に書かれているのではないかと思い、席順表を注意深く確認した。


 席順表の名前に丸を付けながら――勝手に書き込んでいいかなとも思ったが――名前と顔を一致させてみたが、席順表に間違いは見つけられなかった。

 なつめは席順表と目の前にある教室の席の配置を、もう一度確認してみた。

 するとある異変に気付いた。


 席順表を特に意識せず何気なく見ているだけでは、たぶん気が付かないだろう異変に。


 教室は、横に6列、縦に6つの配置で席が並んでいて廊下側の一番後ろの席が一つ欠けているので全部で35席、生徒数も35人だ。

 彼女の席は、廊下側(向かって左)から3列目の前から3番目の席、その席の名前を見ると一つ後ろ(4番目)の席にいる竹本の名前が書いてある。

 ここまでは、書き間違えていることもあるので、まだ理解できる。


 奇妙なのは、3列目に並んでいる席数だ。

 彼女の席のある3列目は、前後には全体で6つの席が並んでいる配置だ。

 もちろん、席順表にも6つの席が書かれている。

 ところが、その列の前から3番目の――間違って書かれている?――竹本の席から後ろへ追っていくと、後ろには残り2つしか席がないのだ。

 となれば、この列には5つしか席がないことになる。


 ――意味が分からない。


 なつめは、訳が分からず混乱した。


 前から3番目の席に竹本の名前が書いてあるのだから、その後ろには残り3つの席がないと全部で6つの席とはならない。

 しかし、竹本の席の後ろには2つの席しかないのだ。

 目か頭がおかしくなったのかと思った。


 なつめは、目をこすり、もう一度、席順表を睨み付けた。

 表全体を広く見たかぎりでは、席数が35席あるのは間違いない。

 問題の3列目にも確かに6つの席が並んでいる。――ように見えている。

 ただ、3列目の前から3番目の席に注目したときだけ、その列の席数が一つ減っている――ように見える?――のだ。


 これはもう偶然とかではなく、どのような方法かは分からないが、故意に何かが彼女の存在を消しているとしか考えることができない。


 眼を凝らして席順表の異変を確認していると、目眩めまいのような感覚に襲われ、もうこれ以上、なつめは席順表を見続けることが出来なかった。

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