その参 神無代 和樹
午前十一時。
「うーーーーん」
和樹は、腕組みをして下書きの文章を眺める。
【 反省文
先の「桜夏祭」において、私は無許可でステージに上がり、部外者二名とともに演武を披露し、大変な混乱を招いてしまいました。
そのせいで、プログラムの進行に支障をきたし、他のクラスや一般入場者にも多大な迷惑をかけました。
特に三年生の皆様の最後の「桜夏祭」に泥を塗り、
「その『
久住さんが指摘し、蓬莱さんも首を捻る。
「『皆様』も不要かも」
「ニャン」
「じゃ、直すよ」
和樹はキーボードを操作する。
【 特に三年生のの最後の「桜夏祭」に傷を付け、申し訳なく思います。
「……『の』が一個残ってた…」
和樹は一文字を消す。
【 特に三年生の最後の「桜夏祭」に傷を付け、申し訳なく思います。
今後は、学校行事・授業・部活動ともに規則に則って
「……『規則に則って』って、字が重なってるよね」
「……『規律に従う』は?」
「だね……」
「ウニャン」
指摘を受け、また修正する。
【 今後は、学校行事・授業・部活動ともに規律に従って行動し、学び、他者に迷惑をかけないよう細心の注意を払います。
先生方におきましては、今後も厳しくご指導をいただきたく存じます。
大勢の方々にご迷惑をかけ、まことに申し訳ありませんでした。
「こんなものかな……?」
「ニャ?」
「短くない?」
「もう一文ぐらい、付け加える?」
三人と一匹は、PCモニターの下書きを眺める。
この文章を、学校から渡された用紙にボールペンで清書して提出するのだ。
用紙は二枚渡されているが、一枚目で書き損じをしないように注意しなければならない。
用紙の下に、保護者の署名・捺印欄があり、それは母に頼めば良い。
事情を知る母は、快く書いて押印してくれるだろう。
心配なのは、一戸だ。
彼の祖父は厳しいから、叱られるのは避けられないだろう。
学校から保護者に直接連絡が無ければ、親にコッソリ記して貰えば済むが。
「ナシロくんのお母さまに、連絡行ったのかな?」
「もうすぐ、母さんから何らかの連絡が来ると思うけど……」
和樹はスマホを開き、母の昼休憩を待つ。
それよりも、上野に訊いた方が早いかも知れない。
学校から連絡が来れば、彼からメッセージが届くだろう。
「でも……良かった……みんな無事で……」
久住さんは目を拭う。
「みんな、あんな闘いをしてたんだ……怖かったけど……でも……」
「ニャ……ニャン」
ミゾレは、彼女の膝に飛び乗る。
久住さんはミゾレを抱き締め、頬ずりした。
「みんなの闘いを知って良かった……知ってた方が、ずっと強く応援できる」
「ありがとう……」
和樹は、久住さんに笑いかける。
いきなり敵が現れ、客席最前列で、打ち合いを見せられたのだ。
彼女や母の動揺と心痛を察すると、まさに『
昨日は母に電話し、全員無事に戦闘を終えたことを報告した。
応える母の声は潤んでいた。
岸松おじさんは母を気遣い、家に泊まってくれて、職場まで送ってくれたそうだ。
後夜祭の後、直ぐに帰宅したかったが――今後のことも踏まえて、王后さまの居る月城宅で一夜を過ごすことにした。
当時の王后さまの御姿は覚えていない。
分かっているのは、
お二人の魂は御神木に囚われているようだが……『
その王后さまの取り成しで、学校での最悪の処分は回避できた。
市長夫妻や教育長は茶室で接待を受け、ご機嫌で帰宅したと蓬莱さんから聞いた。
例の演武も観たらしく(大后さまが、あえて観せたのだろう)、市長夫人は「大衆演劇みたいでしたわ。私の次男が、東京の劇団に所属してますの」と言ったので、校長たちの態度も軟化したらしい。
それに『市議会議員の息子』を称する月城が、「学校から訓告を食らった」などと親御さんに話すのは宜しくない、との判断だろう。
命懸けの闘いに比べたら、訓告や出席停止の処分は些細に思えるが、和樹たちには大学進学に関わる
(……変だな。やっぱり、将来のことを心配してる……)
明日、生きているか分からない。
それでも、将来を見据えることを
※※※※※
反省文
先の「桜夏祭」最終日において、私は無許可で体育館ステージに上がり、同好会に所属する生徒四名、並びに部外者二名と、およそ十五分に渡って演武を披露し、大変な混乱を招いてしまいました。
そのせいで、プログラムの進行に支障をきたし、他のクラスや一般入場者にも多大な迷惑をかけました。
特に三年生の最後の「桜夏祭」の思い出に傷を付け、努力をないがしろにしてしまいました。
三年生の先輩がたの気持ちを考えると、申し訳ない思いで、いっぱいになります。
みんなを楽しませようと言う身勝手な発想から、現場を混乱させてしまい、おおいに反省しています。
今後は、学校行事・授業・部活動ともに規律に従って行動し、学び、他者への気配りを常に意識して、学校生活を送ります。
自分の都合を決して押し付けず、迷惑をかけないよう細心の注意を払います。
先生方におきましては、今後も厳しくご指導をいただきたく存じます。
大勢の方々にご迷惑をかけ、まことに申し訳ありませんでした。
※※※※※
「……これで良いかな?」
「ニャニャ~ン!」
「良いと思う」
「テンプレに沿ってるし。あとは用紙に署名して、誤字脱字に気を付けて書くだけ」
蓬莱さんは、検索した「反省文の書き方」をチェックし、頷いた。
「気の毒だったのは、二年四組ね。教室のドアが開かなくて、驚いたでしょう」
「スマホも繋がらなかったみたい。ドアを叩いて呼んでも、反応が無かったって。校庭にある筈のステージも消えてたって」
「僕たち同様に、教室ごと『異界』に移動させられたんだろうな」
「ニャ……」
「でも
蓬莱さんは、しんみりと言った。
和樹は、モニターを眺めつつ――思う。
けれど、人質を取らなかったことは……彼らなりの無意識の矜持だろう。
「少し早いけど、お昼にする? カップ焼きそば、食べる?」
重い気分を変えるべく、和樹は明るいトーンで話しかけた。
久住さんは「うん!」と頷いたので、PCをシャットダウンする。
「じゃ、作るよ。中華スープ付きだけど、湯切りのお湯でスープを溶く?」
「あー……あたし、湯切りのお湯はあんまり……」
「私も……油っこくない方が良いかな」
「分かった。二人のスープは普通のお湯で溶くよ。待ってて」
和樹はキッチンに行き、手を洗い、ケトルいっぱいに水を入れてコンロに掛ける。
焼きそばを開封し、同封されている顆粒のスープをマグカップに入れる。
お湯が沸くまでの間に、キャットフードのパウチを開封し。小皿に絞り出す。
すると――ミゾレがソロソロと歩いて来て、足元でお座りをした。
(……分かってるよ……うん……)
和樹は小皿を床に置き、密やかに嘆く。
地元の公立大学に進学し、卒業後は国語教師になるか、道内の企業か、役所に勤務する。
生活の基盤が整えば――その時は……
けれど、全てが激変した。
少しずつ蘇る過去世の記憶は、現在の記憶に付加される。
『
墨染めの
「私は、ここに残ります。いかなる
――だが、彼女と父が居る『
そうしない限り、終わりは来ない。
だが、蓬莱の尼姫は――
キャットフードを舐めるミゾレの脇を通り、そっとリビングを覗く。
久住さんと蓬莱さんは並んでソファーに座り、情報番組を観ていた。
リポーターが『小樽独自のモンブランケーキ』を紹介し、二人は画面を指しながら楽しそうに話している。
和樹は足を忍ばせて調理台の前に戻り、三人分のカップ焼きそばを眺めた。
湯を注いで二分。
ケトルの湯を、黄色と橙色のマグカップに注ぐ。
コンソメの香りが立ち昇り、和樹は顔を背けて息を吐いた。
―― 終 ――
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